97.秘密
「では、買取の金額ですが……」
そうだ、結構沢山買ったけど、お金あるのかな?馬車に積んであるようには見えなかったけど。
そう思っていると、ヘイディスさんの前にぐにゃりとした歪みができた。さらにヘイディスさんは当然のようにそれに手を突っ込み、中からパンパンに膨らんだ袋を取りだした。
「何を隠そう、私は魔法収納の祝福持ちなんです。」
「魔法収納?」
「このように空間を拡張し、中に物をしまうことが出来るんですよ。その類の魔道具と違い絶対に落とすことがないので、大事なものをしまうのに便利ですよ。」
にっこり笑いながら取り出した袋からは、金貨の山が出てきた。これ、金貨を入れる袋だったのか。そりゃ大事なものに違いないな。それにしても、魔法収納か。フランカ以外の祝福持ちを初めて見たけどこの祝福もかなり有用だな。
まあ、俺にも転移の力というある意味祝福みたいなもんがあるけどね。
一枚一枚丁寧に金貨を数えて食料と薬と素材の代金をお支払い頂き、無事に取引成立。いやあ、この世界に来て初めて人間相手に商取引をしたよ。なんか高めの値段をつけてくれたみたいだし、良かった良かった。……この世界の相場をあんま知らないけど、足元見られてないよな?
それはさておき、俺はヘイディスさんの手元をちらりと見る。袋にはまだまだたくさんの金貨がありそうだ。これはちょっと交渉の価値はあるかもしれない。
「あの、ヘイディスさんにご相談があるのですが……」
「なんでしょう?私に出来ることであればなんでもしますよ。」
「ここに来る時、オルトロスが高値で取引されるって言ってたじゃないですか。これも買い取って貰えませんか?」
オルトロスは皮から肉から牙から高値で取引される希少素材だと言っていた。自分たちも喉から手が出るほど欲しい、とも。
だったらいっそ買い取って持って行ってもらおうと言うわけだ。解体して積んでしまえばかさもだいぶ減るだろうし。
うちに置いといても、それこそ宝の持ち腐れだからな。
そう問いかけるとヘイディスさんはうーん、と難しい顔をする。
「魅力的なお誘いではあるのですが……オルトロスが十匹ともなるととても手持ちのお金では足りないのです。」
「そうですか……」
あちゃー。さすがに手持ちの金じゃ足りないか。っていうか、手持ちにも結構な金額があると思うんだけど、オルトロスってそんなに高額なの?
まあ、お金が足りないんじゃしょうがない。さすがにタダでというのは絶対受け取らないだろうし、何よりこういうやり取りのプロに対してタダであげちゃう、なんて簡単に言う方が失礼かもな。
いろいろな野菜や素材を真剣に査定して金額を提示して……という商人としてのヘイディスさんの姿勢を見るとそんな気がする。商人のプライドというか。
「いやしかし……この絶好の機会を逃してしまうのは……それも金が足りないという理由で……会頭に知られたら大目玉じゃすまないかもなぁ……だが十匹分……肉の傷みもあるだろうし……」
「あの、残念ですけど……」
「いやしかし……このビッグチャンス、私の商人としての決断が試されているのでは……?」
「ヘイディスさん?おーい。」
「……ケイさん、私と一緒にオルテア王国へ来ませんか?」
「……へ?」
「あなたを信頼出来る相手だと見込んで、私の秘密をお話しましょう。ちょっとこちらへ。」
そういうと、建物の影に身を寄せ俺を手招きする。
な、なんだ?秘密?
訳が分からないままヘイディスさんの近くに寄ると、ヘイディスさんは俺の耳元で声を落として囁いた。
「私の祝福に関することなのですが……」
「ああ、あの魔法収納ですか?」
「はい。表向きにはただの魔法収納なんですが、実は秘密がありまして……」
ヘイディスさんが告げた「秘密」とは、こういうものだった。
人間の祝福者の中に「魔法収納」持ちが出ることは、まあまあある話だ。冒険者や行商人などの中には「魔法収納」の祝福で成功したものも少なくない。
ヘイディスさんの「魔法収納」と、他の人の「魔法収納」の違いは何か。端的に言うと、「時間経過が無い」ことと「容量がほぼ無限である」ことだ。
一般的に知られている「魔法収納」の祝福は、容量は大きいが限界がある。そして中に入れても時間経過があるため長くものを入れすぎると腐ってしまう。しかし、ヘイディスさんの「魔法収納」は入れてから何日経とうと全く劣化せず、入れたままの状態が続く。そして、本人にも限界が見えないほど大きな容量。
当然、こんな能力が見つかれば王宮に連れていかれ兵糧運びとして一生囚われ働かされるか、他国に悪用されることを恐れ始末されるか。人攫いの格好の的にもなるだろうし、とにかくヘイディスさんの身に危険が及ぶ。そういうわけで他の人には「普通の魔法収納」ということにしているのだそう。このことを知るのはヘイディスさんの家族と一部の商会の人間のみらしい。
「付き合いは短いですがあなたは信頼出来る人間です。私の商人としての勘がそう告げています。ですのでもしケイさんがオルテア王国へ行くというのであれば、私の魔法収納にオルトロスを入れてお運びしましょう。これで劣化もなく高く売れるはずです。」
「良いんですか?俺のためにそんな秘密の力を使っても?」
「元々魔法収納自体は普通に使っておりますし、出し入れにさえ気をつければ問題ありませんよ。それに、こんなに立派な素材たちをダメにしてしまうなんて、それこそ商人失格です。」
「でもなぁ……」
正直俺は迷っている。もちろんオルトロスを買い取ってもらえるのはいいことなんだけど、ヘイディスさん達の国に行くって……。
当然だけど長く村を空けることになるよな。村のみんなは大丈夫だろうか。
それに異世界から来て初めての人間の国……この世界の常識を知らなさすぎて上手くやって行けるか心配だ。
……やっぱり俺一人で決める訳には行かない。みんなに相談しよう。
「ヘイディスさん、返事はちょっと待ってもらって良いですか?今日中には決めますので。」
「勿論です。良いお返事をお待ちしております。」
俺は村民会議を開くべく、急遽代表者達を招集した。