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3.前世 春宮ことね

 わたしは、すぐに後悔した。


 森の中を歩いてすぐに、めまいが来た

 それでも進み続けると、喉の中が乾燥してくる。

 川も見当たらない。


 もう、今さら戻れない。足を止めることもできない。

 私は進み続ける。

 持ってきた果物は、もう全てお腹の中だ。


 頭がぐわんぐわんとする。

 身体が重い、もう疲れた、もう無理だ。


 私は草むらに倒れ込んだ

 やば、しんどい、苦しい、喉乾いた、


 私は草についた雫を舐める、自分の汗を舐める。

 ヤバい、もう、立てない。


 私の視界が大きく歪み、暗転した。




ーーー




 「ことね!早く起きなさい。」


 お母さんの声がする。

 もしかしたら、走馬灯、かな。

 それとも、今までのは全部夢で、もう一度目を開けたら、いつもの日常に戻るのかな?


 「もう朝の勉強の時間よ、早く起きなさい」


 分かってるってば。でももうちょっと。休ませてよ。




 「何言ってるの、勉強は習慣が大事っていつも言ってるでしょ。一日休んだら、遅れを取り戻すのに一週間はかかるんだから」


 そうだった。昨日は深夜遅くまで、アニメを見てしまった。

 身体がだるい。起きれない。


 うっ!


 私は布団から引きずり出されて、勉強机に座らされる。


 毎朝2時間、勉強の時間。

 私は半分眠りながらも、なんとか課題をこなした。 

 ………

 

 


ーーー




 私の名前は、春宮ことね 10才 

 横浜市立夕霧第二小学校、4年2組31番




 物心ついた時には、私の部屋には、学習教材がびっしりと並んでいた。


 私のおもちゃは、お勉強のものばかりだった。


それでも私は楽しかった

 世界の秘密を知っていくのは、すごく面白い




 この世界には人がたくさんいて、いろんな人がいて、それぞれが生きていて、

 海の向こうには、違う言葉を話す、外国人が住んでいるのだ。

 この平な地面は、実は大きなボールで、地球というのだ。

 お日様は空をぐるぐると回るけれど、実は地球がお日様のまわりを回っていて、

 地球は、宇宙の中ではとても小さい。

 そして私は、世界の人口70億人の中のたったの1人でしかなくて、

 いつか私も大人の女性になり、おばあちゃんになって死ぬのだ。


 


 幼稚園の頃は楽しかった。

 私は人気者だった。

 天才とか、博士とか言われて、みんなにチアホヤされた。


 頭の良い自分が大好きだった。

 知識を自慢するのが気持ち良かった。


 


 でも小学校に入ると、私の態度は周囲から妬まれるようになった。

 

 私の性格も最悪だった


 勉強の出来ない子に、

 「こんな事も分からないの?」

 と、上から目線で叱りつけて、

 優しく教えて()()()のだ。


 私がお母さんにしてくれていることを、

 そのまま友達にしてあげたつもりだった。


 親切のつもりだった。




 私はみんなに嫌われた。

 

 先生のいない所で悪口を散々吐かれ、ものを隠され、時には殴られた。


 学校に行く足が重かった。夜は眠れなかった。トイレで何度も吐いた。


 でも、私は学校を休まなかった。


 お母さんとお父さんに、心配をかけたくなかったから。

 精一杯元気なフリをした。


 私の笑顔はぎこちなくなった。




 私は後悔して、反省した。

 このままの私じゃダメだと思った。


 頭がいい事を、自慢しちゃダメなんだ。

 もっと可愛い性格になろう。


 そして私は、わざと失敗をするようになった。

 勉強以外の色んなことで。ダメダメなキャラを演じたのだ。

 私は必死で、鈍臭い女の子を演じた。


 私は、女子のイケイケグループの、笑わせ担当になっていた。

 馬鹿にされて傷つくこともあるけど

 私のドジを笑ってくれるのだ


 嫌われるより、ずっと良かった


 


 それでも私は、勉強だけは妥協しなかった。

 家に帰れば塾での勉強、帰ってきて復習をする。

 土日にはスイミングスクールやピアノなど、習い事もやった。


 そこでも友達が出来た。

 習い事の方が、不真面目な人ばかりの学校よりも楽しかった。




 でも、心と体はどんどんと重くなる。


 なんで?

 こんなに勉強も頑張って、性格も変えたのに、

 学年が上がるにつれて、辛いことが増えていく。




 そんな私は、インターネットの世界に逃げるようになった。


 お父さんとお母さんが寝ている深夜に、

 私はこっそりと父さんのパソコンを開いて

 ネット動画やアニメや漫画、ドラマなどを見漁り始めた。


 学校の友達はみんな、好きなアイドルや俳優の話や、アニメや漫画やスポーツの話をしている。


 今までの私は、そんなものほとんど知らず、友達の話を聞きながら相槌をうつだけだった。


 でも今は、いろんな娯楽の話が出来る。


 昨日の夜は、友達が楽しそうに話していたアニメを一気見して、私はボロボロに泣いた。

 

 


 次第に、学校の授業は睡眠時間となっていった。

 先生は私が知っている内容しか教えないから、聞かなくても困らないけど。


 いつも眠い、だるい、頭が痛い。


 でも、夜更かしがやめられない。

 勉強以外知らなかった私にとって、インターネットは最強のドラッグだった。




ーーー




 それにしても、昨日は流石に遅くなりすぎたな。

 気を抜いたら倒れそうだ。

 頭痛もひどい。

 学校に着いたらすぐに寝ないとな。

 私はフラフラした足で、学校に向かっていた。




 ブロロロロロ……


 「あ、あ、あ……」


 車の近づく音と、悲痛そうな声がした。

 私は振り返る。

 男の子が走ってくる


 「に、にに、げ……」




 ビンボーくん?

 

 ビンボーくん、そう、それがその男の子のあだ名だ。

 男子達にパシリにされて、イジメられてる男の子だ。

 たしか……本名は……

 なんだっけ?




 キキィィィイ……


 やけに近くで、トラックがブレーキをかける音がした。


 次の瞬間、私はトラックに叩き潰され、絶命した。




ーーー




 思い出した……


 私がこの森で目覚めるまでの記憶だ。 

 そうか、私は死んだのか。


 ……死んじゃったのか。


 いっぱい勉強して、お給料のいい会社に入って、いっぱい幸せになるんだって

 毎日毎日、頑張って頑張って頑張って…


 ほんと、馬鹿かよ

 

 私の人生、全部無駄かよ


 


 

 この森の世界は、何だったのかな?

 死後の世界?死の直前の夢の中?


 身体中痛めつけられて、虫も気持ち悪くて、お腹も空くし喉も乾くし、素っ裸で最悪だったけど、


 今までの10年間の人生で一番、生きてるって実感がした。


 この世界は、私を不憫に思った神様が、

 私にくれたプレゼントなのかも知れない。


 私は、本で知るだけじゃなくて、

 こんな大自然の中を、自分の足で冒険してみたかったのだ。




 ああ、目の前がチカチカする。

 喉がカラカラだ。

 水、水、

 今はただ水が欲しい。


 もう、身体に力が入らない。

 

 でも、精一杯やったよね。

 本当に、すごいよ、私。

 誰も見てなくても、私のことは私が見てる。

 私の人生は辛いことばかりだったけど

 でも、決して無駄じゃないよ。

 

 私はゆっくりと目を閉じた




ーーー




 ぽつん


 私のお腹に何かが当たって弾ける。


 ぽつん、ぽつん


 あぁ、冷たい。気持ちいい。


 ぽつぽつぽつぽつ


 あぁ、これは、水だ。

 神様が空から、水を落としてくれたのだ。


 ザァァァァァァ


 雨だ

 雨だ、雨だ


 私は大きく口を開けて、両手を口元に添える。

 激しい雨が、両手に溜まり、口の中を潤していく。


 意識がはっきりとしてくる。




 汗だらけ、泥だらけ、傷だらけの身体に、大量の雨粒がぶつかり、いろんな汚れを洗い流してくれる。

 大自然のシャワーだ。

 

 はーっ

 生き返る…


 私は無我夢中で、恵みの雨を飲んでいく。




 厚い雲に覆われた暗い森を強い雨が叩きつける。

 なんて落ち着く音なのだろう。


 都会の、コンクリートに当たる時の硬い雨音とは違う。

 葉っぱや落ち葉に当たる時の、優しい優しい音。

 

 自然がこんなに美しいものだなんて、どんな本にも書いてなかった。




 よしいこう。まだ歩ける。

 私はお腹一杯まで雨を飲むと立ち上がり、

 

 煙が上がった辺りの方角へと山を降りる。

 地面が泥だらけで滑り落ちる。

 生身の身体が地面に叩きつけられる。


 もう、歩けているのが不思議なぐらいだ。

 全身筋肉痛で、吐き気に頭痛、そして寒気、

 足の裏は血だらけで、歩くたびに激痛が走る。


 でも、なぜだろう。

 立ち止まりたくない。

 

 

 

 私ってもしかしてドMなのかな?

 そんな事を考えながら、私は雨の中を進み続ける

 


 

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