41.ただいま
ジークベルトが移住してきてしばらく経った。
結果的に言って、彼を受けいれたことは正解だった。
口は悪く頑固者ではあるが、鍛冶に対しては真摯に向き合っている。鉄製品の調子が悪いと相談を受ければすぐさまメンテナンスし、使用方法や手入れの仕方などを教えてくれる。
また、鉄だけでなく陶器やガラスといった工芸品も得意らしく、「こんな物すらないんか!全く仕方の無い奴らじゃ!」とか言いながら、自分の作ったものを次々と提供してくれる。
今ではすっかり「ジーク」の愛称で頼りにされている。
ロベルトさんが優しいみんなの好々爺だとしたら、ジークは頑固で優しいひねくれ親父と言ったところか。悪い人ではないのでなんだかんだ好かれている。
そんなジークのいる生活にも慣れてきた頃。
ガルクたちが「仲間探しに行きたい」と打診してきた。
秋もすっかり深まり、そろそろ冬支度を始める時期だ。いくら鬼人とはいえ、厳しい冬を野宿で乗り切れるとは思えない。
冬が来る前に少しでも多くの仲間を……という気持ちはよく分かる。
「そうか。冬も近づいて来たしな。エルフたちも来て人手に余裕もできたし、探しに行っておいでよ。というか、冬の間はどうする?冬も探して回るのか?」
「それなんですが、仲間探しは今回で最後にしようと思います。もともと我々の人数自体も少なく、里がなくなった今、森で冬を乗り切れるものはいないでしょう。残念ですが亡霊の影をいつまでも追うわけにも行きませんから……。」
「……そうか。まあ、自分たちが納得できる形なら俺は反対しないよ。村のことは心配しなくていいから。ただ、行くからには全員無事に帰ってこいよ。」
「……ありがとうございます。村長のような人に出会えて本当に幸運という他ありません。」
鬼人たちにしてみれば、仲間を諦めるのも辛いが、見つからない仲間を探し続けるのも辛いんだろうな。
まあ、そこは部外者の俺が口をだすことじゃないと思う。俺にできることは彼らの新しい居場所であるこの村をしっかり守ることくらいだ。
そして帰ってきた時には温かい飯でも食わせてやろう。
いつも通り鞄に食料なんかを詰めて準備をする。夜は冷えるようになってきたし、防寒用のマントも入れておこう。
鬼人達もいつものように、大量の獲物を狩っては解体し、冷凍庫へ入れていく。
冬に備えて羊毛が欲しいということもあって、羊を多めに狩って貰った。
今回は最後の仲間探しということで、大人たち総出で行くらしい。剥いだ毛皮も洗って冷凍保存。処理途中のものはなめし方を知っているエルフがいたので引き継いでくれることになった。
準備が完了し、翌日の夜明けと共に鬼人達は出発した。ゼノとカルナは心配そうに見送っている。
子どもたちのためにも、一人でも多くの仲間を見つけてきて欲しい。
鬼人達が旅に出ている間、俺たちは冬支度を始めた。今季最後の綿花と亜麻を刈り取り、布を作る。まぁ今回は麻は後回しだな。綿花を優先した方がいいだろう。
防寒着用に羊毛も紡いで毛糸玉に。カーダーというペット用のブラシみたいなもので綿や羊毛を解し、繊維の方向を揃えて棒状にしていく。
エルフたちは糸紡ぎを日常的にやっていたらしく、器用に作業を進めてくれた。しかもシャーリーというエルフが足踏み式糸車を設計したらしく、ノームたちに作ってもらったところ作業効率が大幅に上がった。
テレサ曰く、この時代はスピンドルという柄の長いコマの様なものが主流だったので、画期的すぎて泣いていたよ。「シャーリー、あなたは天才よ!神様の使いだわ!!」と抱きつくテレサにシャーリーは困ったように笑っていた。
緑帽子隊に超特急で糸車を量産してもらい、十五人体制で糸を紡ぐ。
カラカラと小気味良い音が響くのが心地良い。
が、のんびりもしていられない。出来た糸で布を織ったり、毛糸玉で服や小物を編んだり。冬に備えてやることは山積みである。
幸い編み物は女性陣のほとんどができるようだ。フランカまでできると聞いた時には驚いたが、どうやらこの世界での女性の嗜みのひとつらしい。
機織りもエルフの女性で数人できる者がいたので、テレサとマリアさんの二人だった時に比べれば段違いの速さだ。
冬支度の期間、女性陣は服飾関係を中心に活躍してもらおう。
そんなことをしている間に、あっという間に十日が経ち、ガルク達が方々から戻ってきた。
どうやら仲間は見つからなかったらしい。
「ミーナは?シドは?ビビは?途中まで一緒に逃げたよ?」
珍しくカルナが問い詰める。
これが最後、と言うことを知っているのだろう。
ガルクは「……すまない。」とだけ言った。
カルナの目に涙が滲む。それでも大人たちを責めないのは、みんな必死に探してくれたことを知っているからだ。
そして里から逃げた鬼人が生き残る大変さも。
意気消沈する鬼人達にはかける言葉もない。重苦しい沈黙が続く。
みんなが黙っている中、声をかけたのはゼノだった。
「父さんたち、そんな顔をしてたらそれこそ仲間達に笑われるよ。死んでいった仲間たちのためにも、僕たちは幸せにならなきゃ。それが僕らにできる最後の恩返しじゃないの?」
「……そうだな。すまない、息子よ。」
「……ゼノ、ありがとう。君の言う通りだ。」
「……子どもがこんなに前に進もうとしてるのに、私たち大人が立ち止まってはいられないわね。」
「……あなたとカルナは我々鬼人族の未来。あなた達には幸せになって欲しいわ。」
「母親として、あなたを誇りに思うわ。ゼノ。」
ゼノの言葉に、大人たちも考えさせられたようだ。
そう、俺たちは前に向かって進まなければならない。
たとえ仲間を失おうと、例え半年後に死ぬと言われようと。
しんみりした空気を打ち消すかのように、セシルが声をかけた。
「ま、とにかく言えることは、みんな、おかえり!」
「ここにも家族がいるってこと、忘れないでよね。」
「種族は違いますがみんな仲間です。一緒に頑張りましょう。」
「さ、中に入って。温かいご飯が待ってるわよぉ。」
セシルの言葉に他の面々も続く。
鬼人達は顔を見合せたあと、声を揃えて言った。
「……ただいま!」
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