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55.どうしようもなく恐ろしい

 シルフは人や物を素早く運ぶことができるらしい。

 瞬間移動とは少し違うらしいのだが、まさに風のような速さなので体感的には瞬間移動に見える。

 今まで荷物を運ぶくらいしか頼んでいなかったが、もう少しうまく活用できないものか。


 ということで、俺はシルフによる『風移動』の練習中だ。

 練習と言っても移動するのはシルフの力なので、要は着地の練習だ。

 『風移動』はあっという間に目的地に降り立つことができる反面、きちんと着地をイメージしていないと尻餅をついてしまう。

 まずは十メートル位の距離で練習。目的地をしっかりイメージして、シルフと息を合わせる。

 何度もコケて尻が痛いが、なんとなくコツを掴めるようにはなった。


 ならば今度は長距離移動だ。

 森の中、丘の上、河原など、いろいろなところに『風移動』してみる。

 近距離練習と違って着地点が見えないので、これがなかなか難しい。


 羊の丘から海に『風移動』し、岩場に降り立つ。

 以前塩を作ったときに少しだけ来た場所だ。


「ふう。ちょっと休憩にしようか。ありがとな、シルフ。ちょっと遊んでおいで。」


 そういうとしゅるるんっと俺の周りを一周りし、上空へ飛んでいった。

 ここは海風も吹いているし、漂って遊んでいるのだろう。

 シルフも大分俺になついてくれたようで嬉しい。

 さて、俺も海を眺めながら休憩するとしますか。




(____人間よ……)




 不意にどこからか声が聞こえた。何だ?気のせいか?

 すると、静かに波打っていた目の前の海水がゴボゴボと湧き上がり、巨大な渦が生まれる。そして渦の中心から何かがゆっくりと立ちのぼる。

 その瞬間、あたりの空気が変わった気がした。春の陽気に包まれていたはずなのに、一気に寒気がする。冷や汗が流れ、足がすくむ。

 たちのぼる『何か』は、女性の姿になった。長い髪を垂らし、水の中から現れたのに一つも濡れていない。

 完璧なまでに整った美貌とすべてを飲み込む深海のような瞳。

 竜宮城の乙姫様が存在するとしたらきっとこんな感じに違いない。それほどまでに美しい。

 だけど、なぜだろう。どうしようもなく恐ろしい。

 俺は本能的に感じていた。

 この人に逆らってはいけない。

 話をしてはいけない。

 関わってはいけない。

 姿を見てはいけない。

 渦はどんどんかさを増し、俺を取り囲むようになった。やばい、このままだと確実に溺れ死ぬ。

 頭の中で危険信号が鳴り響く。

 今すぐにでも逃げ出したいのに、体が動かない。喉がカラカラになり、助けを呼ぼうにも声が出せない。

 女性はゆっくりと口を開いた。


「……なんだ?腰を抜かしておるのか?まったく腑抜けた人間が…………」


 珊瑚のように赤い唇から「ハァ」と小さくため息を漏らす。するとさっきまで動かなかった身体が少し動くようになった。


「……威圧を解いてやったぞ。これで動けるじゃろう?」


 俺はバランスを崩してその場に倒れ込む、動こうとしていた力が一気に開放されたみたいだ。

 水の渦も少し広がり、俺の足元の岩が見えるくらいになった。

 体が動く、瞬きもできる。逃げようと思えばすぐに走り出せる。

 でも、ここで逃げようとすれば間違いなく殺される。そう俺の本能は告げていた。


「あ、あ、あなた……様は…………?」


 カラカラの口から声を絞り出す。自分でも情けないほど弱々しい声だ。

 それを聞き、心底残念なものをみる目つきで「まだ耐えられぬのか。……ほら、これならよかろう。」と言った。

 さっきまでの恐怖は消え、ようやく俺も落ち着いて女性の顔を見ることができる。

 俺が落ち着いたのを察したのか、再び女性が口を開いた。


「妾の名はアクエラ。創造神ディミトリオス様の配下であり、水の精霊オンディーヌを作りし大精霊じゃ。」


 大精霊?ライアと同じ?でもさっきの恐怖といい、ライアは勿論、オンディーヌやノームとも明らかに雰囲気が違うし、ディミトリオス様の配下なんて言ってるし、もしかしてかなりヤバい存在なんじゃ……?

 とにかく下手なことは言わないほうがいいかも。

 さっきまでに比べだいぶ落ち着いてきた。大丈夫。緊張しながらもしっかりと答える。


「俺は、ケイといいます。あの、大精霊が俺なんかに何の用でしょうか?」

「そなたが妾の眷属をたぶらかし、労働を強いているのは真か?」

「はい?」


 眷属?たぶらかす?労働を強いる?

 何その極悪人。俺そんなことしてませんけど…………。


「あの……おっしゃっている意味がよくわからないんですが…………」

「だから!そなたが妾のかわいいオンディーヌたちを無理やりに連れ去り、過酷な環境で無理やり働かせいじめておるのかと聞いておる!!」


 先程までの威厳のあるすまし顔はどこへやら、語気を強め、ずいっと詰め寄ってくる乙姫、もといアクエラ様。

 あれ?なんかキャラ変わってない?ほんの数十秒前まで、このまま殺されるんじゃないかというくらい恐怖を感じていたはずなんだけど。


「あの……俺はそんなことしてませんし、どうしてそんな……?」

「だってじゃ!久方ぶりに眷属たちに会いに森の泉を訪ねてみれば、妾のオンディーヌたちが数名いなくなっておるではないか。話を聞けば、ケイという天啓を持った男が精霊の言葉を話す子どもを連れ、オンディーヌたちを連れて行ったと申すではないか。あの子達は限られた環境でしか行きて行けぬ身……妾に似て可憐で繊細な精霊よ。ああ……今頃どこぞのドブ川で苦しんでいるかと思うと……だから全ての元凶を抹殺し、眷属たちを救うために来てやったのじゃ!!」


 よよよ……と泣き崩れるアクエラ様。

 えーと、とりあえず色々誤解があるような。


「ちょっとまってください。確かにオンディーヌたちには俺たちの村に来てほしいと言いましたけど、無理やり連れて行ったりしてませんし、それにドブ川なんかに住まわせてませんよ。ちゃんときれいな寝床を用意していますから!」

「ふん。人間など簡単に嘘を吐く生き物じゃ。そんなことを言われて『ハイそうですか』と信じるわけがなかろう。」


 水の渦は再びだんだんと狭くなってくる。これけっこうやばいんじゃないか?

 なんとかしないと…………。


「あっ、そ、それならアクエラ様もうちの村に来てみては!?」

「なんじゃと?」

「一度村に来て、オンディーヌの寝床を見てもらえばいいんじゃないかと!ついでにオンディーヌたちにも会えますし……」


 必死に呼びかけると、渦が収まってきた。


「……ふむ。……それもそうじゃな。よかろう。妾が見定めてやるわ。人間、早速案内するのじゃ。」

「は、はい……。あ、でもここから結構かかりますよ?」


 俺は『風移動』でここまで来たけど、アクエラ様って飛べるのか?

 歩くとしたら今日中には帰り着かないと思うけど…………。


「うつけが!そんなちんたら移動している間に、あの子等が怪我でもしたらどうする!?もうよい!息を止めよ!!」

「へ?うわっぷ…………」


 そう言うと、あっという間に海の中に引き込まれてしまった。

 やばい、死ぬ……死ぬ…………あれ?


 ざばっと打ち上げられる。

 見渡すと村の溜池だ。

 うわ、服びしょびしょじゃん……とりあえず死ななくてよかった……。

 見上げると、なぜか全く濡れていないアクエラ様がおれを見下ろしていた。


「感謝せい。そなたの身体を村まで連れてきてやったのだから。」

「あ、はあ、ありがとうございます。欲を言えば、濡れずに帰りたかったですけど……」

「なにか文句でもあるのか?」

「いえ、ありません……」


「村長!どうしたんですかそんなところで。それにその格好!早く着替えを……」

「ああ、いいよ。シルフたちを呼んでくれる?乾かしてもらうから。それと、一緒にいたシルフを置いて来ちゃったんだ。呼び戻すように言って欲しい。」

「は、はい。」


 サラが慌てた様子で俺に駆け寄るのを制し、シルフを呼ぶように言う。

 それを聞いたサラは急いでかけていく。


「そなた、妾の眷属だけに飽き足らず、シルフまで誘拐したのか?」

「違いますって。それより、オンディーヌのところでしたよね?畑にいるはずですから行きましょう。」


 それにしても、置いてきたシルフには悪い事をしたな。きっと今頃探し回っているだろう。

 ……いや、そもそも遊んでいて気づいてすらいない場合もあるけど。



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