90.最強の存在
気が付けば夏も真っ盛り。太陽がじりじりと照り付ける今日この頃。
蜘蛛たちが子を産んだ。
妊娠期間中に食べた食物が子の特徴に遺伝するという。今回蜘蛛たちには本当にいろいろなものを食べてもらったが、果たしてどんな結果になるのだろうか。
小躍りする勢いのパーシヴァルと共に蜘蛛小屋へ。
中に入ると、シルクスパイダーや小さなキルスパイダーが所狭しと動き回っていた。だいぶ耐性がついていた俺やパーシヴァルならともかく、普通の人間が見たら卒倒するんじゃないか?
「ああああ、これは何とも素晴らしい光景……!なんと愛らしい子たちでしょう!」
恍惚ともいえる表情で蜘蛛たちに手を差し伸べるパーシヴァル。当然警戒されているのか、一匹たりともその手の上にはいかなかった。華麗にスルーされるパーシヴァルを横目で見ながら俺は親蜘蛛たちを見る。
「お疲れさま。みんなの体調はどうだ?」
言葉は通じないが、蜘蛛たちは「大丈夫」というように脚をあげた。とはいえ、お産の直後だ。ゆっくりと休んで体力を回復できるように、持って来た大量の食事を渡す。勿論彼らの好きなものばかりをそろえてある。たくさん食べて疲れを癒してほしい。
子供たちはまだ好き嫌いがわからないため、いつも通り俺達が食べない動物の内臓や草木の葉、あとは作物なども差し入れてみた。
初めて見る食べ物たちに最初は警戒していたが、一匹が食べ始めるとわらわらと寄って食べ始めた。
結構な量を持って来たけど、これ、足りるかな?
「とりあえず母子ともに元気そうでよかったな。」
「ええ、まずは一安心です。しかしこれからが大変です。たくさんの子どもたちを一匹ずつ調べて、彼らにどんな特性があるのかを調べなければなりません。」
パーシヴァルの言う通り、本題はここからだ。
この大量の子蜘蛛たち、果たして普通のシルクスパイダーなのか、それとも何らかの特徴を受け継いだ変異体なのか。こればかりは一体一体調べて見なければわからない。
とはいえ、ざっと見ただけでも100以上、もしかしたら200匹を超える子蜘蛛たちだ。意思の疎通もままならない今の状態ではどうにもならない。やっぱりここはフランカ様に協力してもらわないと。……この光景見て、怖くて泣いたりしないよな?
「さ、君は56番ですからね。では次の方!」
診療所の先生のように次を促すのはパーシヴァルだ。
現在、蜘蛛小屋から機織り小屋まで、子蜘蛛たちの長い列ができている。
フランカに通訳をしてもらい、一列に並んで機織り小屋まで来てもらうようにしたためだ。
ここで子蜘蛛たちにそれぞれ糸を出してもらい、それをサンプルとして持ち帰って研究室で性質を調べる。それと、どの子蜘蛛がどの糸を出したのかがわかるように足に番号を振った布切れを巻かせてもらった。母蜘蛛から「協力しろ」と言われているためか、みんな大人しく従ってくれている。
それにしても、タランチュラ級のシルクスパイダーや20センチ越えのキルスパイダー、さらには60センチはあろうかというヘルスパイダーも2匹いる。そんなのがぞろぞろと列をなしているのだから慣れない人たちはさぞ怖いだろう。そう思って一応人避けはしておいた。
大人たちはやはり怖いのか近寄ってこない。しかし子供たちは「すっげー」なんて言いながら時折観察に来る。どこの世界でも子供ってのは怖いもの知らずだよな。ある意味最強の存在ともいえる。
すべての蜘蛛を見る頃にはすっかり陽が沈んでしまっていた。
なんと子蜘蛛たちは全部で296匹もいた。親蜘蛛たち、頑張ったんだな。
ほとんどが通常のシルクスパイダーやキルスパイダーだったが、ほんのり色のついた糸を出す個体が2匹いた。あとはハリのあるツルツルした糸を出す個体が1匹。そのほかはぱっと見ではわからなかったのでこれからパーシヴァルたちが調べる予定だ。
296匹分の糸の束をまるで我が子のように大事そうに抱えながら、パーシヴァルは鼻歌交じりで帰っていった。
そして研究を続けること3週間ほど。ようやくすべての子蜘蛛たちの糸の性質が明らかになった。
「まず見た目にもわかりやすい23番と165番、この糸は微量の金を含んでいて、光沢のある非常に美しい糸となっておりますね。そして78番、この糸は我々の魔石を反映しているようで、水をはじきます。これは非常に有用ですよ!そして驚くべきは271番!この糸、細くしなやかなのに驚くほど強靭です。また、耐熱性、耐電性、耐火性など、あらゆるものに対しての耐性があります!!」
上手いこと何匹かは特殊な糸を出す変異体になったようだな。それにしても271番、なんでそんなチートな糸が?
話を聞いてみるとこの271番はほかの子蜘蛛と違って木炭や灰などを好んで食べるらしい。もちろん肉も食べるらしいが。
とすると、あれじゃないか?その子が出している糸ってのは炭素が入った糸――カーボン繊維なんじゃないのか?
地球でもトップクラスの強さを誇る繊維の一つ。それが手に入ったんだとしたら、これほど嬉しいことはない。
さっそく、フランカを通訳に親蜘蛛に話をつける。
23番、165番、78番、271番、この4匹には村に残ってもらい、他の蜘蛛にはお帰り願う。また妊娠期のいい具合の蜘蛛がいたら研究のために来てもらいたいということ。
アラクネに言われているからだろう。話はすんなりまとまり、蜘蛛たちは明日、洞窟に向かって大移動することになった。
ちなみに残る四匹はそれぞれ「キン」「ギン」「ナイロン」「カーボン」という名前を付けた。
センスについては何も言わないでほしい。
次の日の朝早く、母蜘蛛と子蜘蛛たちは長い列をなしてもといた洞窟の方へ帰っていった。
この先も蜘蛛たちが往復するだろうし、俺も何度か差し入れや様子を見に行きたいし、街道なんてものを作るといいかもな。地球のようなアスファルトやレンガとまではいかなくても、茂みや木の根に足を取られず道に迷うこともない、そんな街道があれば便利だと思う。
……そんなことをぼやいていると、隣にいたシリウスが「かしこまりました」と一言。蜘蛛たちが進む方向へ手をかざすと、ズアアアアッと土埃が舞い、幅5メートルほどの道がどんどん伸びていった。道中の茂みや石、木の根などは除去され、なだらかで歩きやすい土の道ができた。
蜘蛛たちにけがはなかったようだが、さすがにびっくりしたようで固まっていた。俺が先頭の親蜘蛛のところまで走っていき、「この道に沿って行けば洞窟につくから」と説明すると、理解したのか再び進みだした。
はぁ、まったく。シリウスはやることなすこと極端というか、やりすぎなんだよな。魔力操作などはアヤナミよりも上手みたいだが、こういう加減はアヤナミの方がよくできている。龍によっても個体差が大きいらしい。
ま、この辺の塩梅を教えるのには時間がかかりそうだ。