40.突然の訪問
ドワーフ達から無事に鉄製品をゲットし、村は劇的に変わった。
まず鉄製品が手に入ったことで作業効率が上がった。
切れ味の悪いナイフで少しずつ皮や肉を切っていたのが、スパッと切れるようになる。食材を切るのに力が要らなくなる。薪割りが早くできる。
一つ一つは小さな変化だが、それが集まると大きな変化になる。
何よりも、無駄な苦労や時間が無くなったことでより色々なことに時間を割く余裕が出来た。
これは正直予想もしていなかったほどの変化だ。
みんな作業がスムーズに行くようになって嬉しいのか、活気に溢れている。
「この包丁!今までのと全然切れ味が違うのよ!お野菜を切るのがこんなに楽になるなんて!」
「この鎌も、雑草も作物の束もスパッと切れるんじゃ。畑仕事が益々楽しくなるわい。」
「このナイフも、毛皮も肉も自由自在です。せっかくの獲物を無駄にせずにすみます。本当にありがたい。」
みんな上機嫌で貰った品物を使っている。
ドワーフに会えてよかった。そして何よりも酒を作ってよかったな。
これからもいい製品を手に入れるため、酒造りには引き続き力を入れていこう。
そんな決意を胸に、しばらく経ったある日の事だった。
今度は別のドワーフがやって来た。
とりあえず鬼人に対応してもらい、よからぬ目的ではないということなので俺の元へ。
「初めまして。ここの村長のケイと言います。」
「ああ、儂は鍛治職人のジークベルトという。まあ、今はほぼ引退して、自分から売りに歩くようなことはしとらんがな。」
「ほう。では今日は一体どういった用件で?」
「儂をこの村で雇わんか?」
は?
いきなり何言ってんのこの人?
てか、引退したって言ってたよな?
「ええと、言っている意味がよく分かりませんが。雇うも何も、既に引退されたのでは?」
「『引退』と言うのは注文を受け付けたり、他国に売って歩いたりを辞めたと言うだけじゃ。別に作ること自体を辞めた訳でもないし、腕は鈍っとらん!」
どうやらこのじいさん、よっぽど自分の腕に自信があるようだ。
「そもそも儂は昔は帝国の王都に品を卸していたほどの職人じゃぞ。ジークベルトの名は鍛冶職人で知らんやつはモグリと言っても良いわ!」
「それはそれは。では、何故引退されていたあなたがわざわざこちらに?その腕前ならば雇先はいくらでもあるでしょうに。」
「ふん、それは言うまでもなく飯と酒じゃ。先日奴らがこの村から持ってきた作物、まっこと美味かった!そして何よりもあの酒!あれを味わってしまったら下手な街には行けんわい!じゃがあやつら、酒はほんのちょびっとしか分けてくれんでの。それなら儂の方から売り込もうというわけじゃ。」
なるほど。つまり美味い飯と酒のある場所を聞きつけて、腕に自信のある自分を専属にしてもらおうというわけだな。
先日やって来た職人は王都で通用する指折りの職人と言っていた。にもかかわらず自分を売り込もうと言うのだから、その人たちを差しおける自信がこのじいさんにはあるのだろう。
突然の申し出に戸惑ったが、考えてみたら悪い話ではないな。鍛治の知識と技術を持つ人が定住してくれれば、好きな時に鉄製品が手に入るし、指導者として村の技術者を育てることも出来る。
「『雇う』と言うのは、この村に移住し、鍛治職人として生活するということでいいんですよね?」
「そうじゃ、お前さんたちもこの天才鍛冶師の品物が手に入るんじゃから悪い話ではなかろう?」
「ふむ…そうですねぇ……。」
ドワーフはずる賢い。厄介な相手だ。
村の平和を考えるなら、わざわざ火種になりそうなのを入れなくてもいい気がする。定期的にドワーフたちに声をかければ、酒欲しさに腕に覚えのある職人はこぞって来たがるだろうし。
ただ、村全体の技術力の底上げにはこういった職人は必要不可欠だ。
「……分かりました。あなたを村人として迎え入れます。」
「おおそうか!話がわかるやつが村長で助かるのう!」
「しかし、こちらから条件があります。あ、もちろん後でそちらの希望も聞きますのでご安心を。まずは……」
俺は次の条件をつけた。
①技術の出し惜しみはせず、村のために最高の品を作ること。
②これから先提案されるやり方も試してみること。
③指導者として、後進の育成にも協力すること。
④あくまで村人の一員なので、酒の独占権などはないということ。
①に関しては言わずもがな。
②は例えば俺が地球から持ってくる技術を、「部外者が口出すな!」なんて突っぱねると話が進まないのでそのための釘刺し。
③は村の将来を考えて技術者を育てるべきと思うので追加でお願いする。
④はこれからは『客』ではなく『村人』になるので、特別扱いしないよ、という確認。
ジークベルトは面倒くさそうに聞き、「あぁ、わかったわかった。」と適当に返事をしている。これは分かってないな。というか、約束を守る気すらないな。
「ではこの四点については了承した、ということで良いですね?」
「ああ、いいじゃろう。」
「次に、ジークベルトさんからこの村で雇われるに当たって要望はありますか?」
「そうじゃな、職人とはいえ、儂らはある種の研究者じゃ。常に最高を求め考えとる。自分らの注文ばっかりでその辺を理解せん輩には儂の作品を使わせる気は無い。」
「なるほど、職人側の意見も聞くこと、という条件ですね?」
「ああ、あとは衣食住を保証してくれ。」
「それはもちろんです。引っ越しの際には新しい家を割り当てますので。食事も心配ありません。」
「ふん、それならいいわい。」
「あ、それとこれは雇う雇わない以前に村に滞在するもののルールですが、他種族を見下したり、暴力を振るったりすることは許されません。ここには人間はもちろん、鬼人や精霊たちもいます。ドワーフ含め、どの種族も対等です。そこはしっかりと頭に入れてくださいね。」
「あ、あぁ、わかった。」
最後は驚いたような顔だ。まぁ、聞いた話ではドワーフはどちらかと言うと「人間から見下される側」だからな。このルールにおいては助かる、というのが正直なところだろう。
俺は紙とペンを机に出す。
口約束はあとからなんとでも言えるからな。言った言わないの水掛け論になるのはごめんだ。契約内容は書面でしっかり保管する。
さっきの互いの条件を紙に書き記し、ジークベルトに見せる。
「では、先程の契約の内容は書面にして書いてあります。これにサインをしてください。そうすれば、お互いあとから契約内容の食い違いなんていうトラブルは避けられるでしょう?」
ジークベルトは「ぐっ……!」と言葉につまる。
さてはあとからごまかす気満々だったろ。
油断も隙もない。まぁ、書面にしてしまえば逃げられないけどね。
しかしジークベルトは勝ち誇ったようにこう言った。
「スマンが儂は字が読めんし、書けもせん。何が書いているか分からないもんにサインをするわけには行かんな。なぁに、儂とあんたの仲だ。口での約束で十分じゃないか?」
ニヤリと笑うジークベルト。儂とあんたの仲ってどんな仲だよ。まだ会ったばかりだろうが。
おそらく読み書き云々も嘘の可能性が高いけど。
でも、読み書きが出来ないと言われてしまえば契約書にサインさせることは難しい。「字が読めないのをいいことに契約書を書き換えられた」なんて言い訳でもさせたらたまったもんじゃない。
顔には出さないが、どうしようかと迷う。
その時、不意に声が聞こえてきた。
「では、おふたりとも、私の名前において誓いを立ててはいかがでしょう?」
スっと入ってきたのはライアだ。
ジークベルトはライアの姿を見て目を見開く。
「なっ!ドライアドじゃと?世界樹の精霊が何故ここに……?」
そんな彼を無視してライアは続ける。
「どうですかケイさん。契約書の代わりに、ドライアドの名において契約を交わす。そうすれば私が互いの証人となれますよ。」
「そうだな。じゃあ悪いが頼むよ。ジークベルト殿もそれでよろしいですよね?」
「あ、ああ、まぁ……」
「言っておきますが、森人ドワーフ。森に住むあなたが私の名を汚すようなことがあった場合、どうなるかは分かりますね?」
いつになく厳しい視線を向けるライア。
まるで別人のようだ。
声はいつもと変わらないのだが、なんというかその、迫力が違う。
本当に、森の中では上位の存在なんだなと再確認する。
ジークベルトは「ぐぬ……」と苦々しそうだったが、やがて観念したように言った。
「良かろう。ドライアド殿の名において村長ケイとの契約を結ぶ。」
「俺も結ぶよ。ドライアドの名において、ジークベルトとの契約を。」
やった。
これで契約完了だ。
ライアが証人になった以上、いくらずる賢いドワーフも不正はできないだろう。
「じゃがひとつ言っておく!儂はプロの職人じゃ!それ相応の敬意を払ってもらうぞ!奴隷のように使役することは許さん!そして技術指導じゃが、儂は手取り足取り教えたりせん。そんなお膳立てをされなければものに出来んようなボンクラに教えることは無い。儂の術を見て覚え、盗んでみよ!」
「もちろん、奴隷扱いなんてしませんよ。うちの大事な職人となった訳ですから。技術指導の方も、やる気のある若者をつける予定ですのでご安心を。あ、それと村人になったから、客人向けの言葉遣いはやめるから。まぁ、これからよろしく頼むよ!」
「ふん!では早速移住してきて良いのか?」
「いいけど、ジークベルトの家ができるまでは宿暮らしでもいいか?それか家が出来てから来るとか。あ、あと鍛冶に使う炉とか設備とかも教えてくれ。それも作るよ。」
「家は別に構わんが、炉やらなんやらはちゃんと作れるのか?」
「うちの大工はノームたちだから、速さと腕については保証するよ。それにあんたが細かい指導をしてくれれば完璧だろ?」
「ノームとな!?ドライアドに加えてノームもいるとは、思っていた以上に特殊な村のようじゃ。」
特殊な村、か。確かに。
人間よりも鬼人や精霊の方が多い村なんて他にないもんな笑。
結局、設備については色々口出ししたいということですぐにでも移住することに。
ジークベルトはいそいそと帰っていった。
こうして村に専属鍛冶師が来ることになった。
ジークベルトが出ていった後、ふとライアに尋ねてみた。
「ちなみにドワーフが契約を違えるとどうなるんだ?」
「森の加護を受けるドワーフが私の名を汚すということは、森の加護を突っぱねると同義です。今後全ての森の恩恵を受けられなくなります。森の住人からしたら致命的でしょうね。」
まじかよ。じゃあ絶対約束を破ることはなさそうだな。
というか、ライアって意外と怖い。