88.研究
ようやく村に帰りついた。
村人は当然ヘルスパイダーにビビりまくっている。こっちにはシリウスもいるし、アラクネからきつく言われているから危害を加えるなどないとは思うが、万が一のことも考え、一部の人間以外は近づかないようにさせた。蜘蛛たちにとってもデリケートな妊娠中に好奇の目でいろいろと見られるのはストレスだろうからな。
それと、今回やって来た蜘蛛たちのために新たに蜘蛛小屋を作る。機織り小屋の隅にあったシルキィの寝床スペースじゃ到底足りそうにないからな。とはいっても特に何もないただの小屋だ。うちのノームたちにかかればあっという間だった。
これからはここで過ごしてもらおう。パーシヴァルは蜘蛛小屋に寝泊まりする勢いで入り浸っている。まあ、それでシルクスパイダーの研究がはかどるならこっちもありがたいけど。やりすぎてストレスを与えないようにな。確か以前飼ってたキルスパイダーには途中で逃げられたとか言ってたし。詳しくは聞いてないけど、しつこく構いすぎて嫌われたんじゃないかとにらんでいる。
パーシヴァルのようにシルクスパイダーを専門にしているわけではないが、動植物の繊維を研究するチームがあるらしく、今回は合同で研究をしてもらう。以前からちょこちょこ連携を取っていたようなので特にトラブルもなくスムーズに進みそうだ。
パーシヴァルは早速アラクネから聞いた情報や洞窟での出来事などをメモに記している。特に伝説とされてきたアラクネのことについてはエルフや人間など種族を問わずこの先重要な記録となるとのことなので、洞窟に向かった全員が改めて聞き取りを受けた。見た目や行動の特徴などそれぞれが気づいたこと、どんな細かいことでも記録として残しておく。すべてが終わったころには本一冊分あるんじゃないかというくらいの分厚い紙の束ができていた。
さて、妊娠中の蜘蛛たちにはさっそくいろいろな食べ物が提供された。蜘蛛たちには卵を産むまでとにかくたくさん食べてもらう予定だ。
どの食物がどう影響するかなんてのは見当もつかないので、とにかくいろいろ食べてもらう。
土、岩、銅や鉄といった鉱石、あらゆる種類の木の皮や草、研究チームで提案しては蜘蛛たちに食べてもらう。エルフたちはその高い魔力を駆使して「耐熱」や「防水」などの魔法そのものを結晶化した魔石を作り出した。これを与え、うまくいけば耐熱性や防水性に優れた繊維が手に入るという寸法だ。
しかし、小さいとはいえ魔石を作る作業。魔法に長けたエルフをもってしてもかなり疲れるものだったようだ。目で見てはっきりとわかるほどにゲッソリやつれていた。
俺もいくつか提案したよ。主に地球の知識から得た繊維の材料だが、うまくいけばこの村の繊維産業はこの世界のトップクラスになるんじゃないか。そんな期待を込めてせっせと材料を提供する。
あ、もちろん普通の食事も用意してある。なんでも食べるとはいえ、さすがにおいしくないものばかりを詰め込まなきゃならんのはかわいそうだからな。ただでさえデリケートな妊娠中だ。俺達が提供する材料と一緒に、果物や肉といった好物も添えてある。口直しをしながらどうか頑張っていただきたい。
畑の作物たちが収穫期を迎えた。オンディーヌやエルフたちは勿論、改良された魔導ゴーレムも導入された。開発チームリーダーのロードリックはやっとこの時が来たとばかりに、さっそくロベルトさんに説明を捲し立てている。どうやら動作の正確性と安定性が大幅に向上し、作業スピードも上がったらしい。ロベルトさんも「ほぉ、大したもんじゃな。」とニコニコしている。
さっそく畑にゴーレムたちを入れてみる。固唾を飲んで見守る開発チーム。
ゴーレムは人工眼で畑を見回すと、スキャンが完了したのか、キュウリに向かって手を伸ばした。片手に装着された鋏を使い器用に切っては備え付けのポケットに入れていく。ちゃんとサイズ感も確認しているらしく、まだ育ちきっていない若いキュウリには目もくれず、大きなものだけを収穫していく。その動作は安定しており、作業スピードもなかなかだ。ここまで来たら人間と同じ効率だと言っていいだろう。
「ほぉ、こりゃあすごいじゃないか。収穫期のキュウリだけを器用に選んでおるぞ。」
「ほんと、動作もしっかりしてるし、さすが改良版だな。」
「人工眼から得られる情報を大幅にアップデートしたんですよ。作物の形だけでなく、固さや質感までインプットし、適切な力加減で収穫できるようにしたんです。トマトのようなデリケートな作物も心配いりません!」
「ゴーレムの脳のシナプスを見直し、瞬時に適切な作物を適切な形で収穫できるようにしたんです。」
「あとはどの程度安定して、動力が持つかですね。理想は今回の収穫が終わるまで動力が持つことなんですが、正直まだそこまでには至っておりません。今回どの段階で動力が切れるかを見極めて、さらなる軽減化を図りたいと思っています。」
「もしくはこの先何体で収穫作業をこなしていくかですね。今回の改良版に問題がなければ、細かい修正をしたのちにもう数体増員してもいいと思います。そうすれば作業スピードはさらに上がりますし、ゆくゆくは収穫の折りに人手を集める必要がなくなるかもしれません。」
すごいな。そこまでいったら完全な機械化、地球の農業にも負けてないんじゃないか?見たところ問題はなさそうだし、次の収穫期にはもう少し増やしてもいいかもしれない。ロベルトさんもうんうんと満足そうに頷いている。
その後も魔導ゴーレムは俺たちに負けないスピードでキュウリを収穫し終わり、アウローラの指示に従いトマトの収穫作業に向かった。
少し心配そうに見ていたロベルトさんも、ゴーレムが優しい手つきでトマトを収穫しポケットに入れるのを見て、安心したように「大したもんじゃ」と笑っていた。
俺たちと魔導ゴーレム、双方の力を合わせたおかげで今季の収穫作業もスムーズに終わった。あとは各作物たちの収穫量を計測して、その出来と共に記録しておく。そして種類ごとに分けて保管庫へ。
子供たちは冬場の勉強の成果を披露するときだ。数を数え、合計を計算し、サラに確認する。実生活の中に勉強の成果が試される場があるというのは良いことだ。サラ先生に花丸をもらってはしゃぎまわる子供たちにこちらも頬が緩む。
計算が終わった麻袋や木箱は力自慢の鬼人たちが軽々と持ち上げ保管庫へ。今年はオンディーヌのおかげで冷蔵庫、冷凍庫もあるからな。夏の暑さで作物たちが傷んでしまうこともないだろう。単純に人数が増えた分、保管できる量が増えるのはありがたいことだ。
「村長、今年も豊作のようです。」
「うん、世界樹とみんなのおかげだな。」
「やはり畑仕事をする中で収穫の時期が一番楽しいのう。」
「明日も頑張りましょうねぇ。全部終わったら収穫祭よぉ。」
「収穫祭というのは我々は初めてです。楽しみですね。」
「では、明日のためにも魔導ゴーレムの点検をしておきます!」
「ああ、研究の成果がしっかり出てたよ。明日も頼むな。」
「はい、村長!」
改良版が上手くいってよほど嬉しいのか、ハイタッチをしながら研究所へと戻る研究チームによってゴーレムは連行されていった。
ちなみにゴーレムはキュウリとトマトを収穫し終えたあたりで動力切れで動きが鈍くなった。研究チームによると「及第点だがまだ改良の余地アリ」らしい。志が高いのは結構だが、無理せず頑張ってほしい。