89.夏野菜のラタトゥイユ
明日で今季一回目の収穫が終了するとのことなので、収穫祭用のメニューを考えてみる。といっても、メインは毎度おなじみバーベキューだ。本格的な夏にはまだ早いが、夏と言ったらバーベキュー。それに、バーベキューは美味しいし村のみんなにも好評だ。何回やったっていいだろう。
ただ、さすがにバーベキュー一本というのもな。今年は去年と比べて野菜の種類も増えたし、少しずつではあるが調味料なども増えてきている。何かもう一品、新しい料理を村に誕生させたい。
さて、何がいいかな。夏野菜……夏野菜と言ったらカレーか?でもカレー粉がない。スパイスも今のところ胡椒やトウガラシ、あとはローズマリーなどのハーブ類が少しだけだ。地球からルウを持ってくるのが簡単なんだろうけど、できるならこれから先も村で作り続けたいからな。村の中だけで完結する材料がいい。
あ、あれはどうだろう。ラタトゥイユ。確かトマトとかズッキーニとか夏野菜系が多く入ってた気がする。トマト系の料理はフランカも好物だし、ピザのトマトソースへの反応を見る限り他の村人も結構好きだと思う。よし、そうしよう。
さっそく今日は地球に転移して作り方を調べなくちゃな。これを機に料理レシピ系をいくつか調べて『賢者の書』に挟み込んでおこう。
アラクネの件もあったし、たまには地球でのんびり過ごすのも悪くない。
夜になり、地球に転移する。目を開けると見慣れた白い天井とご対面。今回はそんなに急ぐわけでもないから、今日のところはとりあえず眠っておこう。今の時刻は午前0時14分。地球の時間では前回転移をしてから二時間後だ。さすがに毎晩のようにパソコンを開いてはあれやこれやしていると看護師さんにも心配されかねない。そう思って、俺はそのまま目を閉じた。
やっぱり地球の布団は肌触りも柔らかさも段違いで、いつもではありえないくらい深い睡眠がとれたよ。うちの村の布団事情もできるだけ早く改革していきたいな。
翌朝、病院の朝ご飯を食べる。今日は白いご飯とコンソメスープ、ひき肉入りのオムレツ、ほうれん草の胡麻和えだ。食を求めて地球に来たとあって、身の回りの食事にも自然と意識が向く。
コンソメスープか。コンソメがあるといいよな……どうやって作るんだろう。家では固形のコンソメスープの素を使っていたけれど、一から作れるものなんだろうか。
あとひき肉。うちの村にも肉はあるが、ここまでの細かいミンチにする技術はない。ドワーフかエルフに頼んでミンチにする機械を作ってもらってはどうか。よし、現物か設計図を手に入れよう。
歯を磨いて顔を洗ったら、早速パソコンを開く。ネットを開き、「ラタトゥイユ レシピ」と検索。有名企業の公式レシピから素人のおすすめレシピまで山のように出てくる。うちの村で賄える食材で作るレシピは……と。お、これなんか良いんじゃないか?材料の野菜は全て村にあるし、「切って煮るだけ!」と書いてある。おまけに「冷やしてもおいしい」とな。確かに、夏には冷たいものもいいかもな。バーベキューで熱々の肉や野菜を食べて、冷製ラタトゥイユで熱さを和らげる。そこに冷えたビール――最高である。よし、これにしよう。
村に引き継ぐレシピは決まった。早速レシピページをプリントアウト。写真付きで解説してくれているからわかりやすいな。『賢者の書』に大切に挟み込んでおこう。
作り方を読んでいると、「あ」と目がとまる。そこには「コンソメ二片」と書かれていた。言うまでもなく、市販の固形コンソメのことだ。まずいな、うちにそんなものはない。
コンソメだけ買っていくか?でもこの先俺がいなくても各家庭で作れるようにしたいしな……。コンソメ……ネットに作り方が載っていないかな?
今度は「コンソメ 作り方」と検索する。すると、意外なことにレシピはたくさん出てきた。市販であるような固形や顆粒タイプのコンソメではなく「コンソメスープ」の作り方だが、今はそれで十分だ。
たくさんあるレシピの中から、鶏ガラと野菜の皮を使って作るタイプのレシピをプリントアウトした。捨てるものを有効活用できるのは良いことだ。
他にも、目に付いた料理や思いついた料理のレシピをどんどん検索しては『賢者の書』に綴じこんでおく。料理関連だけでちょっとした厚さができてしまった。「料理」の項目としてまとめておこう。
というか、他の項目もまとめて探しやすくしておきたいな。うん、ちょっと整理しよう。確か入院中の書類とかを整理するためにインデックスを買っておいたはずだ。…………あったあった。こいつを使って項目ごとにインデックスをつけて……これはもういらないな。いらないページは抜いて……と。
かなりの厚さのファイルだったので整理するだけで二時間以上かかってしまった。でも、おかげで知りたい項目がサッと見つけられるようになったから満足だ。
俺は夜までネットサーフィンをしながら村に必要になりそうな情報を集め、姉が病室に置いて行ったまま村に転送していなかったものの中からいくつか使えそうなものを取り出し、消灯時間になるとすぐさま電気を消した。
さて、今年の収穫祭は美味しいものをたくさん食べさせてやるから待ってろよ。
俺は「転移」と小さく唱え、眠りに落ちた。
翌朝、村では昨日に引き続き収穫作業だ。頑張れば今日中に片が付く、そしてみんな楽しみにしている収穫祭もある。
畑の様子もそこそこに、俺は食堂の方へと向かった。
夕方の収穫祭を前に、マリアさん率いる数人の女性陣が準備をしてくれている。俺にいち早く気が付いたアヤナミはぺこりとお辞儀をした。
「マリアさん、ちょっといいかな?」
「あら、どうしたの?今ね、バーベキューの支度をしてて、お肉はこれくらいで足りるかしら?エルヴィラちゃん、とっても包丁さばきが上手いのよぉ。」
マリアさんとエルヴィラの間にはいい感じの大きさに切られた鶏肉や猪肉が山のように積まれていた。さすがエルヴィラ、狩りをしていた鬼人族なだけあって肉の扱いはお手の物といった感じだ。地球のスーパーにあるような肉じゃなく、まんま猪から解体するんだからそりゃ人間の女性陣、まして高齢のマリアさんには大変だよな。手際よく仕事をこなすエルヴィラをニコニコしながら褒めちぎっている。
「今回の収穫祭はさ、バーベキューにもう一つ足したいと思って。」
「あら、新しい料理?楽しみだわぁ!」
そうしてマリアさんを筆頭に食堂の女性陣にラタトゥイユとコンソメスープの作り方を教えていった。
ラタトゥイユにコンソメを使用するから、まずはコンソメの作り方からだな。
といっても、ネットで拾ってきたレシピはごく簡単、玉ねぎ、にんじんの皮をむいて、セロリはざく切りに、鶏がらはちょうどバーベキュー用に解体した分があるのでしっかり洗って血を落とす。
大きめの鍋に水を入れて沸かし、鶏がらを入れて白っぽくなるまでさっと煮る。ザルにあげ、再度洗いながら残った汚れを取り除く。ここをおろそかにすると臭みが出ておいしくなくなってしまうから注意だ。
再び大きめの鍋に水、野菜の皮、セロリ、鶏がら、あとはローリエを入れて煮る。ちなみにローリエはノーラッド王国でも普通に使われていた香草で、マリアさんも荷車の中に持ってきていたらしい。森の中にも普通に生えていた。
あとは時折アクを取りながら二時間ほど煮込み、最後にザルで濾せば完成だ。
俺の説明や手つきを見ながら、真剣な表情のマリアさん。マリアさんはまだ読み書きが完璧ではないので頭で覚えるしかない。まあ、料理に関することについては俺よりも何倍も詳しい人だ。きっといい感じにインプットできているだろう。わからなくなったらまた聞いてもらえばいいしね。
コンソメの出来上がりを待つ間にラタトゥイユの方も進めておく。
トマトやナス、ズッキーニ、玉ねぎ、赤や黄色のピーマンを一口大に切る。ニンニクは刻んでおく。
鍋にオリーブオイルと刻んだニンニクを入れ、香りをうつしながら炒めていく。香りが立ってきたらさっき切った野菜たちを入れてしんなりするまで炒める。
野菜に火が通ったら、以前作っておいたトマトソースと切ったトマト、そしてお手製のコンソメを入れて煮立たせる。
塩コショウで味を整えたら完成だ。
「わあ!いい香り!」
「彩も華やかでいいですね!」
「こんなにおいしそうなものが簡単に作れちゃうのねぇ。うふふ、良いレシピを知ったわぁ。」
「今回は夏用に冷やして食べるんだ。温かくても、冷たくてもおいしいよ。」
初めて見るラタトゥイユに興味津々の女性陣。味見をしたマリアさんも驚いている。
これなら本当に簡単だし、冷たいのも温かいのも行けるなら季節を問わず食べられるな。
一つネックがあるとすれば、コンソメを作るのに手間がかかるということか。
気が付くと日も傾き始めた。
収穫作業は順調で、昨日点検しておいた魔導ゴーレムたちも順調に動いたらしい。収穫量を計測し、倉庫に運び入れる。
その一方で収穫祭に向けての準備も着々と進み、いよいよ収穫祭だ。
「今期もみんなのおかげで滞りなく終わった。自然の恵みと仲間の存在に感謝して、今日は思いっきり食べて飲んでほしい。世界樹の恵みに乾杯!」
恒例のバーベキューはとれたての野菜や肉を焼く良い匂いが漂ってきて食欲をそそる。匂いにつられてか朝からの労働で疲れていたためか、鉄板の上の串がどんどんなくなっていく。みんな思い思いの具材を刺しては鉄板の上へ。勿論他の人に取られないように焼いている途中は目を離さない。
子供たちも大人たちに負けずに食べていた。この村の子どもたちは野菜も好き嫌いなく食べるからいいな。やっぱり自分たちが手伝った野菜たちには愛着が湧くのだろうか。
そうそう、ラタトゥイユも好評だった。特に冷やしたのが良かったのか、大人も子供もお代わりをしては食べていく。トマト好きなフランカは言うまでもなく大喜びだ。カルナも三杯目のお代わりをよそって嬉しそうだ。
ゴーレムも上手くいっているし、作物も豊作だし、新しい料理を導入することもできた。
今年初めての収穫は文句なしと言ってよいだろう。