84.非常に気持ちが悪い
「到着いたしました。」
シリウスの声で全員が円盤から降りる。無事に下層に降り立った俺達は明かりを頼りに先へ進む。
下層に来ると、シルクスパイダーの姿が目立った。シルキィの姿にビビってはいるものの、上の魔物たちほど慌てて逃げ出す様子はない。遠巻きにこちらの様子を窺っている感じだ。
とはいえ、大きなタランチュラ級の蜘蛛たちがうようよいる環境はあまり精神衛生上よろしくない。結界のおかげでこちらに危害を加えられることはないのであんまり見ないようにしてどんどん進む。
「おお、シルクスパイダーがこんなに!ぜひとも二、三匹連れて帰りたいところですねぇ。それに、これだけの数がいるということはキルスパイダーもかなりの数が期待できます!楽しみですねぇ!」
弾んだ声で独り言を言っているのは他でもないパーシヴァルだ。次から次へと出てくる大蜘蛛たちを前にここまで喜べるのはあんたぐらいだよと突っ込みを入れたくなる。とはいえ、研究のためには上位種であるキルスパイダーを連れて帰る必要がある。シルキィの話も通じるかわからないし、うまくキルスパイダーが協力してくれるといいんだが。
パーシヴァル以外の全員はさすがにあまり居心地よくなさそうだ。鬼人の二人は警戒を怠らないようにしながらもちょっと嫌そうだし、シリウスも冷静にふるまってはいるが威圧もできず雑魚たちに囲まれちょっと鬱陶しそうだ。割と虫が平気なフランカもさすがに「ちょっとこわい……」とシリウスにしがみついている。
一行はどんどん進み、洞窟はどんどん下へと続いていく。そして進むごとにシルキィと同じ黒いミズグモ――キルスパイダーの姿がちらほら見え始めた。
キルスパイダーは威嚇するように両足を掲げ、じりじりと近づいてくる。シルキィが前で何か語り掛けるようにキィキィと鳴いているが、どうなんだろうか。俺達はいったん立ち止まり、固唾を飲んで見守る。
と、その時、シャッと何かが飛んできた。どうやらキルスパイダーが糸を飛ばしてきたらしい。うーん、覚悟はしていたが、歓迎はされていないようだ。念のためフランカにも聞いてみる。
「フランカ、キルスパイダーはなんて言ってる?俺達のこと受け入れてくれそうかな?」
「うーんと……『ヨソモノ、デテイケ』って言ってる。ちょっと怒ってるみたい……」
「食べられないよね?」と不安そうなフランカ。これで向こうが友好的でないというのが確実になったな。仕方ない、蜘蛛の女王に会って何とか説得してみよう。それまではなるべく相手にしないように進むしかない。
俺達は時折ねばついた糸の塊を投げられながらも進んで行った。対物理結界なだけあって、糸の塊が俺達に届くことはなかったのが救いだ。
「あっ!あれは!!!」
洞窟の奥へ奥へと進み、体感的にもかなり下層に進んだんじゃないかという時、ふいにパーシヴァルが声を上げた。見てみると遠くに赤い点がいくつか見える。ジェイクはとっさに構え、俺も『水神の眠り』をぎゅっと握る。明かりを飛ばすと、赤い点の正体が分かった。
いくつもの赤い点は、巨大な蜘蛛の目だった。体長は二メートル、中には三メートル近いものもいる。あれに捕まったら、生身の人間は簡単に食われてしまうだろう。
「げっ!」
「あれもキルスパイダーですか?」
鬼人たちも見たことがないようで、迷わずパーシヴァルに尋ねる。パーシヴァルもいつになく緊張した面持ちで巨大蜘蛛から目を離さない。
「あれはヘルスパイダー。キルスパイダーのさらに進化した種です。自分より大型の生物や肉食の生物を襲って食べてしまう、非常に凶暴な魔物です。」
パーシヴァルの説明の間も大蜘蛛たちはじりじりと近寄ってくる。もちろん大蜘蛛の足元には無数のキルスパイダー、シルクスパイダーがおり、非常に気持ちが悪い。これ、シリウスの結界が無かったら防御は不可能じゃないか?前から後ろから、なんなら天井から糸を垂らして寄ってくるんだから。
ガキンッ
硬質な音が響いた。どうやらヘルスパイダーが大きな口で結界にかみついたらしい。当然結界が敗れることなんてありはしないのだが、何かに阻まれたと理解したヘルスパイダーは次から次へと嚙みつき、引っ搔いて目に見えない結界を破ろうとしてくる。
やがて蜘蛛たちは俺達の周りに折り重なるようにして結界にかみつき引っ掻いてきた。牙のぶつかる音や爪で引っ掻く音などが耐えず聞こえる。なにより、二メートル越えの巨大蜘蛛が目の前に折り重なっているので前が見えない。
「……とても友好は結べそうにありませんし、消しましょうか?」
「だめだよ。蜘蛛の女王に会うまではこいつらにケガを負わせないようにしなきゃ。ケガさせといて『仲良くしましょう』なんて出来っこないだろ?」
「まどろっこしいですねぇ……」
でもこのままでは先へ進めない。――そうだ。今こそこれを使うときなんじゃないか?
「『水神の眠り』、これを使ってみよう!」
確かドワーフの長が言うには、これで刺されると安らかな眠りに落ちるらしい。痛い思いはせず速やかに眠っていただこう。
俺は『水神の眠り』を構え、正面のヘルスパイダーの足にぷすっと刺してみた。刺されたヘルスパイダーは一瞬ビクッとなり、そのまま崩れ落ちた。……死んでないよな?大丈夫だよな?シリウスをちらりと見ると、「生体反応はありますね。」と帰ってきた。
そこからはひたすらぷすぷすと刺していく。とりあえずは視界を阻む大きい奴らだけ。小さい蜘蛛たちはこの際無視だ。
ガキンガキンッ、ぷすっ、ぷすっ、バタリ。
大蜘蛛たちは仲間が次々と倒れているのを見て怒っていたが、あまり時間をとりたくはないのでひたすら刺しては進んで行く。
そしてあらかた大蜘蛛たちを片づけた頃、再び下へつながる穴を発見した。
先ほどと同じように光を落として様子を見たところ、下には大きめの魔物が三体いるらしい。
またヘルスパイダー?それとも蜘蛛の女王か?とにかく、進むしかない。
先ほどと同じように金色の円盤に乗り込みゆっくりと降りていく。不思議と小さい蜘蛛たちはついてこなかった。
そういえば、フランカはいつのまにかまた眠っていた。こんなに恐ろしい場所ですやすや眠れるなんて、全く大物だよ。