92.オルトロスと人間
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キノコ集めもひと段落し、しばし休憩中。
シリウスの活躍もありすっかりキノコ狩りに夢中になってしまった。中には傷や病気に効く”ヒール茸”や、食べたものはたちまち眠ってしまう”ネムリ茸”なんてものもあったよ。もちろん、猛毒のキノコもいくつかあったが、当然採取はしていない。もしかしたらなんかの役に立つかもしれないけれど、そんな危ないものと食用のキノコを一緒に持って帰るなんて恐ろしいこと、俺にはとてもできません。
キノコに夢中になって森を進んでいるうちに、かなり遠くまで歩いて来たようだ。水の魔法で喉は潤しているとはいえ、そろそろ疲れてきたし、腹も減って来たし、今日はこのくらいにして帰ろうかな。
「シリウス、そろそろ帰ろうか。」
「かしこまりました。お荷物は私が責任をもってお運びいたしますのでご安心ください。」
「ああ、ありがとう。助かるよ。」
さて、シルフはどこかな?シルフを呼ぼうとしたとき、森の奥で何かが聞こえたような気がした。木の葉が風に揺れるざわざわとした音とはまた違うような……?なんだろう?野生の魔物?でも大抵の魔物はシリウスを怖がってこっちには向かってこないはずだ。その証拠にシリウスと合流してから魔物には一度も襲われていない。たまに両者気が付かずに鉢合わせることもあったけど、シリウスの威圧でみんな尻尾を巻いて逃げて行った。
「なあ、シリウス、なんか聞こえないか?」
「ああ、この先で争いが起こっているようですね。」
「争い?魔物同士で?」
「いえ、これは人間ですね。オルトロスの群れと戦っているようです。ああ、吸血鬼の気配もありますね。」
は???人間とオルトロス?
オルトロスって、あの伝説とか神話に出てくる頭が二つの犬?
やばいじゃん!そんなのが群れになって人間を襲っているとか!
おまけに吸血鬼!?そんなの人間からしたら絶体絶命のピンチすぎる!!!
「ちょっ!落ち着いてないで早く助けに行こう!!」
「かしこまりました。」
この状況に全く焦る様子を見せないシリウスを引っ張り音のする方へ走る。
いくつかの茂みを避けつつ走ると、ワアァァッという喧噪、そしてバウワウッといった声も聞こえてきた。
遠くには馬車と十匹近い犬の影、おそらくあれがオルトロスだ。剣をもって戦っているのは四、五人ってところか。
完全に劣勢である。
「クソっ!このっ……!!」
「ヘイディスさん!俺らは良いから早く馬車を出せ!」
「くっ……このままでは持たない!早く逃げるんだ!!」
戦っている男性陣はもう長く持ちそうにない。馬車の中にいるのは雇い主だろうか。男性陣を置いていくことにためらいがあるようだ。
とにかくこのままでは全員やられてしまう。
「シリウスっ!オルトロスを倒して!」
「かしこまりました。」
シリウスが言い終わると同時に砂煙の結界が馬車と戦闘中の男性陣を包んだ。そしてシリウスお得意の土の杭がオルトロスを貫通する。
「ギャウウッ!?」「グワゥッ!」
太い杭に心臓を貫かれたオルトロスたちは瞬く間に絶命した。
一瞬のうちに起こった出来事に呆然とする男性陣。無理もない、戦っていたら突然自分たちは砂煙に閉じ込められて、気が付いたらオルトロスは全滅していたのだから。
「大丈夫ですか!?」
茂みの中から飛び出してきた俺たちにさらに驚く。シリウスが砂煙の結界を解くと、安心したのかみんな力が抜けたようにその場に座り込んでしまった。
「あ、あんたは……あんたがやったのか?」
「な、なにがあったんだ……?俺達オルトロスの群れに襲われて……吸血鬼も出てきて……死んだと思ったら死んでたのはオルトロスの方で……???」
「そうだ、商隊の馬車は……?ヘイディスさんは?」
状況が把握できていない様子の男性陣の呟きをきいて、何となくだが何があったかは把握できた。
要するに商隊を襲うオルトロス、それを襲う吸血鬼、そして三者が戦ってる時に鉢合わせたのが俺たちってわけか。
何ともややこしいが、状況は一応把握できた。
さて、これからどうしようか。オルトロスは倒したからよしとして、商隊側にはケガ人がいる。護衛の五人のうち二人はかなり深いところまで傷が入ってそうだし、他の三人も軽傷とはいえあちこち傷だらけっぽい。失神している人もいるし放っておくわけにもいかない。かといって、村に連れ帰るには距離がある。村の世界樹の樹液や葉を使えば一発だろうけど、それまでケガ人の体力が持つかわからない。
「とりあえず、ここで手当てするしかないよな。」
俺は「シルフ?どこにいるんだ?」と呼び掛けた。近くで風に乗って遊んでいたらしいシルフは俺の呼びかけにすぐさま答え、しゅるんっという風と共に姿を現した。
「村に戻って、アヤナミかライアを呼んできてくれないか?ケガ人がいるってことも伝えてほしい。」
見た目も性格も子どもっぽいシルフがどの程度伝達できるかはわからないが、とにかく了承したらしいシルフがつむじ風と共に消えていった。
「あなたは……魔導師様なのですか?」
乱れた髪を撫でつけながら、俺と同じくらいの年の男性が尋ねる。身なりからして護衛を雇った商隊の人間だろう。
「いや、魔導師ではないですよ……魔法もそんなに使えないし。」
魔力は龍から貰っているとはいえ、魔導師というには魔法の技術が未熟すぎる。
「魔導師ではないのに精霊を呼び出せるとは……きっと稀な祝福を授かったのですね。……ああ!申し遅れました!私はこの商隊を率いておりますヘイディスと申します。危ないところを助けていただき、本当にありがとうございました。」
そういうと丁寧に頭を下げるヘイディスさん。さすがは商人、若くても丁寧でしっかりとした立ち振る舞いだ。
「ケイといいます。それよりもケガの具合はどうですか?今救護を呼んだのでもう少しだけ頑張ってください」
「我々は大したケガはありませんが護衛の方が……」
見ると全身土埃にまみれ、手足は切り傷、擦り傷だらけだ。そしてきっとオルトロスに噛みつかれたのだろう。右腕に深い噛み跡があり、止血してはいるが血が流れている。
「急いでポーションを!」
「中級ポーションを持ってこい!」
「ここに寝かせろ!」
手際よくケガ人を寝かせ、応急処置をする。意思の疎通のスムーズさはさすがチームといったところか。
薬も何もないまま手を出すのも邪魔にしかならないと思い見守っていると、「ケイ様」という声と共に茂みからアヤナミが姿を現した。
きっといきなり目の前に現れて驚かせないようにしたのだろう。さすがアヤナミ、気が利くな。
「皆さん、うちの救護係が来たのでもう大丈夫です!場所を開けてください!」
俺が声をかけると、護衛チームの面々はいきなり現れた美少女に驚いてはいたが一応場所を開けてくれた。
アヤナミはすぐさまケガ人の傍らに跪いて具合を見る。
「どうだ?」
「そこまで深い外傷ではないのですぐに治ります。まとめて治療しますのでケガした方は全員こちらへ。」
突然現れた美少女に圧倒されつつも、大小さまざまなケガを抱えた者が近くに集まってきた。その集団に向かってアヤナミが手をかざすと、パァッという柔らかな光があたりを包んだ。
「おおっ!」
「傷が治った!?」
「もう痛みもないぞ!?それに身体も軽い!」
「あんた、いったい何者だ!?こんなすごい魔法……天使様か?」
一瞬で完治した自分の身体を見て驚きが止まらない一行。うん、もう大丈夫そうだな。
「改めまして、助けていただきありがとうございました。ですが、その、あなた様は一体……?」
ヘイディスさんと言ったっけ?商隊の若頭が皆を整列させてお礼を述べる。しかし、気になるのはやっぱりそこだよな。
こんな森の中にいきなり現れた丸腰の魔法使い。怪しくないわけがない。
「あ、えっと、俺たちは近くの村に住んでるんだけど……あんまりそのことを言わないでほしいというか。」
噂が広まって、またナントカ子爵みたいなのが来たら面倒だものな。
だが、こんな怪しい奴の怪しい願いを聞き届けてくれるだろうか?
「えっと……」
「かしこまりました。」
言葉に詰まる俺にそう伝えるヘイディスさん。え、いいの?こんなあっさり?
「信用第一のオルディス商会、命の恩人の秘密をそうやすやすとは洩らしません。それに、あなた方ほどの実力者であれば口封じなど容易いはず。それをあえて帰してくださるということは、我々を信用してくださっているに他なりません。受けた恩と信用は返す。当然のことでございます。」
丁寧な口調とは裏腹に、周りの仲間に有無を言わせない力強さがある。若くてもやっぱり頭なんだな。
周りの護衛や下働きとみられる若者もヘイディスさんの言葉に大きく頷いた。これならたぶん心配いらないだろう。