72.関節痛かよ
話は変わるが、侵入者から村を守ったアクエラ様にはいくつもの贈り物が届いた。
花や野菜、果実類。殆どは料理や酒と一緒に宴の間に運ばれたが、中には美しい細工の工芸品やシルキィの織った布などもあった。
村人たちの本音を言えばアクエラ様に直接渡したかったのだろうが、宴の間は一般人立入禁止だ。
それに下々の者が高貴な人物に気軽に関わってはいけないらしい。
この辺は歴史の授業なんかでも習ったことがあるな。
昔は高貴な人物に対し、庶民は口を聞くことはおろか、姿を見ることも許されていなかったとか。
……俺、普通にアクエラ様と会話しちゃってるけど大丈夫なんだろうか?
とりあえず贈り物は村の長である俺が預かり、アクエラ様に渡すという形で納得してもらった。
被害報告や城壁についての話し合いも終わり、俺は数々の贈り物を手に宴の間へ向かう。
アクエラ様はすっかり上機嫌でオンディーヌやアヤナミと戯れている。
……というか、こんな部屋だったっけか?
なんか至る所に真珠や珊瑚の飾りが散りばめられているし、金魚のようなヒレの魚が空中を泳いでいる。
おまけにこれって水霊花か?大理石の床から生えているんですけど。一体どうなってるんだよ。
オンディーヌたちもうちの村のじゃないやつがいるな。というかかなり数が増えている。
「あの、アクエラ様……」
「ああ、そなたか。ここはなかなか居心地が良いな。気に入ったぞ。」
頬づえを付き、非常にリラックスした様子のアクエラ様がふふっと笑う。
すっかり機嫌は良くなったらしい。
色々ツッコミたいところではあるが、また不機嫌になられても困るし、このまま気持ちよくお帰りいただこう。
既に日は落ち、辺りは薄暗くなり始めている。
俺は贈り物をアクエラ様にお渡しした。
「アクエラ様、こちらはうちの村人からの感謝の贈り物でございます。どうぞお受け取りください。」
「ほう。ここの者たちはなかなか殊勝な人間と見える。それに……見事な出来だな。」
アクエラ様が手に取ったのは、ガラス細工の置物だ。
ジークの作品で、オンディーヌをイメージした少女の置物だ。青と無色のガラスのグラデーションが美しい。
「うちのドワーフの職人が丹精込めて作った品なんですよ。」
「なるほど、ドワーフか。あの者たちは器用だからな。」
あ、そう言えば、広間の彫像って見たんだろうか?
ヴェンデリンの渾身のアクエラ様像、村のみんなにも好評だし、俺もかなりいい出来だと思う。
帰る前に是非見てもらいたいな。
「せっかくの品々だ。早速持って帰るとしよう。これからも妾の加護に驕らず仕事に励むように伝えるが良い。」
「あ、アクエラ様、お帰りになる前に是非見て頂きたいものが……。」
席を立とうとするアクエラ様に慌てて声をかける。
村人たちの贈り物、全部受け取ってくれるのか。
やっぱり見かけによらず優しいというか、面倒見が良いというか。
それはさておき、アクエラ様を広間へと案内する。
夕暮れの広間はエルフたちの灯りでぼんやりと明るく、なかなか神秘的な雰囲気だ。
天窓からは青紫色の空が見える。
昼間とは違って人のいない広間に俺たちの足音がコツン、コツンと響く。
アクエラ様を三体の彫像の前に案内する。
さて、どんな反応だろう。気に入ってくれるかな?
「これは……。」
アクエラ様は驚いたように呟いた。
目線の先は大理石で造られた自らの像。上から下へ、下から上へと真剣な顔で何度も目線を往復させる。
「……素晴らしい。妾の像は数え切れぬほど見てきたが、これ程美しく造り上げられたものはない。妾の優美さ、艶やかさをこんなにも正確に表現できようとは……。」
自分の像にすっかり見惚れるアクエラ様。
自分で「優美」とか「艶やか」とか言っているけど、そこは突っ込まない方が良いんだよな?
まあ、アクエラ様が優美で艶やかなのは間違いではないし。
「これを造った者を呼ぶが良い。特別に、妾直々に褒めてやろう。」
アクエラ様の言葉にササッと動くオンディーヌたち。
どうやらヴェンデリンを呼びに行ってくれたようだ。
しばらくするとドタドタと足音を立てながらヴェンデリンが早足でやってきた。
荘厳で神秘的なこの場所に似合わない粗野な振る舞いが逆に面白い。
「アクエラ様……ワシをお呼びになったとか……。」
「……そなたがこの像を造ったのか?」
「はい、僭越ながらワシが造りました。アクエラ様のお姿を少しでも再現出来ればと……。」
「そなたもドワーフであるな?」
「はい。」
「ふふっ、なかなか良い出来である。これ程の腕を持つ職人がいるとは、ガイアスも鼻が高かろうな。」
「勿体なきお言葉……!」
「これからも精進するが良い。」
「勿論でございます。アクエラ様にお褒めいただいた以上、それに恥じぬ者となれるよう努めてまいります。」
跪き、頭を垂れるヴェンデリンに「褒美じゃ。受け取るが良いわ。」と指をピッと弾く。
オンディーヌが浄化魔法を使った時のようなキラキラした光がヴェンデリンの身体に降りかかった。
「ぬ?おお!?関節が……長年の関節痛がすっかりと消えましたぞ!?」
……褒美って、関節痛かよ!
いや、本人が喜んでるならいいんだけどさ。
当のヴェンデリンは「ありがとうございます!これで痛みを気にせず存分に掘れますわい!」と小躍りする勢いだ。
「良い。此度のそなたの仕事ぶり、ガイアスにも伝えておこう。では妾はそろそろ戻る。気が向いたらまた来るとしよう。」
そう言うとアクエラ様はスっと消えてしまった。