75.まさかそれが目的で
「では早速宴の手配をいたしましょう。」
今回も突然の『精霊の宣言』だったため、急遽大宴会を開くことになった。
サラがテキパキと指示をする。
それに合わせ、神殿に集まっていた村人もあっちに行ったりこっちに行ったりと忙しく動く。
「ケイ様、私は宴のための料理づくりに参りますが、よろしいでしょうか。?」
「ああ、頼むよ。アヤナミ。」
急遽決まった宴だが、アヤナミに頼めば大量のごちそうも難なく作れるだろう。
アヤナミは俺の了承を得ると、ガイアス様の方に向き直り、丁寧に頭を下げる。
「おお、アクエラの遣いの子龍じゃな。」
「はい、アヤナミと申します。今はケイ様のもとで世話役としての修行を積んでおります。」
「そうかそうか、頑張るのじゃぞ。」
「ありがとうございます。では失礼いたします。」
「うむ、しっかりな。……そうじゃ、ちょうど良い機会じゃ。エキドナ。そこにおるな?」
「はい、こちらに。」
ガイアス様の呼びかけに、一人の女性が現れた。
まるで床からスッと生えてきたかのようになんの気配もなく現れたので驚いた。
豊かな砂色の髪を長く伸ばし、穏やかで色気のあるタレ目と朱の唇。薄手の衣服の上からは絶妙な膨らみとくびれが強調され、スタイルの良さが際立つ。
「この者は儂の世話役、地龍のエキドナじゃ。エキドナよ、例の者は連れてきておるか?」
「はい、こちらにお呼びしても?」
「うむ。」
エキドナと呼ばれた女性は「おいでなさい。」と隣に声をかける。すると、砂埃がくるくると小さな竜巻のように集まり、たちまち一人の青年の姿になった。エキドナさんと同じ髪色と目の形をした。知的な雰囲気の青年だ。
「これは地龍エキドナの孫のシリウスじゃ。まあ、まだ子龍じゃがな。ケイよ、加護を与えたついでの頼みじゃ。この子龍の面倒を見て欲しい。」
……………………え?
いやいやいや。ないないない。
「ちょっと荷物見といて」のノリで龍の面倒見させる人がどこにいるよ。
これは精霊のジョークなのか?笑ったほうがいいのか???
「あはは……冗談です、よね?」
ツッコミのタイミングを逃してしまったので、とりあえずぎごちなく笑ってみる。
スベってないですよアピールだ。
「冗談ではないぞ?アクエラが水龍の子をここに遣わしたと聞いてな、良いアイディアだと思ったんじゃ。特にこのシリウスは知的好奇心が強く、勉強熱心な有望株じゃ。代わり映えのない秘境にやるよりも、このような多種族と交流できる場のほうが良いと思うてな。どうかね?」
お見合いでも進めてくるかのようにシリウスという青年をプッシュするガイアス様。
アクエラ様から聞いて良いアイディアと思ったって…………
「ガイアス様、まさかそれが目的でこの村に加護を?」
「まあ、正直に言えばそれもあるのう。ああ、勿論さっき言ったことも本当じゃよ。儂の血を引く子らの手助けをしてやりたいというのは心からの本音じゃ。じゃが、それはそれ、これはこれじゃ。」
ほっほっほっ、と楽しそうに笑うガイアス様。いや笑い事じゃないし!
なんかいきなり加護をくれたと思ったら、そういう裏があったんかい!
「シリウスと申します。若輩者ではございますが、精一杯お仕えいたします。何なりとお命じくださいませ。」
俺に向かって背筋を伸ばし、四十五度の角度でお辞儀をする。うん、完璧だ。見た目は俺と同じくらいだけど雰囲気はまさに有能執事。
……じゃなくて!
「あ、あのシリウスさん?」
「シリウス、とお呼びください。」
「いや、その、シリウスさん。そんないきなり言われても、お互い困るだろうし、」
「シリウス、で結構でございます。ガイアス様のお決めになったことであれば従うのみ。困り事などございませんよ。」
「いや、でもここってただの小さな村だし……」
「人里離れた森の奥に他種族が共生する里がある。これ程興味深い土地が他にありましょうか。」
「みんな手探りでやってるから、そんな勉強になるようなことは……有望株ならもっと他に……」
「でしたら尚のこと、お役に立てることがあるかと存じます。」
「いや、だけど……」
丁寧な口調とは裏腹に一歩も譲る気配がない。
ちょっと、ガイアス様。何楽しそうに見てるんですか。何とかしてくださいよ。
エキドナさんも、関係なさそうな顔してないでよ。あんたの孫でしょうが。
その後もしばらく俺とシリウスの攻防が続いた。
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……まけた。
見事に言い負かされました。
丁寧な口調で理路整然と語ってくるんだもん。
俺と同じくらいの歳に見えたけれど、さすがは龍。(龍が関係あるかはわからないが)滅茶苦茶できる。滅茶苦茶頭の回転が速い。
ていうか、こんな森の奥の村じゃなくて、どっか大きな国の外交とかやったほうが良いのでは?と思ったが、龍が味方についている国なんて誰も逆らえないだろうし、他国とのバランスが崩壊しまくるか。
超大国街道ぶっちぎりの独走だわな。
……そう考えると、辺境の小さい村であるここがいいのかもしれない。
まあ、頭の回転の速さと知識の豊富さは(嫌というほど)わかったので、ブレインとして俺たちを助けてもらうとしよう。
そんなわけでめでたく(?)アヤナミに続き二人目の龍がこの村の守護者となった。