32.海へ
____塩がそろそろ尽きそうだ。
元々テレサたちが多めに持っていたし、俺も最初の転移で一キロほど持っていたからしばらく大丈夫だろうとタカをくくっていた。
しかし、塩は料理以外にも結構使う。特に毛皮をなめすようになってからは、なめし液の腐敗を防ぐ目的で入れたりもする。そうすると到底足りないのだ。
「うーん、この辺に岩塩とかないかな。」
「岩塩ですか、この辺りには見かけませんね。」
地図を眺めてがんがえる。
待てよ、岩塩はなくても、ここに大量の塩があるじゃないか。
そう、海だ。
季節は秋。
冬になる前に塩をある程度確保しておきたい。
「行くか、海。」
「おおー!」
「広いですね!」
「これが『海』というものですか。」
「この水全てに塩が含まれているんですか?」
「そうだよ。この水を煮詰めて、塩を抽出する。」
塩作りに連れてきたのは、ゼノ、ジェイク、エルドだ。
彼らは海を初めて見るらしく、少年のようにはしゃいでいる。いや、ゼノは正真正銘の少年だからなんら間違ってはいないのだが。
ここまで来るのに鬼人の脚で五時間以上かかった。人間の脚だと何時間かかるのだろう?
ちなみに俺は、ジェイクに背負われてきたよ。なんとも情けない格好だったが仕方ない。
ジェイクは「村長をお運びできるとはこの上ない名誉です!」とか言ってたけれど、やめてくれ。
くすぐったいわいたたまれないわで死んでしまう。
それはさておき、人が寄り付かないだけあって海はとても綺麗だった。テレビで見る地中海とか南の島の様な青く透き通る海だ。
彼らがはしゃぐのも無理はない。というか、俺も心の中では結構はしゃいでいる。
「あ、向こうに魚がいますね!」
エルドが指を指す。確かに一瞬だが魚が跳ねた。
「帰りに少し獲って行こうか。」
そう、海の魚も食べたい。
それに昆布や貝なんかの海産物もあると嬉しい。
昆布があればだしが取れるし、海水魚や貝が採れれば食事のバリエーションも広がるだろう。
豊かな村に豊かな食事は必須だ。
俺たちがいるのは砂浜。少し向こうには岩礁も見える。あの岩の隙間とか、魚が居そうじゃないか。
探索がてら少しだけ行ってみると、岩礁にはフジツボやカメノテっぽいもの、小さな牡蠣っぽいものが張り付いている。覗き込むと昆布やワカメらしき海藻がゆらゆらしているのも見える。うんうん、豊かな海らしい。
鬼人も増えて人手も少しずつではあるが増えてきた。
ちょっと本気で海の開拓を考えてみるか。
とはいえまずは塩だ。なんてったってそのために来たんだからな。
やり方を説明し、みんなで作業開始。
俺たちの塩作りが始まった。
海水を鍋に取り、ひたすら火にかけて蒸発させていく。
焚き火を何個も作り、同時進行でたくさん鍋を並べておく。
____まだまだだな。ただの沸騰した海水だ。
ときおりかき混ぜながら煮込むこと数時間。だんだん白くトロリとした感触になる。
焦がさないように気をつけながらさらに蒸発させる。
パチパチと塩の欠片が飛んできて痛い。
シャーベット状になったところで布袋に入れる。
ぎゅっと搾ると濁った水分が出てくる。これは「にがり 」だ。これも捨てずに瓶に入れておく。
しっかり水分を絞れば塩の完成だ。あとは持ち帰って天日干しだな。
「おお!出来ましたね!」
「ああ、上手くいってよかったよ。」
「村のみんなも喜びますね。」
「そうだな。あとはお土産に、魚でも獲っていくか。」
俺たちは魚や貝を採って(と言っても魚を捕まえられたのはエルドとジェイクだけだが)袋に入れ、持ち帰った。
帰り着く頃には辺りはすっかり暗くなっていた。これ、鬼人じゃないと日帰りは無理だな。
毎日交代で海に通い、塩作り。おかげでかなりの量ができた。
よし、これだけあればしばらくは持つな。
なめし作業も捗るだろう。
冬に向けて毛皮の服やなんやも作っておきたい。
ついでににがりもかなりできた。
大豆もあるし、豆腐でも作ってみるか。
ただ、豆腐だけにしては多すぎるような。
そもそも大豆の収穫はまだ先だ。
まてよ?『賢者の書』に、にがりの使い方を入れて置いた気がする。そう、確か豆腐やら醤油やらの作り方を調べていた時だ。
パラパラとめくって探す。目次がないのが不便だな。今度地球に帰ったら、目次かインデックスをつけてみよう。
あ、あったあった。にがりの使い方。
ふむふむ。豆腐……は一旦置いといて。
えーとにがりはマグネシウムが豊富で……
カレーやビーフシチューなど、肉を煮込む時に入れると、柔らかくなるらしい。
これは使えるな。シカやイノシシは少し固くなるのが困っていたところだ。
あとは……スポーツの後に、水二〇〇ccに小さじ一杯のにがりを加えたものを飲むと良いらしい。
これもいいな。スポーツという訳では無いけれど、うちは全員畑やら建築やら狩りやら、身体を使っている。みんなに推奨してみよう。
さらにさらに、風呂に入れると入浴後の乾燥を防いでくれるのだとか。これは女性陣が喜びそうだな。
なんだ、豆腐以外にもたくさん使い道があるじゃないか。
早速帰って提案してみよう。
その後、村でにがり活用は大流行した。
マリアさんはあらゆる料理ににがりを活用しているし、働いたあとの一杯にみんなにがりを入れて飲むようになった。
「村長はなんでも知ってるんですね!」
「本当に尊敬します!」
「よし、にがりパワーでまた働くぞぉー!」
なんだかものすごく健康志向な村ができてきたな。
しかし、多く入れればいいと思ったのか、中には小さじ五杯も六杯も入れる者も現れた。
摂りすぎは体に良くないと諭す。何事も程々が一番。過ぎたるは及ばざるが如し、ってね。
ただ、健康のために何かを続けるって発想がイマイチ浸透しなかったためか、しばらく経ってにがり活用者はパッタリと消えた。
マリアさんが肉料理の時に活用するくらいだ。
ま、いいか。流行とはそんなもんです。