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87.別れ

 しばらくして、デーモンスパイダーたちが戻って来た。

 十匹近いキルスパイダー、そして数匹のヘルスパイダーも一緒だ。どうやら妊娠中の蜘蛛たちを連れてきてくれたらしい。

 パーシヴァルによるとシルクスパイダーたちは妊娠した後卵を産み、「卵嚢」という袋で包むのだという。形質が遺伝するのはその「卵嚢」に包む前まで。それでいて直前の方が遺伝の成功率は上がるとのことなので、一概に妊娠中と言ってもタイミングが難しい。

 パーシヴァルの見立てにより、二匹のキルスパイダーと一匹のヘルスパイダーが村に来てくれることになった。

 二メートル以上ある巨大蜘蛛が近寄ってきて正直おっかなびっくりという感じだが、蜘蛛の女王・アラクネから「間違っても危害を加えようとは思うな」と釘を刺されているためかとても大人しい。

 とにかく、目的は達成できた。そろそろお暇することにしよう。


「子供が生まれて特性を調べ終わったら、親と一緒にこの洞窟に返すよ。それまではちゃんと食事と寝床と安全を保障するから安心してくれ。じゃあ、いろいろとありがとう。」

「まて、その子は置いていけ。」


 挨拶をして帰ろうとする俺たちにアラクネが呼び止めた。その子――視線の先にいるのはシルキィだ。


「え?シルキィ?」

「そうだ。この子はぬるま湯に浸かりすぎた。キルスパイダーとして一人で生きていく力もない。蜘蛛糸も一種類しか出せないのだろう。」


 アラクネが言うには、シルクスパイダーたちは生まれた時から洞窟や森の中で狩りをして暮らしていく。その中で獲物を狩ったり敵を倒したりするための動き方や糸の出し方を学ぶらしい。そして成長や進化と共に出せる糸の数が増えていくのだそうだ。本来、このくらいの大きさのキルスパイダーであれば、普通の蜘蛛糸の他に粘着質な糸や鋼鉄ワイヤーのような強く鋭い糸も出せるはずなのだが、シルキィは幼いころから村で食べ物を与えられ、安全な環境でシルクの糸を出していたため、当然それらを学ぶ機会もなかった。だからシルキィは進化はしているが、洞窟の他のシルクスパイダーよりも弱いのだという。


「まあ、この洞窟でしばらく暮らせば嫌でも糸の出し方を学ぶだろう。だからこの子は置いていけ。」


 それがシルキィのためだというなら仕方がない。シルキィも「弱い」という事実を突きつけられて悔しいのか、こっちに来ようとしない。「早くいけ」とばかりにシッシッと脚で払ってくる。

 しかし、それを了承しないのが一人いた。他でもない、シルキィの一番の友人、フランカだ。


「いやだよ!なんで?シルキィ一緒に帰ろうよ!」

「フランカ、このままじゃシルキィは強くなれないんだって。」

「強くなくてもいいもん!フランカが守ってあげるもん!!」

「でもな、フランカ……」


 泣きながら駄々をこねるフランカにシルキィが寄っていく。フランカはシルキィをぎゅっと抱きしめ、「行かないで……」と説得しようとする。


「キィ」

「やだもん」

「キィ、キィ」

「守ってくれなくていいもん、フランカ、強いもん。」

「キィ、キィ」

「………………」


 何を言っているのかはわからない。が、シルキィが優しく諭してくれているのだろう。シルキィをぎゅっと抱きしめ、頑なだったフランカが静かになっていき、そして、ゆっくりと両腕をほどいた。


「フランカ……」

「まってるから、ちゃんと帰ってきてね。約束だからね……」


 涙をぬぐいながらそういうと、シルキィから離れ、俺たちの方へ戻ってきた。俺の手をぎゅっと握りしめ唇をかみ俯いている。


「我々と言葉を交わすだけでなく、ここまで肩入れするとは……奇特な人間、それも子供がいたものだな。」


 シルキィとフランカのやり取りにアラクネは少し驚いたようだ。

 まあ当然か、普通はこんなところに好き好んでこないし、こんな恐ろしい蜘蛛たちと関わりたいと思う人間はいないだろう。ただの蜘蛛じゃなく魔物というのなら猶更だ。


 こうして、シルキィとの突然の別れがやって来たのだった。




「じゃあ、俺たちは帰るよ。」

「ああ、また何かあれば来るといい。地龍様の主とあらばいつでも力になろう。」


 俺たちは来た道を戻り始めた。シルキィは動かない。どうやら見送る気もなさそうだ。フランカも、チラリとシルキィを見た後は振り返らなかった。どちらもまだ子供だと思っていたけれど、俺達が思っているよりずっと強いんだな。ぎゅっと握られた小さな手を見ながらそんなことを思った。

 曲がりくねった白い洞窟を進み、ぽっかりと上に向かって伸びる大きな穴の前で止まる。来た時と同じようにシリウスが金色の円盤を出してくれた。全員でそれに乗り込む。穴の大きさも円盤の大きさも余裕があるため、二メートル越えの蜘蛛や五十センチ程の蜘蛛が乗ってもスペースは十分にあった。

 エレベーターが上へ動き始めた時、腰のあたりからかすかに鼻をすする音が聞こえたが、あえて誰も何も言わなかった。


 帰り道は行きと比べてかなり楽だった。知っている道というのもあるが、何より蜘蛛たちを警戒しなくてよくなったからだ。アラクネからのお達しは洞窟全体にちゃんと行き届いているらしく、こっちを威嚇したり攻撃したりする蜘蛛はいなかった。むしろ自分たちがどんだけ恐ろしい存在シリウスに喧嘩を売ろうとしてたのかを知って大分委縮しているように見える。洞窟の真ん中に海が割れるようにできた道を悠々と歩きながら一行は進んだ。そして、来た時の四分の一ほどの時間で出口にたどり着いた。

 洞窟を出ると外はもう真っ暗だった。洞窟内では時間がわからなかったが、月が高く昇っているところを見ると真夜中近いらしい。フランカもさぞ疲れただろう。洞窟を出た瞬間、ほっとしたのか握っていた手の力が抜けていくのがわかった。


「もうこんな時間だ。みんな疲れているだろうし、とりあえずここで野営しよう。」


 アラクネ率いる大蜘蛛たちの洞窟。その入り口で野営しようなんてまともな人間なら言わないだろうが、今はアラクネたちも俺たちの見方だ。それに、ここがどんな場所なのか知っている周辺の魔物たちは近づこうとしない。ある意味ではこのあたりで一番安全な場所と言えるだろう。

 パーシヴァルの魔法で火をおこし、アヤナミ特製疲労回復水を飲む。持って来た干し肉を簡単にあぶり直しみんなで齧った。フランカはもううとうとしている。とりあえず水は飲んだし、無理に食べなくても大丈夫だろう。


「フランカ、無理しないでもう寝ていいぞ。」


 そういうとコクリと頷き、マントに包まってすぐに寝息を立て始めた。フランカの分の干し肉、蜘蛛たちに食べるか聞いてみたらあっという間に食べてしまった。やはり体の大きさに比例して必要な食事の量も増えるみたいだ。これは、帰ったら大量の食べ物を用意しないとな。

 シリウスのあの恐ろしい結界を念のため張ってはいたが、俺たちのすぐそばにヘルスパイダーが張り付いているからだろう。突撃して消されるような魔物はいなかった。おかげで静かな夜を過ごせたよ。

 

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