54.ゴーレムと魔石
気温もだいぶ暖かくなり、本格的に春になったんだなと感じる。
新しい仲間も増え、それぞれの役割も決まってきたところで、今日は春の種まきだ。
今までの作物に加え、今年からレタス、小松菜、ホウレンソウ、サツマイモ、ズッキーニといった野菜や、白ぶどう、アンズ、イチジク、メロン、スイカ、ブルーベリー、ナシといった果物、トウガラシやゴマ、そして薬草類を作付けする。
果物の木は少しずつ植えてみて、みんなが気に入れば本格的に増やすつもりだ。
あ、忘れてはならないコショウも。この世界では高級品でめったに手に入らないというコショウ。ネット通販で苗木が売ってあったので持ってきた。無いなら作ればいい。一部地域でしか栽培できないとロベルトさんたちは言っていたが、世界樹の加護のあるこの場所ならば関係ないだろう。調味料を充実させ、食を豊かにするのは俺の中でも最優先事項だ。
かなり畑は広がったが、人手も増えたし、強力な助っ人精霊も増えたし大丈夫だろう。村の発展のために頑張ろう。
とはいえ、広い畑に一つ一つ種を巻いていくのは重労働だ。
クワで野菜に適した畝を作り、種を巻き、土をかぶせていく。基本的に腰を曲げての作業なので腰が痛い。うーん、と伸びをしたらボキボキと音がなった。はあ、食べていくために仕方がないとはいえ、なんとかならないもんかね。
「村長殿、お疲れ様です。」
伸びをしていた俺に声を掛けて来たのはエルフの男性ロードリック。オールバックの金髪にクリっとした丸くて大きな瞳が人懐っこい雰囲気を出している。
「ああ、おつかれ。」
「この人数で、こんな大規模な畑ができるのはすごいですね。種類も豊富ですし、素晴らしいです。」
「そうだな。ただやっぱり一人ひとりの負担がきついよなぁ。トラクターとかあれば楽なんだろうけど。」
「とらくたー、ですか……?」
聞いたこともない単語に目をパチクリとさせる。あ、そうか、トラクターなんて知らないよな。
「いや、なんというか、自動で畑を耕したり、設定した高さに畝を作ったり、収穫したりする機械があればなぁって。」
「自動で……………………村長!それ、素晴らしいアイディアですよ!!!」
急に大声で叫びだすロードリックにびっくりする。うっかり大事な種を落とすところだった。
「主人の命令に対して自動で動く魔導人形……いやしかしそれだと組み込む魔法が複雑すぎる……使い手があまり限られるのも…………。動力は……主人の魔力?いや、それだと結局主人の負担が大きいか?だとしたら魔石…………うーん。」
一人でぶつぶつと呟き続けるロードリック。あ、これもう俺のこと見えてない?
「あのー…………」
「村長!すぐに戻りますので、この素晴らしいアイディアを紙に記す時間を頂いてよろしいでしょうか!?これは、絶対に忘れてはいけないものなのです!すぐに戻ります!」
「あ、うん。いってらっしゃい…………」
勢いに負けて送り出してしまった。いや、別にちょっと抜けるくらい良いんだけどさ。
ロードリックは息を切らせてすぐに戻ってきた。ただ、その日の夕食以降一週間ほど姿を見ていない。
ある日の夕食後、ロードリックが俺とドワーフたちに話があると言ってきた。
ほぼ一週間見かけてなかったけど、ちゃんと食事と睡眠はとっているんだろうか。
「久しぶりだな。で、どうしたんだ?」
「ついにできましたよ!魔導式自動農作人形の設計図です!」
魔導式自動…………名前が長い。もっと簡単に頼む。
「なんじゃ。その魔導うんたらは?」
俺の気持ちを代弁したかのようにジークが問いかける。
ロードリックは熱く語り始めた。
「魔導式自動農作人形です!村長から頂いたヒントをもとに考えました。要は魔法の力で人形を動かし、我々の代わりに農作をしてもらうのです。ただ、すべての工程をインプットさせるにはとてつもなく複雑な魔法術式をかけなくてはならず、その結果少しの労働に大量の魔力を消費することになります。そこであえて一工程の作業のみに特化することで、術式の簡略化と必要魔力量の軽減化をはかりました。また、人の目がなくともまちがいなく動かせるように人工眼を取り付けてあります。これにより誤って作物を踏み荒らすことや、耕し残しや収穫残しをなくします。さらには他の機能を組み合わせた魔導式自動農作人形と連携させーーーー」
熱い説明が続くが、要はトラクターってことだな。
全行程全自動にするのは難しいから、耕作、種まき、収穫といった工程ごとに違う機械を作って分担させるというわけか。
アイディアとしては悪くない。というか、かなりいいと思う。
「うん、いいと思う。一度作ってみてもいいんじゃないか?」
「ありがとうございます!ですがこれを制作するためには高い技術力が必要でして、それでもし可能ならドワーフの技術者の皆さんに協力を仰げないかと……。」
「ああ、なるほど。それでジークたちも呼んだのか。……どうだ?できそうか?」
「まあ、きちんとした設計図さえあればできるじゃろう。……ちなみにこいつの動力はどうなっとる?」
「魔石です。」
「魔石じゃとぉ!?」
魔石。たしか魔力がこもった石だよな。うちのトイレにもオンディーヌが水の力を込めた魔石を使っている。
なにか問題なのだろうか。
「魔石だとなにか問題でもあるのか?」
「……まさかとは思うが知らんのか?魔石は高いんじゃ。ものにもよるが、こんだけの魔法を使い続ける魔石なんぞそうないわい。」
なんでも魔石は魔法を使う生物から出てくるらしく、魔力の保有量によって大きさも質も様々らしい。
一般的な入手方法としては魔力を持った魔物を殺して手に入れるらしいが、そもそも魔族領以外に魔物は少ない。つまりかなり希少だ。複雑な術式や使用年数に耐えられるものとなればなおさらだ。
「……問題はそこなんですよね。われわれエルフが死ぬほど頑張れば魔石を作り出せないこともないんですが…………。」
いやだめだろう。エルフが死ぬほど頑張るって、おそらく確実に死ぬから。
村人を養うための機械を作るのに村人の命を犠牲にしては本末転倒だ。
「うーん。アイディアはいいけど、エルフたちが瀕死になるほどの動力源は流石にな……。もう少し消費を抑えられるように改良してくれないか?」
「……かしこまりました。しかし、私一人のアイディアではさすがにこれが限界です。つきましては、魔導人形研究チームの立ち上げを許可していただきたいのです。」
「そういうことなら全然いいよ。今の発明班の何人かにはしばらくその魔導人形の研究に入ってもらおうか。」
「ありがとうございます。われわれエルフの威信にかけて、必ずや完成させてみせます!」
「ああ、頑張ってくれ。」
というわけで、一旦この設計案は持ち帰り、新たに「魔導人形研究チーム」ができた。
発案者のロードリックを始め、ウォーレス(キャタピラの開発者らしい)アウローラ(いつぞやの綺麗どころの一人だ)、コンスタンツェ(知的な雰囲気の美人さんだ)の四人が携わり、実用化に向けて日夜話し合いが行われた。
そして一週間後、手渡された設計図は動力部分が改善されており、前回の四分の一の魔力で運転が可能ということだった。
四分の一がどの程度の魔力に相当するのかわからないが、彼らの自信満々な姿から察するに大丈夫ということなんだろう。
そういうわけで、ドワーフたち技術組にも協力を仰ぎ、魔導式自動農作人形の実機づくりが始まった。
あ、ちなみに魔導式自動農作人形は流石に長いので、魔導人形と呼ぶことにした。