96.在庫一掃セール
そんな話をしているうちにアヤナミがたくさんの料理を運んできた。肉も野菜もふんだんに使った美味そうな料理に腹の虫が大声で主張を始める。ヘイディスさんたちも同じ気持ちだったのだろう。よだれを垂らさんばかりに食い入るように見ている。
「さあ、皆さんも遠慮なく食べてくださいね。」
「し、しかし……。」
「村からの歓迎の意です。ささ、どうぞ。」
「で、ではお言葉に甘えていただこう。」
「命を助けてもらった上にこのような食事まで……なんとお礼を言ったら良いか。」
「気にしないでください。あ、みんなも良かったら食べていきなよ。」
出された料理に躊躇する商隊のみんなを促しながら、食堂に集まっていた村のみんなにも声をかける。村のみんなが食べ始めるとそれにつられるように商隊のみんなもスプーンを口に運ぶ。
「これは素晴らしい!!」
「な、なんだこれはっ!?」
「美味い!!!」
「うんめぇー!!」
「ニンジンってこんなに甘かったか!?」
「こっちの肉も美味いぞ!」
「おいしい!」
「こっちも!これも!」
みんな揃って「美味い」を連呼しながら、貪るように食べ続ける。そんなに慌てなくても、食事は逃げないぞ。まあ、世界樹の加護を受けて育ったうちの野菜が美味いのは当然のことだけどな。ロベルトさんたちも村の食事が褒められて気分がいいのだろう。ニコニコしながら「これもどうぞ」「これはいかが?」と勧めていた。
「ふう、どうもご馳走様でした。」
「「ご馳走様でした。」」
「「「「「ご馳走さん!」」」」」
食事が終わると、大満足といった顔で俺に頭を下げる。作ったのはアヤナミなんだけどな。当のアヤナミはキッチンから出てこない。マリアさんとテレサが食器を片付けてくれた。後で俺からお礼を言っておこう。ここまで美味い料理が食べられるのも女性陣の活躍あってこそだからな。
「大変美味しいお食事をありがとうございました。この一ヶ月間、水と保存食しか口にしていなかったもので……まるで天国にいるようでした。」
ヘイディスさんの言葉に全員うんうんと頷く。なんでも森の中を彷徨っている間は、いつ人里に出て食料の補給ができるか分からず、本当に最低限の食事だけをしていたそうだ。それも固い黒パンや干し肉などばかり。温かいスープや柔らかな肉の煮込みなどとは無縁の生活だったらしい。
そもそもあの森へは行商ではなく、珍しい素材を求めて行ったんだとか。だが、お目当ての素材は見当たらず。いくつか魔物を倒して得た素材はあるものの、食料も少なくこれからどうすべきかと言うところでオルトロスに遭遇してしまったということだ。
「これからどうするんですか?」
「ここを出ましたら、大人しく国へ帰ろうと思います。これ以上は損失にしかなりませんし、命あっての物種、また獰猛な魔物に襲われてはかないませんからね。ということで、ケイさんにお願いがあるのです。」
ヘイディスさんの言う「お願い」とは、他でもない。帰り道の食料や薬の補給をさせて欲しいと言うことだった。そしてこんな所までやってきても黙って燻って居られないのが商人魂、さっき食べた質の良い野菜たちを、食料とは別に買い取りたいということだ。
そういうことならお易い御用だ。夏の収穫も順調で食料は腐るほどある。これは言葉の綾ではなく、夏場は保管庫に入れていても痛みが早くなるため、腐る前に買い取って食べて貰えるなら大助かりと言うわけだ。既に初夏の収穫の分でダメになってしまった野菜がいくつかあり、泣く泣く畑の肥やしにしてしまったのだ。
薬もポーションを初めとするエルフ特製薬があるが、そんなに大量には使い道がなく棚に並ぶだけの飾りと化している。全部ではなくとも買い取ってくれるならこれ程ありがたいことは無い。
早速、何をどんだけ買い取るかの相談をする。食事を終えた村のみんなは各々の家に帰っていった。食堂には俺とシリウス、そしてヘイディスさん達だけだ。
まずヘイディスさんが求めたのは帰り道用の食料だった。村の保存食である干し肉・干し魚と日持ちするじゃがいもや玉ねぎなどの野菜、塩とハーブ類を少量。ここら辺は大量に保管してあるから問題ない。ただこっちとしては傷みの早い野菜も捌いておきたいところ。
相談の結果、トマトやキュウリも少し買い取ってもらうことになった。
村の野菜は質が良いため通常より高値で買い取ってくれたのだが、食料用としての傷みが早い野菜たちは安くするということで決着した。向こうからしてもトマトやキュウリなどの野菜は旅の途中で食べることなんて稀なため気分転換になって良いとのことだった。まあ常温でも一週間くらいは大丈夫だと思うし、夏場の水分補給も兼ねて美味しく頂いて欲しい。
エルフ特製の薬は、在庫のほとんどを買い取って貰えた。なんでもエルフの作る魔法薬は段違いに質が良く、国に戻っても高値で取引されるだろうとのことだ。各種ポーションと毒消しや魔力回復薬、いずれも結構なお値段をつけてもらい驚いたよ。
おまけと言ってはなんだが、オンディーヌの疲労回復水を渡しておいた。これは売るようではなく旅の途中で飲む用だ。薬と違って水だからそんなに日持ちしないし、疲れた時に早めに飲むように伝えると「ありがとうございます!」と感激された。
食料ではなく商品としての作物は明るい場所でじっくりと品質を確かめたいということで、翌日に決めることにした。
村の仮宿兼宿屋に案内し、ゆっくり休んでもらう。しっかりしたつくりの家具や綿の布団に驚いていたが、ここではそれがスタンダードなので気にしない。ひと月以上旅を続けてすっかり汚れてしまった体を洗うために風呂に案内すると、
「一般庶民が風呂に入れるのか!?」
「大都市以外に共同浴場があるとは……!」
「くぁ~!生き返る~!!」
と驚きの声が聞こえてきた。ま、喜んでくれて何よりだよ。今まで森の中で気を張った生活をしていただろうし、今日はゆっくり休んで明日以降に備えてほしい。
翌日、いつものようにシリウスとアヤナミに見守られながら朝食を済ませ、歯を磨いて身だしなみを整える。テレサたち女性陣が作ってくれた麻のシャツは涼しくて夏場にぴったりだ。屋敷を出て丘を下り宿屋の方へ。食堂の前を通りかかると、ちょうど出てきたロードリックに「おはようございます、村長。お客人は中にいますよ。」と言われたので食堂の中へ。
食堂では商隊の面々が朝ご飯を食べ終わり、村人と話しているところだった。
「ケイさん。おはようございます。昨夜は立派な宿を提供していただきありがとうございました。」
「旦那、おはよう。」
「いやあ昨日はぐっすり寝たなぁ。」
「森の中は交代で起こされるし、眠りが浅くて疲れが取れなかったからなぁ。」
「宿屋に綿の布団があるとは驚きだったな。」
「ああ、これは宿代だ。とりあえず旦那に渡しとくぜ。」
ダンテさんとヘイディスさんからそれぞれ宿代をもらう。タダでいいと思ったんだけど、どうしてもって言うから貰っといた。
宿代は一人銀貨七枚。多いのか少ないのかはわからん。
ヘイディスさんと俺は買取作物を決めるために外へ。護衛隊と下働きの二人は馬車に荷を運ぶ仕事へ。
サラを連れて食糧庫の方へ向かう。サラは収穫のたびに収穫量の記録をしてくれているから、作物の在庫管理についてはばっちりだ。
収穫作物の一覧表や現物を見せながら話し合う。当然だがどれもこれも最高品質の出来らしく驚いていたよ。「秘訣は何か?」と聞かれたけどそこは濁しておいた。まさか大精霊の加護と世界樹の力とは言えないしね。
最終的に、日持ちする野菜と薬草、なめした皮や角などの素材(俺は知らなかったが鬼人たちが狩ってきたものの中には魔物もいたらしい)を買ってもらうことになった。特に珍しい魔物の皮や角は高く売れるらしく喜んでいたよ。こっちとしてもいまいち使い道がわからず持て余していたから万々歳。これぞwin-winってやつだな。
そんなこんなで持て余し気味の素材を一気に引き取ってもらい、人間相手の初めての商取引(在庫一掃セール?)は思ったより大規模な感じになってしまったけど、誰も損してないし、いいよな。