98.ゼノのお願い
「……と、言うわけなんだ。」
館の会議室には、ロベルトさん、マリアさん、テレサ、ガルク、ゼノ、オリバー、ジーク、トウリョウ、シリウスとアヤナミ。
集まった村の各代表者に事のあらましを説明する。勿論、ヘイディスさんの秘密については伏せた上で、だ。
「あら、いいじゃない。行ってきたら?」
「そうね、私もいいと思うわ。どうせここに置いてたって保管するくらいしか使い道ないし。」
「そんな、簡単に言うけど……」
俺、この世界の街のことについてなんにも知らないんだぞ?今までは人里離れた村で良い仲間と運良く過ごせてきたけれど。
知らないことだらけの中一人放り出されるのは色々不安もあるわけで。
それに村のことも心配だし。また変な輩が来たらどうしようとか、オルトロスのような凶暴な魔物が押し寄せてきたら、とか。
「知らぬことを解決するには、実際に行って見てみるのが一番じゃ。それに村のことも心配いらん。良い組織というものは頭がいなくてもちゃんと成り立つようになっとる。わしらの村もなかなか盤石な配置だと思うぞ?」
集まった代表者たちを見回しながらロベルトさんが言う。
みんな「その通り」と言うように頷いた。
でも……とまだ迷いが残る俺に、ロベルトさんが背中を押すように言葉を紡ぐ。
「どの道、いつかは人の街と交流を持たねばならんと思っとったところじゃ。村長殿が街へ行き、この村に必要なものを見極めてくるのが良いと思うぞ。」
みんなが頷く中、思案顔なのはガルクだ。
「でも、大丈夫でしょうか?森には魔物も出ますし……長旅では危険も増します。」
「そこは心配ないと思いますよ、村長が行くとなればシリウス殿やアヤナミ殿も御一緒するでしょうし、我々がついて行くより余程安全です。」
すかさずオリバーが言う。こうなったらもう、行くしかないよな。龍が一緒なら、万に一つも危険な目には合わないだろうし。……やりすぎて悪目立ちしないかが心配なところだけどね。
よし、腹は決まった。
「じゃあ、俺行ってくるよ。」
「気をつけてねぇ。」
「村のことは心配しなさんな。」
「私たちの分まで、しっかり色々見てきてね。」
「人間どもにせいぜい高値で売りつけてやれ。」
「村の安全はキッチリと守ります。」
「また沢山薬を作っておきますね。」
マリアさん、ロベルトさん、テレサ、ジーク、ガルク、オリバーが口々に言う。そんな中、
「あの……村長。」
遠慮がちに手を挙げたのは、ずっと黙っていたゼノだ。
「ん?どうした?」
「村長……あの、僕も連れて行ってくれませんか?」
ゼノの言葉にその場の全員がゼノに注目する。ゼノは意を決したように続けた。
「僕はずっと人間の街に行ってみたいって思ってたんです。これまでずっと鬼人の里と森の中でひっそりと過ごしてきたから……。お願いします。荷物持ちでもなんでもやります!」
そうか、ゼノは鬼人の子、ずっと人間から隠れるようにして生活してきたんだ。頭もよく、覚えも早いゼノ。冬季学校だって誰よりも早く上達していた。もっといろんなことを見て、知りたいと思うのは当然のことだ。
しかしガルクが首を振った。
「ゼノ、気持ちはわかるが我々鬼人族は人間からは忌むべきものとして考えられている。街に行けば危険な目にあうだろうし、最悪命を取られる可能性がある。なにより、一緒にいる村長や商隊の皆さんにも迷惑が掛かるんだぞ。」
「でも……フードで角と顔を隠して、爪も毎日ちゃんと短くする。絶対鬼人だってバレない様にするから。」
「万が一のことを考えて言っているんだ。」
「……」
ガルクが言うのもわかる。鬼人は今まで人間たちからひどい目にあってきて、ここに来たのだって人間に里を焼かれたからだ。そんな人間が多く住む街に息子を連れて行くのは誰だって心配だろう。
でも、俺の個人的な考えとしては、ゼノにはたくさんのものを見て勉強してほしい。異世界から来てこの世界のことを何にも知らない俺が言うのも変かもしれないが、ゼノはただ動物を狩って村で暮らすだけの人間ではないと思う。うちの子たちは皆将来有望だからな。何とかならないものだろうか。
「シリウス、もしかしてシリウスの魔法で人の姿かたちを変える魔法とかないかな?」
魔法でゼノの角や爪を隠せるなら、鬼人だとバレることもないだろう。
「幻惑魔法の一種ですね。できないこともありませんが、より適任者がいますよ。」
「え、適任者?シリウスより?」
「シルフです。彼らは空間支配による幻惑魔法に長けています。元々幻惑や結界魔法は彼らの専門分野ですしね。」
幻惑魔法とは、幻覚によって相手を惑わす魔法だ。実際に姿かたちを変えるのではなく、ゼノの顔や手の周りに幻惑魔法をかけ、周りからはただの人間のように見せるというわけだ。
それならゼノが鬼人だと知られることはないだろう。いざという時の風移動要因として二人くらい連れていくか。
それにしても、シルフってすごかったんだな。子どもっぽくて風に乗って遊んでいるイメージしかなかったよ。
「それじゃあ……」
「うん、ゼノもつれていくよ。ガルクもいいよね?」
「精霊のお力をお借りできるなら安心です。異論はありません。」
「あとのメンバーはどうする?馬車の定員もあるしな。」
「あとは皆で待っとくよ。子どもたちの面倒も見ないといけないし。」
そういうわけで、メンバーは俺、ゼノ、シリウス、アヤナミの四人に決まった。あとシルフを二人。
龍族をどっちか残していこうかとも思ったけど、ライアもいるし大精霊の加護もあるし大丈夫だろう。
さっそくヘイディスさんに報告に行く。ヘイディスさんは「そうですか!ではしばらくの付き合いになりますがよろしくお願いします。」と嬉しそうだ。彼としても希少なオルトロスの買取ができるのでホクホクなのだろう。
十匹ものオルトロスを解体して積み込むため、出発は明日の朝になった。
鬼人たちが次から次へと解体していく。肉や皮、内臓といった傷みやすいものはこっそりヘイディスさんの魔法収納の中へ。その他の骨や牙などは木箱に入れて馬車へ。
解体して木箱に積んだことで、森から持ち帰ったときよりも大分スペースが削減できた。これならなんとか全員馬車に乗れそうだな。
美味いという肉を全て売ってしまうのは少々惜しかったので、一匹分は村のみんなで食べることにした。
ヘイディスさんによると焼いたり茹でたりして食すことが多いらしいので、シンプルにローストにしてみた。
オルトロスロースト、ローストオルトロス……非常に言いにくい名前だが、味は臭みも癖もなく美味しかった。食感は柔らかく弾力があり、濃厚かつサッパリとした旨味が噛むごとに口いっぱいに広がる。あの獰猛で凶悪な顔つきのオルトロスがこんなに美味いとは……異世界も捨てたもんじゃないなと思う。
村のみんなにも大好評だった。特に鬼人族は大好物のようで、「こんなに美味しい肉は食べたことがない。」と感動していた。一匹分があっという間に無くなったよ。みんなすっかりオルトロスの虜になったようで、「また食べたい」の大合唱。急遽全部売り払うはずだったのを取りやめて、半分の五匹分だけ売ることにした。あとは冷凍庫に保管し、「ここぞ!」という時にみんなに振舞うことに。
うちの村、鬼人たちのおかげで肉の在庫は潤沢なんだけど、まあ特別なお肉として残しておくのもアリか。
エルヴィラとエルドが「こんなに美味しいなら私達で探しに行くのもアリね。」なんて話していたが、さすがに危険なので却下。それに肉以外の素材を持て余しちゃうしね。
明日に備えて早めに就寝に入る。商隊の面々も昨日と同じように一人銀貨七枚を払って宿に泊まった。明日から長旅になりそうだからな。しっかり眠って体力を充電しておかねば。
真夏とはいえ、森の中の村。夜は結構ヒンヤリする。俺は綿布団をしっかりとかけて眠りについた。