83.洞窟
「ここみたいだな。」
「そのようですね。」
洞窟の入り口を前に、まずは休憩。態勢を整えてから入らないとな。
いつの間にか眠っていたフランカも起こし、水分を補給する。おとなしいと思ったら寝てたのか。
「シルキィのおうち着いたの?」
「ここが入口みたいだ。中は危ないかもしれないから、俺達から離れるんじゃないぞ。」
「うん、わかったー。」
ここに来るだけでかなり疲れたが、アヤナミ特製の疲労回復水で一気に体力を回復する。さすがは龍、オンディーヌの疲労回復水とは効き目が違う。いや、オンディーヌの水でも効果は十分なんだけどさ。
休憩をしながら作戦会議。中ではシリウスの結界は使えない。あんな近づくものを全て消し去るような結界、攻撃する気満々にしか見えないだろう。あんな結界を張っておいて友好を説いたところで信用するバカはいない。
「では、対物理結界にいたしましょう。」
「対物理結界?」
「あちらからの物理的な攻撃のみを防ぐ、いわば盾のような役割です。こちらから攻撃することはありません。もちろん、触れても大丈夫です。」
説明しながらシリウスが自分の周りに張って見せた。俺は恐る恐る触ってみる。透明な壁のようなものに阻まれて、シリウスに近づくことができない。爪で叩いてみると、ガラス程硬質ではないが、薄いプラスチック版を叩いたようなコツコツという音がかすかに聞こえた。なるほど、確かに盾だな。
「よし、じゃあこれを俺達の周りに張っていてくれ。あと、フランカは念のため、シリウスが抱えてくれるか?」
「かしこまりました。フランカ様、よろしくお願いいたします。」
「うん。お兄ちゃんありがとー。」
龍に抱きかかえられているなら、万が一にも怪我をすることはないだろう。過剰すぎる守りともいえるが、蜘蛛の女王どころか普通の魔物すら経験がない俺にとっては守りは強固であるに越したことはない。念のため、背中に背負っていた『水神の眠り』もしっかり握っておく。
こうして、先頭にジェイク、次に俺、パーシヴァル、シリウス、最後にイヴァンという陣形で洞窟に入った。
洞窟内は意外と広かった。しかし、人間が作ったトンネルのようにきれいなドーム型ではなく、天井が高かったり低かったり、地面もへこみや隆起があってなかなか歩きにくい。おまけに地下水が染み出ているのか所々濡れている。俺達は速度を落とし慎重に進んだ。
中ははっきり言って魔物の巣窟だった。それも蟲系の。普通にしては大きすぎるハエやら蜂やらがしょっちゅう飛んでくるし、蛇かと思うようなヤスデが岩場から出てきたときはドキッとしたよ。しかし、どれもこっちに攻撃してくるようなことはなかった。シリウスのせいかと思ったけど威圧は禁止しているし(あくまで友好が目的だからな)、不思議に思ってパーシヴァルに聞くと理由が分かった。
「そりゃあ、シリウスさんが威圧しなくとも、こちらにはキルスパイダーがいますからねぇ。キルスパイダーは中等魔物ですから、そこらへんの下等魔物が敵う相手ではありません。食われる前に逃げようというのは正しい判断ですよ。」
なんでも一概に魔物と言ってもランクがあり、下等に位置するいわゆる雑魚たちは力も魔力も弱いので上位の存在に食って掛かることなどできないのだとか。そしてキルスパイダーは中等、細かい区分けによるとCランクに相当する。ちなみにCランクというのは冒険者ギルド(これまたファンタジーでおなじみだ)が定めているランクで、熟練のソロ、もしくはそこそこ経験のあるチームが力を合わせて倒せる程度だという。シルキィ、お前、結構怖い魔物だったんだな。
というわけで、食物連鎖の上位にいるシルキィが先頭を切っているため、雑魚たちは道を譲るほかないのである。それを知ってか知らずかシルキィは悠々と進んで行く。しかしそれにしても数が多いな。
「なんかやたら数が多いな。洞窟の中ってこんなものなのか?」
「確かに多いですね。まあここは周辺と違って魔素も多いですから、魔物にとっても居心地が良いのでしょう。」
「え、ここって魔素が多いの?」
「もともとこういった洞窟のような場所は空気が滞留しやすいです。ということは必然的に魔素もたまるわけで、そのせいで魔物が寄り付きやすくなるんですよ。もしくは、魔力をまき散らすほどの存在が近くにいるかですかね。」
まあ、今回はシリウスさんの影響ではなさそうなので前者でしょうねぇ、とのんきに笑うパーシヴァル。シルキィやシリウスの結界があるとはいえ魔物にとって居心地が良いなんて言われたらこちとら全く笑えないが、おとなしくしてくれるなら好都合だ。俺達はここぞとばかりに先へ進んだ。
洞窟は下に向かって伸びているようで、緩やかな坂道になっている。時折急激に落ち込むところがあり、足元に注意しなければならない。残念ながらシルキィはそんなことを教えてくれるほど親切ではないので、先頭を行くジェイクが細かく注意を促すしかない。エルフ特製のぼんやりと光るライトを頭上と足元に掲げ進むこと2時間ほど。俺達は下に向かって伸びるぽっかりと深い穴の前で立ち止まった。
ちなみにその間、俺達を攻撃してくる魔物はいなかった。シルキィの存在はよっぽど怖いものらしい。シルキィは特に何もしていないのだが、その効果は抜群だ。
「この穴は深そうです。いったん様子を見て慎重に下りないといけません。」
先頭のジェイクが穴を覗き込みながら言う。
たしかに下に向かって伸びる大穴は真っ暗で、どこまで続くのか、下に何があるかも全く予想がつかない。まるで落とし穴だ。
「光を落として下の様子を見てみましょう。」
シリウスはそういうと、穴の方へ手をかざした。するとエルフの光よりもずっとはっきりした白い光が表れた。まるで地球の白色蛍光灯だ。
ぼんやりした明りになれていた俺達の目には眩しく、思わず目を細めた。白い光は壁面を照らしながらゆっくりと穴の底へ落ちていく。穴の中はただの空洞のようで、ごつごつとした岩肌以外には特に何もない。そしておそらく底に着いたのだろう。白い光の動きが止まった。
「ふむ。この穴の深さは約二十メートル程ですね。中は特に変わった様子はなく、下も普通の岩の地面です。降りた先に雑魚が何匹かいるようですが、まあ問題ないでしょう。」
「下にいる魔物まで見えたのか?」
「見えずとも、魔力感知で気配をたどれます。下にいるのは蜘蛛型の魔物が多いみたいですね。」
淡々とそう告げるシリウス。すごいな、さすが龍。
だが問題は、どうやって降りるかだ。シリウスの話ではこの穴は二十メートル。とても自力では降りられそうにない。魔法でロープを作ってもらって慎重に下りるとか?だめだ、他のみんなはともかく、俺はそんな器用なことできそうにない。
みんなに案を聞いてみると、またしてもシリウスが「御心配には及びません。」とにっこりと笑った。
そして穴の上にぼんやりと金色に光る円盤のようなものを出現させた。
「皆様、こちらにお乗りください。皆様を安全に下までお連れ致します。」
おお、つまりエレベーターか。それは便利。
「ありがとうシリウス。助かるよ。」
「お役に立てて何よりでございます。」
シリウスが嬉しそうにお辞儀をする。なんだか本当に俺の役に立ったということが嬉しいようだ。若干こっちまで照れ臭くなるが、世話係として主人に褒められたというのは俺が思っている以上に本人にとっては嬉しいことなんだろう。
ともかく、俺達全員、金色の円盤に乗り込み中央に固まって立つ。そして円盤はゆっくりと下降していった。