245.アピールって重要だ
春爛漫のとある日。
オルテア王国の国王ランゼル・オルテアンと、スラウゼン王国の国王フィリベール・スラウゼンが、精霊王国エレメンティオの王都に到着した。
以前より待ち望まれていた三国会談。
オルテア、スラウゼン、エレメンティオの三国のトップが今日ここに集結した。
「遠路はるばるようこそお越しくださいました。どうぞこちらへ。」
サラが二人を案内する。
大広間で、俺と対面し、歓迎の式典が始まった。
「高いところからで申し訳ありません。ようこそ、エレメンティオへ。あなた方を歓迎します。」
「こちらこそ、お招きにあずかり光栄です。この度はどうぞよろしくお願いいたします。」
「実り多き日々になることをお互い願いましょうぞ。」
俺がトリノ公国の式典に呼ばれた時は周りの空気に圧倒されてほとんど記憶が無いが、この二人は流石の老練。どっしりと構えている。
……ひょっとして、城や式典がしょぼすぎるとか?
いやいやそれは無いはず。
ないと信じたい。
晩餐会の時間までは各国の王達にエレメンティオを案内する。
案内役はサラとレティシアだ。
ここでの目的はエレメンティオの技術力や豊かさを見せつけて、「この国に来る価値がある」と思ってもらうことだ。
交易品以外にも、この国でしか買えないものや味わえない娯楽、食べられないものなど、そういった『特別感』を感じてもらう。
どこの国でも一番影響力があるのは王様だからな。
王が良しとすれば貴族連中も興味を持つし、貴族の間で人気になれば市井の人々にも人気が出る。
魔族や知恵ある魔物が多く暮らすこの地。客足を増やし、人族と魔族の交流をより盛んなものにするための一歩だ。
ついでに国外からの客が金を落としてくれればなお良し!
三国街道も潤って、国の懐も温まるってもんだ。
という訳で、サラ達には予め決めた数箇所を案内させている。
まず一つは料理関連。
エレメンティオにしかない地球の技術やアイディアを利用した料理の数々。ぶっちゃけ下手な国の宮廷料理より見た目も華やかで美味い。
何より味の割に安い。庶民でも普通に手が出せる。
……まあ、これは低税率で所得の多いうちの庶民限定かもしれないが、国外の庶民だって買えない値段じゃない。
値段と味のインパクトはこの国でしか味わえない観光資源のひとつだ。
次は衣服。エレメンティオの衣服は国外でも人気が高い。
それは原材料である綿や麻の質が良いのと、ミシンによる正確で細かな縫製、そして姉貴のデザイン画を元にした斬新なデザインのおかげだ。
何よりも、それだけの品質を保ちながら値段が他国よりも安いというところにある。
特にシルク製品はこれまでリンメル王国からしか手に入らなかったし、その値段もどんどん釣り上げられて法外な値がついた。
まあ、それはそれで貴族のステータスとなっていたようだが。
しかし今は違う。エレメンティオがシルク製造に参入したことで、貴族たちにも選択肢が増えた。
上質で斬新、そして安価なエレメンティオシルクの衣服は富裕層に大流行。今や最先端のエレメンティオシルクの衣服は国外の貴族のステータスのひとつとなっている。
シルクスパイダー達が納品してくれるおかげで生産量も増えてきたし、ここらでもう一宣伝しておきたい。
次は王都の目玉でもある歌劇場。
スカラ座を模した豪華絢爛な建物だ。
ぶっちゃけ外観や内装は他の国にも同じようなものがあるかもしれない。
と言うか、トリノ公国の歌劇場の方が見た目は派手である。
では何がうちの自慢かって、その音響と照明設備だ。
魔法を使ったマイクとスピーカーで会場全体に響く音楽。そして煌びやかな光の演出。
さらに取っておきは、セイレーンの歌声だ。
人間を襲う魔族であったセイレーンの歌は、『聞くと死ぬ呪いの歌』とされてきた。
同時にこの世のものとは思えないほど美しいともされてきたため、昔から人々の興味をひきつけていたらしい。
それが安全に聞けるのはまさしくうちだけである。
ランゼル王とフィリベール王もその美しい歌声に酔いしれていた。
「この国の料理は素晴らしいですな!」
「昼間に見学させていただいた店の数々、どれも見た事のない料理で驚きました。何よりもあれほど良い匂いを漂わせているのに一様にして値段が安い。」
「家で料理を作るのもいいですが、外食産業に力を入れようと思っているんですよ。」
晩餐会の席で、両隣の王様二人に視察の感想を聞いてみると、興奮気味に語ってくれた。
ちなみに晩餐会の料理も「何と上品で奥深い味わい!」と大絶賛だ。
「シルクの衣服を扱う店にも行きましたが、相変わらず素晴らしい品質でしたな。それに、この国でしか手に入らない斬新なデザインのものもある。つい、二、三点買ってしまいましたぞ。」
「ここだけの話、エレメンティオシルクはリンメルシルクよりも格段に質が良いですからな。将来的にはエレメンティオがシルク界で覇権を取るでしょうな。」
「そして何より驚いたのはあの歌劇場です。あのような光の演出は見たことがない。」
「魔法をふんだんに使われているのでしょうな。うちは魔導師が少ないので絶対に真似はできません。」
「セイレーンの歌を聞いて生きているなんて思いませんでしたよ。あれは天上の音楽に等しかった……」
「彼女たちセイレーン一族は俺の庇護下に入ったんです。だからこの国のセイレーンが人間を襲うことはありませんよ。」
「セイレーンが庇護下に入った」と言う部分に二人が食いついたのは言うまでもない。
そこに至った背景を詳しく聞かれ、俺はかいつまんで説明した。
「……という訳で、ケートスを封印した関係でセイレーン一族が俺の配下に加わりたいと申し出てきたんです。とは言っても海の中なので、今はセイレーンの支配領域を自治領とし、彼らに自治を任せています。」
「うーむ。これはなんとも驚きですな。まさかセイレーンまで支配下に治めてしまうとは。」
「東の大陸の女帝とも婚姻関係を結んだようですし、ケイ殿は東の覇権を完全に握りましたな。」
「覇権って、そんなつもりではなかったんですが……」
「何をおっしゃいます。私は認めますよ。というよりもとよりオルテア王国は海に手を出せませんから、ケイ殿が何をしたところで止める術はありませんな。」
「うちも似たようなもの。まあどこぞの帝国がしゃしゃり出てくるくらいなら、こうして親交のあるエレメンティオが覇権を取った方が良いでしょう。会談の際にその辺をもう一度確認したい。」
なんか、思ったより大きな事になりそうな予感。
重苦しい雰囲気とか嫌だなぁ。
そんな俺の思いに応えるように、本日のメインディッシュが運ばれてきた。
エレメンティオ限定、精霊豚のステーキだ。
和牛のような霜降りの上質な肉と適度な噛みごたえ、熟成され凝縮された旨みととろける脂の甘み。
相変わらず美味いな。流石高級ブランド豚を苦労して掛け合わせただけの事はある。
豚の生産もだいぶ安定してきた。魔族への魔豚供給は勿論、精霊豚の方も数が増えて来た。
これなら近い将来的国外輸出を本格化できるかもな。
ランゼル王とフィリベール王が精霊豚に感激していたのは言うまでもない。
「これは本当に豚なのか?私の知る豚と全く違う!」
「どうにかしてこの豚を我が国に持ち込めないものか……」
「豚だけ持ち込んでも意味が無いんです。餌や環境によって肉質が変わりますから。今は生産も安定してきましたし、将来的には何らかの形で輸出する予定です。」
「その時は是非、我がスラウゼン王国との取引をお願いしますよ。この豚は間違いなく最高級品です。」
「うちも是非お願いしたい。詳しくは明日の会談でお話しましょう。」
輸出って、今すぐって訳じゃないんだけどなぁ……。
まあいいか、気長に待ってもらおう。
あ、そういえばうちには精霊豚のさらに上、松阪牛がいるんだけど、まだ言わない方が良いよな。
豚と違って頭数もそんなに増えてないし、輸出の目処なんて立たないし。
今は黙っておこう、うん。