74.大地の精霊
「すすすすみませんっ!!大精霊様とは知らず……!!!」
まずは謝罪、とりあえず謝罪だ。腰を九十度に折り曲げ、全身全霊で謝罪だ。
ああ、俺はきっとこのまま死ぬのだろう。大地の精霊なら土の中に生き埋めか?
それともこの神殿の天井が崩落して……?
いやいや、床が剣山みたいになって串刺しかも……!
しかし、いつまで立っても土に埋もれることもなければ、天井が崩れることもない。
それどころか、「ほっほっほっ。」という笑い声すら聞こえる。
……恐る恐る顔を上げてみる。俺の反応を楽しんでいるかのようないたずらっぽい目の老人、もといガイアス様と目があった。
「そう怖がるな。この程度のことで怒るほど器は小さくない。それにしても見事な腰の角度じゃのう。」
「あ……はぁ。」
良かった。とりあえず殺されることはなさそうだ。
「そろそろ腰を上げてみてはどうかね?」と言われ、自分が九十度に腰を折り曲げ顔だけ上げているというおかしな格好をしていることに気がつく。
慌てて背筋を伸ばし、ガイアス様に向き直る。
灰色の髭にこげ茶の瞳のガイアス様は老人とは思えないほど背筋が伸びており、とても背が高い。
茶色のローブを羽織っている姿はまさに賢人と言った雰囲気だ。
「そ、その……大精霊であるガイアス様がなぜここに……?」
「いやなに。アクエラから聞いたのでな。帰らずの森と言われるこの森の中に住み着くおかしな人間たちがいて、なかなかよい村を作っているとか。ついでにドワーフが見事な彫像や神殿を作ったとか。えらく自慢されてのう。思わず気になって見に来たのじゃよ。たしかに、見事な出来じゃな。あのアクエラが気に入る理由もよく分かるわい。」
アクエラ様、前に言っていた通りしっかりとガイアス様に伝えてくれたんだな。
ただ、ちょこちょこ間違って伝わってる気がしなくもないけれど。神殿は一応三精霊を祀る場所……という設定だし、そもそもドワーフだけの力じゃない……ま、細かいことはいいか。
「そうでしたか。わざわざ来ていただき光栄です。この神殿はドワーフの他にも、ノームや鬼人、エルフなど様々な者たちが力を合わせて作った力作なのです。お褒めいただけてみんなも喜ぶと思います。」
「おお、しっかりと伝えておけ。それと、村の様子も見てもよいかの?知っておるかもしれんがエルフやドワーフは儂の血を受け継いだ種族でな、優秀な子孫の様子をちょっと見ておきたくてのう。それに、この森に住むノームたちに会うのも久方ぶりじゃからな、たまには顔を出しておかんとのう。」
ガイアス様は「ほっほっ」と笑いながら朗らかに言った。
この大精霊様はアクエラ様と違ってディミトリオス様によく似ているな。姿形もそうだけど、なんというか雰囲気や接し方が。
これまでのことを聞いた感じだと、子孫や下級精霊たちに対しては放任主義っぽいし。でもちゃんと気にかけてはいるっぽいし。
アクエラ様は超がつくほどの過保護だもんな。
「でしたら順番にご案内しますね。」
「ああ、その必要はない。遠くからこそっと見るだけでよいのじゃ。儂は大地を司る精霊じゃから、土や石ころを介して周辺の様子がわかるのじゃよ。ノームたちのもとへ連れて行ってくれるか?」
「え、せっかく来たのにいいんですか?」
「エルフもドワーフも、いきなり先祖が現れては驚くじゃろう。それに彼らの前に姿を表すこともめったに無いのでな。元気にやっておるとわかればそれで良い。」
「わかりました。ではノームたちのところへご案内しますね。」
俺はノームたちの家がある場所へ案内した。
ノームたちはいつもグループごとに別々の作業をしてくれているため一箇所に集まることは少ないのだが、家の横に資材加工所を設けているのでここが一番集まりやすいはずだ。
予想通り、全員ではないが多くのノームが行き来し、資材を加工したり運搬したりと忙しく働いていた。
「おーい、みんな、ちょっと手を止めてくれ。お客さんだぞ。」
俺の声に顔を上げるノームたち。そしてあっという間に目の前に整列し、ガイアス様に向かって深々と頭を下げる。
「よいよい、楽にするのじゃ。」と言われると、嬉しそうな顔でガイアス様を見上げた。
オンディーヌたちと同じく、大精霊であるガイアス様を慕っているんだな。
「皆、元気そうじゃな。何か変わったことや困っておることはないか?」
目を細め、ほほえみながら問いかけるガイアス様に、色々と話しているのだろう、身振り手振りを交えながらぴょこぴょこ動くノームたち。
一度に話している(様に見える)二、三十人のノームの話を聞き分けることができるってすごいな。聖徳太子か。
まあ、大精霊ともなればそのくらいは簡単なのだろう。
ガイアス様の言う通り、久しぶりに会えたためだろう、あれやこれやと話が尽きないようだ。
いつもは静かに仕事をこなす職人のようなノームたちにしては珍しい。だが嬉しそうで何よりだ。
邪魔になってしまうと申し訳ないので、俺は少し離れたところで待つことにした。
三十分ほど経っただろうか、ガイアス様がこちらに向かってきた。
「もうよろしいのですか?」
「ああ、待たしてしまってすまんの。」
「いえいえ、ノームたちも嬉しそうでしたし、なんか俺まで嬉しくなりましたよ。」
仲間の意外な姿というか、喜んでる姿を見ると嫌な気はしない。
小さなノームたちならなおさらだ。俺としても見ているだけで微笑ましかった。
アクエラ様のようにキャラが変わるほど撫で回されるとちょっとアレだけどね。いや、悪いとかじゃなくて、なんだろう、恥ずかしさが勝って見ていられなくなるみたいな。
とにかく、ほほえましい光景を堪能させてもらいましたってことで。
「……ふむ。そうじゃのう。よろしい。では、儂もこの村に『精霊の宣言』をしてやろう。」
「へ?ええっ!?なんでまた……というか、そんな簡単に!?」
ガイアス様のいきなりの提案に驚く。
そりゃそうだろう。だっていきなり『精霊の宣言』、つまり加護を与えてくれるなんて。
というか、こんなただの村にホイホイ加護を与えまくっていいものなのか?
「そう驚くことかの?この村には儂の血を引くノームもエルフもドワーフもおる。そしてそのドワーフは他の大精霊をも唸らせる素晴らしい力を宿しておる。その者たちに信頼されているお前さんはディミトリオス様ともつながっておる。……理由はこれだけで十分ではないかね?」
「……そんなもんですかね?」
「そんなもんじゃよ。精霊も人間もそう変わらん。心を動かされたものに手を貸したいと思うもんなんじゃよ。……嫌かね?」
「いえ……ありがとうございます。」
「ま、これを機にさらに頑張るんじゃな。そうすれば儂も加護を与えた甲斐があるというものよ。」
「はい、勿論です。これからもよろしくお願いします。」
「うむ。では善は急げ、早速皆を集めるのじゃ。」
?????
展開が早すぎて俺自信よくわからないが、なぜかガイアス様に気に入られ、更には加護までもらえることになった。
みんなが神殿に集まる。こうして全員が集まるのは完成記念式典以来だな。
例によって立会人はライアだ。「おう、ドライアド殿。その姿は初めてじゃな。此度はよろしく頼むぞい。」「ええ。おかげさまで更に良い村になります。」などと談笑している。やっぱりここも知り合いなんだな。
ライアが前に立つと、ざわめき声がピタリと止まった。
シンと静まる神殿に、ライアの透き通った声が響く。
「では、世界樹の精霊である私の立ち会いのもと、大地の精霊ガイアスの加護を授けます。」
「うぉっほん。我が名は、大地の大精霊ガイアス!我が精霊の名において宣言する!この地は大地の精霊の加護を得た!この先、我が名を裏切らぬ限り、この地に繁栄をもたらし、大地の厄災から人々を守ると約束しよう!」
ガイアス様の宣言とともに、神殿内は拍手と歓声に包まれた。
ガイアス様の血を引いているであろうドワーフやエルフは跪き、ことさら真剣に祈りを捧げている。
ノームたちも勢揃いで喜んでいる。
この村は、水の加護に続き大地の加護まで得ることになった。