60.不調の理由
さて、アクエラ様が来て、大宴会が行われたわけだが、もう一つ大事な作業がある。
そう、収穫だ。
ライアの力で作物が急成長し、そのおかげでごちそうを作ることができたのだが、当然それだけで消費しきれる量ではなかった。
なにせ野菜も果物も小麦も綿花も全部育ったからな。
というわけで、種まきをしたばかりにもかかわらず、また全員総出の収穫作業だ。
野菜を収穫し、食料庫へ入れる。
小麦類は刈り取って製粉まで。
綿花と亜麻は繊維をほぐして糸へ。
果実は貯蔵やジャムやお酒へ。
大変だったけれど、食料が豊富になるのはいいことだ。
それに酒の材料が再び手に入ったということで、みんな気合を入れて仕込みをしていた。
今回は米もたくさん収穫できたので、日本酒や焼酎にも挑戦してみた。
酒担当のリネットが目を輝かせながら仕込んでいたよ。
そうそう、大豆を使って味噌と醤油も作っている。冬に発酵研究班が作った醤油と味噌は、味はそれっぽかったけれどまだまだ旨味が足りない。今回は改良版ということで少しずつ作り方を変えてみるようだ。
麹室という発酵小屋からはなんとも不思議な匂いが漂ってくる。何も知らない人からすれば、さぞかし怪しい研究に見えるに違いない。
アクエラ様騒動からようやく落ち着いた今日このごろ。
気がつけばアヤナミが来て十日ほどになる。
彼女はすっかり村に馴染み、非常に気の利くメイドとして俺を助けてくれている。
ちなみに、身の回りの世話などはアヤナミが、村民会議など他部署の人たちとの連絡や報告なんかをサラが行うことになった。
一時はサラに「私はクビでしょうか……。」と悲しい顔をされてめちゃめちゃ焦ったが、こういう形に落ち着いてくれてよかった。
いつも落ち着いていてクールだったサラが涙目になったのがここ最近一番の修羅場だと思う。
だが、アヤナミに関して気になることが一つ。
最近どうも顔色が優れない気がするのだ。
「アヤナミ、どうかしたのか?」
「いえ、何でもありませんよ。お心遣い感謝いたします。」
そうは言っても気になってしまう。
慣れない環境に一人置かれて、不安や寂しさで心身ともに弱っているんじゃないだろうか。
いくら龍族が強いとはいえ、このまま倒れてしまわないかと心配だ。
それに、もし俺たちのせいでアヤナミが倒れたなんてアクエラ様に知られた日には確実に殺される。
俺の身を守るためにも、ここはちゃんと話してもらわないと。
「アヤナミ、俺たちのために頑張るのはいい、いつもよくやってくれてるし、すごく感謝してる。だからこそ、俺たちだってアヤナミのためになにかできることがあればしたいんだ。これから長い時間過ごすことになるんだし、我慢したままってのも苦しいだろ?」
「……ありがとうございます。実は…………」
アヤナミがポツリと話し出す。
「私はこれまで自分の魔力を常に抑えるということをしていませんでした。龍の棲家は常に高濃度の魔力に満たされており、自分や他者の魔力など気にするものはいません。人間の皆さんに仕える以上常日頃から魔力を抑えねばならないということは理解しているのですが、どうにもまだ慣れずに苦しいのです。」
なるほど。ずっと魔力を抑えることがきついってことか。顔色が悪いのも、本来放出していたはずの魔力を溜め込んでいるせいだろう。
ふーむ。どこかで解放できたらいいんだけど。
「家の中とか、一人のときは解放してもいいんじゃないか?」
「普通の作りの建物ですと、外に魔力が漏れ出し、結局村全体に広がってしまいます。それだと皆さんに迷惑が……。」
「龍の棲家は漏れ出したりはしなかったのか?」
「あそこは強力な結界が張られていますから。外からは棲家を見えないようにしている上に、魔力も一切漏らしません。魔力感知も効かないので精霊と龍族の他に龍の住処を知る者はいないのですよ。」
「じゃあ家に結界を張るとか?」
「龍の魔力を完全に遮断するような強力な結界ですと、うっかり踏み入れた人間に影響が出てしまいます。あそこはみなさんもよく通る場所なので……。」
「なるほどな。どうしたらいいんだろう。」
うーん。たしかにアヤナミの家の周りにはみんなの家もあるし、人通りも多い。
いつ誰が来るかわからない場所に強力な結界は張れないか。
アヤナミだけどこかに隔離するか?いやそれは可愛そうだ。なにより一人遠くから通うなんて不便だろう。
横の距離がだめなら、縦の距離…………上?
あ、そうだ!
「神殿の横にアヤナミ専用の塔を立てよう。最上階にアヤナミの部屋を作る。塔のてっぺんなら簡単に人も入ってこれないだろうし、人目を気にせずに好きな部屋にしたらいいよ。ついでに部屋に結界も張れば四六時中魔力を抑えなくても良くなるし。」
うん、それがいい。
「よろしいのですか?世話係の私のために、わざわざ塔を建てるなんて…………」
「いいに決まってるだろ。アヤナミが頑張ってくれているんなら、俺たちだってできる事はしてあげたい。」
「でも……」
「じゃあ、神殿の管理もお願いするよ。大精霊を祀る場所だし、多分アクエラ様もちょくちょく来ると思うから、きれいに保って欲しい。」
あのアクエラ様のことだ。何かに付けてオンディーヌやアヤナミの様子を見に来そうな気がする。
神殿で大人しくしてもらえるならそれに越したことはないしね。
アヤナミはまだ申し訳無さそうにしていたが、こちらとしても都合が良いので半ば押し切る形で決定した。
早速トウリョウに相談し、神殿予定地の後ろに塔を作ることになった。
うん、ここなら神殿は目の前だし、オンディーヌの棲家も近いし、ついでに俺の家にも近い。かなりいい場所だと思う。
アヤナミのためにも大急ぎで作ってもらう。寝殿造りはひとまず中断し、先に塔を完成させる。
ノームたちをほぼ総動員してもらったおかげで、五日後には白い大理石の美しい塔が出来上がった。
塔の内部は一応螺旋階段にしてあるが、多分誰も登れないんじゃないかな?
アヤナミは魔法でどうとでもなるらしい。羨ましいこった。
部屋の内装は一応家具なんかも作ってあるが、細かいところはアヤナミに任せよう。龍にとって居心地のいい部屋とかわからないし。
「ありがとうございます!とっても素敵な部屋で気に入りました!」
アヤナミは弾んだ声で礼を言う。
よっぽど嬉しいのか、いつも背筋よく立って微動だにしないアヤナミがそわそわぴょんぴょんしている。
正直かなりかわいい。
「結界は大丈夫そうか?」
「はい、バッチリです!魔王程度なら防げる結界を張ったので、村に魔力が漏れることもありません!」
「え……?」
「……?何か問題がありましたか?」
アヤナミさんや……魔王を防ぐ結界ってどんだけだよ…………。
そんな結界を張ってケロリとしているのが怖いんですけど。忘れがちだけど、やっぱり神と呼ばれる大精霊に仕える龍なんだな。
魔力も魔法の威力もレベルが違う。
こんなのに守ってもらう俺って……いや、深くは考えまい。
可愛い子が喜んでいる。それでいいじゃないか。
それからは、アヤナミは自室では魔力を開放して休憩しているらしい。
悪かった顔色もすっかりもとに戻り、可愛らしさにさらに磨きがかかっている。
ちなみに魔力解放の副産物として、定期的に魔石を渡されるようになった。小さい塔の部屋ではどうしても結晶化してそこかしこに転がってしまうらしい。「ご入用のようなので、よかったら使ってください。」とのことだ。
ゴーレムづくりに使えるかな。またロードリックたちに渡しておこう。
超高価な魔石がバンバン手に入るというのもある意味考えものだが…………。
ま、何にしろ良かった良かった。