65.水神の眠りと新たな職人たち
俺たちはドワーフの長のもとへ戻った。
「もういいのか。」
「ああ、いいものを見せてもらったよ。」
「まあ、お前たちも色々と忙しいのだろう。何人がそっちの村に向かうかは知らんが、こき使ってやるが良い。」
「ああ、急に来たのに、いろいろとありがとう。」
俺たちが帰ろうとすると、「待たれよ。」と制止の声がかかった。
「水龍様がおいでになったこの機に、お渡ししたいものがあります。」
どうやら俺ではなくアヤナミに用があるらしい。
長はしばらく席を外すと、古布でぐるぐる巻きにされた長い棒を持って戻ってきた。
長が棒に巻かれた布を外す。するとキラキラと輝くそれはそれは見事な槍が姿を現した。
先は三叉に分かれており、光を受けてキラリと反射する。
金属とも宝石ともつかない不思議な色のその槍は氷のような冷たい光沢を放っている。
「これは……!長よ、良いのか!?」
ジークが驚きの声を上げる。あの槍がどうかしたのか?
「これは『水神の眠り』といってな。水の精霊様に捧げる神器として儂らドワーフに伝わるものだ。……水龍様、これを受け取ってはもらえませぬか?」
『水神の眠り』をアヤナミに捧げる長。アヤナミは困惑の表情だ。
「えっと、これを水の精霊に届けろってことか?」
アヤナミの代わりに俺が尋ねる。長は首を横に振った。
「これは水の精霊様に捧げる神器とは言ったが、精霊様の守り手が使うことを想定したものだ。よって精霊様の守り手である水龍様にお渡ししたい。水龍様、どうかお受取りください。もちろん、使ってくださるも、そこらに捨て置くも、誰かに渡すのもご自由に。あくまで我らドワーフの我儘に過ぎません。」
「……我が主であるケイ様にお渡ししても?」
「水龍様がそう望むのであれば。」
「……わかりました。」
そう言って『水神の眠り』を受け取るアヤナミ。
長は「ありがたき幸せ。」と頭を下げた。
「これは水の力を秘めた槍だ。我ら鍛冶をするドワーフ族にとって、土・火・水・風の力はどれ一つとも欠けてはならない。ドワーフ族は四人の精霊様に捧げる武器をそれぞれ作った。水の力とは癒やしの力。この武器で誰かを傷つけることはできないが、刺された者は水中に揺蕩う水草のように安らかな眠りに落ちる。水龍様の主たる人間よ。この槍を持つことで、誰も殺すことなく、危機を乗り越えることを願う。」
俺は『水神の眠り』を手に持ってみる。ひんやりとしていて、すごく手にフィットする。
誰も傷つけない癒やしの力、か……。
俺はアクエラ様の姿を思い浮かべる。
俺の知る限り、絶対に癒やし系ではないと思うんだけどな、あの人。
「ありがとう。アクエラ様にも伝えておくよ。」
「……水の精霊様とも知り合いとは、本当に変わった人間だ。また何かあれば来るといい。」
俺は長にお礼を言い、『水神の眠り』を手にドワーフの里を後にした。
アヤナミの背に乗って、村までひとっ飛び。
すごいスピードが出ているはずなのだが、不思議と風圧は感じない。
村に戻ると、サラが出迎えてくれた。
「おかえりなさいませ。……その槍は?」
「ただいま。ああ、これはドワーフの長から貰ったんだ。本当はアヤナミにってことだったんだけど。」
せっかく貰ったものではあるが、今の所使う機会はない。
飾り用だな。あ、せっかくだから屋敷のギャラリーに飾っておこう。
俺は屋敷に戻ると、『水神の眠り』を飾るためにギャラリーに向かった。
まだ作りたてだし、村には絵画や宝飾品といったお宝なんてないからギャラリーとは名ばかりのガランとした部屋になっている。
今の工事が一段落したら、ドワーフたちの作った武器や工芸品を飾るのもいいかもな。
何も置かれていないギャラリーの一番目立つところに槍を立て掛ける。うん、これで良し。
『水神の眠り』は光を反射してキラリと光った。
それから五日が経ち、今日はドワーフたちの面接の日だ。
村に来たドワーフをサラとジェイクが屋敷まで案内する。
ドワーフたちにはホールや応接間で待機してもらい、順番に執務室で面接。
俺が出迎えようと思ったのだが、こういうのは威厳も大事ということで、わざわざ少しめんどくさい手順を踏んでいる。
ま、会社の面接で社長に出迎えられることとか無いもんな。
面接官は俺、ジーク、ヴェンデリン、グレゴールの四人。後ろには(威圧要員として)アヤナミが控えている。
面接はサラが取り仕切ってくれるから、アヤナミにはずっとここにいてもらう。
ドワーフたちの人数は思ったより多かった。
今までに村に来たことのある見知った顔もいれば、初めて見かける顔もある。
長が直々にお知らせしてくれたということもあるのだろうか。
全員分が終わる頃には俺もジークたちもヘトヘトだった。
しかし、仕事はまだこれから。誰を採用するかを話し合わねば。
結果報告待ちのドワーフたちを大食堂に通し、食事でもしながら待ってもらう。
当然だけど今回は酒は出さないよ。あくまで面接だからね。
話し合いの結果、新たに六名を本採用することになった。ついでに期間限定の契約社員として八名。
本採用と契約の違いはぶっちゃけ彼らの性格の問題だ。
腕のいい職人を入れたいのは勿論だが、トラブルの火種となりそうなやつをわざわざ招き入れるわけには行かない。
そういうことで神殿と屋敷が完成するまでの間だけ町に滞在してもらう。
もちろん、相手が了承すればだけど。嫌なら別に結構。本採用六名だけでなんとかしようと思っている。
結果を通知すると、ガッツポーズをするものや残念がる者、契約社員であることに文句を言うものなど様々いたが、採用理由まできっちり説明したら少し大人しくなった。そういうわけで不合格者にはお帰り願う。
あらたに迎えたドワーフたちは、以前エルフの女性たちが住んでいた集合住宅に住んでもらう。
あとのことはジークたちに任せるとしよう。この村での争いや派閥づくりは厳禁と言ってあるから大丈夫だとは思うけど、何かあったらアヤナミでも遣わそうかな。
翌日から早速作業に取り掛かってもらう。
採用したドワーフは彫刻家が多く、ヴェンデリンの弟子だったドワーフも数人いる。
神殿と屋敷の同時進行で、半々に分かれて作業をすすめる。
カンカンと何かを打ち付ける音や、木くず石くずにまみれて歩き回るドワーフ達、シルフや鬼人によって大きな大理石が運ばれる様子など、作業現場が一気ににぎやかになってきた。
食事は大食堂でとってもらうことにした。彼らにとっては重要な会議の場でもある。
毎日というわけには行かないが、彼らに頑張ってもらうためにも週に一度くらいは酒を出した。
ノームたちは酒にはあまり興味がなさそうだったので、ジャガイモのポタージュを作ってみた。
予想以上に大受けした。ちなみに温かいのも冷たいのもイケる口らしい。
これは宴会時の定番にしよう。
そんなこんなでおよそ一ヶ月。ついに屋敷と神殿が本当の意味で完成した。
たった一ヶ月と思うかもしれないが、家屋を二日ほどで建ててしまうノームたちからすれば数ヶ月に及ぶ工事は超大作である。
彫刻や細工の方も当初の予定の分は完成した。ヴェンデリンたちはまだ色々と付け足したそうだが、それは空いた時間にでもやってもらおう。
まあとにかく、うちの村の技術が詰まった傑作たちの完成である。