244.刹那とセシル②
「フランカ!刹那を見なかったか?」
「見てないけど、どうしたの?」
「いや、ちょっと……」
「あ!また子ども扱いして刹那を怒らせたんでしょ?」
「ああ、まあ。」
「ひどいよね。刹那の気持ちを知ってるくせに、受け取らないどころか無かったことにしちゃうなんて。」
「……悪いと思ってる。だから、会って謝りたいんだ。フランカ、頼む。シルフ達に頼んで刹那の居場所を探してくれないか?」
「どうしよっかな。お兄ちゃんがまた刹那を傷つけるんなら私はお友達を守る。」
「……ちゃんと伝えるよ、俺の気持ち。今はまだ整理ができてねえけど……」
「お兄ちゃん……」
「だから頼む。この通りだ!」
手を合わせ、頭を下げるセシルにフランカは「しょうがないなぁ。」とため息をつく。
「男ならちゃんと謝るんだよ?」
「……お前、なんか母さんに似てきたよな。」
「えー?」
「シルフさん、お願い、刹那がどこにいるかを探して。」
フランカの呼びかけに答えたシルフが四方八方に飛び去ってゆく。
下級精霊と言葉を交わし使役できるのは、『精霊使い』と呼ばれる祝福者とフランカだけだ。
しばらくして、フランカがおれに向き直り言った。
「刹那はお城の一番高い屋根にいるよ。寒くて風邪をひいちゃうから早く行ってあげて。」
「あいつ、なんつーとこにいんだよ。ありがとな、行ってくる!」
道理で見つからないはずだ。
というか、まさか普段から城の屋根にのぼってんじゃないだろうな。
フランカを通じてシルフに協力を依頼し、『風移動』で一気に城の頂上へ。
赤い着物をはためかせる小さな後ろ姿がそこにはあった。
「刹那……」
「……」
「刹那、帰ろう。」
「……」
「俺が悪かったよ。」
「……帰るなら、一人で帰れ。いつものように、ワタシのことは置いて行くがよい。」
「刹那。」
「振った女を追いかけるなど一番やってはならんことだ。ああ、それとも、それすらわざとやっているのか。子どものワタシが一喜一憂する姿をからかうために。」
「大事な話があるんだ。いいから下へ来てくれ。」
「……」
「頼む。もうふざけたりしねぇから。」
「……わかった。」
刹那はセシルに大人しくついていった。
自分を追いかけてくれたことにほんの少しの喜びと期待を感じて。
セシルはケイの執務室の前で止まった。
「陛下?突然すみません。大事な話があります。」
「どうしたんだ?刹那も一緒か?」
ケイに促され、二人は中へ入った。
セシルは一呼吸置き、切り出した。
「刹那を蓬莱国へ帰してほしいんです。」
「……え?」
今、セシルは何と言ったのだろう。
はっきり聞こえたはずの言葉がぐにゃりと曲がって頭の中で反芻する。
笑いながらでもなく、ふざけるでもなく、ただ真っ直ぐに。
その事実が何よりも刹那の心をえぐった。
これがいつものからかいだったら。「なーんてな、嘘だよ」と言ってくれたら。
でもセシルは真剣だった。
あの塔の上でも、「ふざけたりしない。」と誓ったのだから。
つまりこれは、真剣な、心からの、拒絶。
何かが決壊したようにあふれ出る涙を止めるすべはなかった。
刹那は大粒の涙を流し、その場に崩れ落ちた。
ひとかけらでも期待した自分が愚かだったのだ。
城の中に来て、自分に向き合ってくれると、思いにこたえてくれると一瞬でも夢見たのが間違いだったのだ。
だったらなぜ放っておいてくれなかったのだろう。
あのまま声もかけず見向きもせずにいてくれたら、まだあきらめはついたかもしれないのに。
「わっ、ちょ、なんで今泣くんだよ!?」
「……なぜだと?そんなことすらわからんのか!?ここまで明確に拒絶されて、今泣かずしてどこで泣くというんだ!?」
「は!?拒絶とかしてねえし!何早とちりしてんだよ!」
「たった今帰れと言っただろう!王に直訴までして!」
「ちょ、それは違くて……あーもう、いいから聞けよ!」
セシルは大きく深呼吸して言った。
「おれは今商人として大事な時期にいると思ってる。仕事に専念すべきだって。でも正直、お前がいると気になって仕事が手につかねえんだよ。だからおれが一人前になるまで、しばらく距離を置きたい。……でも、約束する。四年後、お前が成人を迎えたら誰よりも早くお前に結婚を申し込む。待っててくれとは言わない。だけど、覚えておいてほしい。」
今、なん、と……?
刹那は混乱していた。
距離を置きたい?結婚を申し込む?
これはどうとればよいのだ?また、わたしはからかわれているのか?
硬直したままの刹那。働かない頭をフル回転してセシルの言葉の真意を探す。
ケイはあっけに取られていた。
こいつ、まさかのプロポーズ(予約)しやがった。
仕事への責任感と自分の気持ちを天秤にかけた結果のセシルの判断。
都合が良いと言えば都合が良く、また潔いといえば潔い答えだった。
ってか、まだセシルって十五だよな。十五でこの覚悟ができるとか、どんな男前だよ。
そんな中、漸く硬直がとけた刹那がおずおずと言葉を紡ぐ。
「それは、つまり、どういう……?」
「は!?この流れでわからねえとかまじかよ!」
「だ、だってオマエは散々はぐらかしてからかってばかりだから、どれが真意かわからんのだ!」
「だー!もう!……刹那、お前のことが好きなんだよ。本当はずっと一緒にいたい。でも仕事上それはできねえから……」
「将来の誓いを今この場で立てると?」
「そ、そうだよ!わりぃか!?」
「いや、悪くなんか……むしろ……」
(俺は今何を見せられているのだろう……?)
感涙にむせている刹那と半分逆切れのようなセシル、あっけにとられたままの俺。
とにかく、おおよその事情は理解できた。
紆余曲折ありながらも、最後は刹那の大きな頷きにより若い二人は将来を誓い合った。
一つ言いたいことがあるとすれば、わざわざここで見せつけずとも決着をつけた後で報告に来てほしかった。
まあ、そんなことは口が裂けても言わない。俺は大人の男だからな。
刹那だが、本人の強い希望もありエレメンティオに残ることになった。
今後はエレメンティオと蓬莱国との間での大使となるべく、さらに勉学に励むらしい。
蓬莱国の女帝の血縁者でエレメンティオの理解も深い、ついでに腕っぷしも強い妖狐の姫君と言うことで、将来が楽しみである。
セシルは雪解けとともに旅立った。
またしばらく王都を留守にする生活が始まる。
今まで通りと言えば今まで通りだが、一つ変わったことは商談を取りまとめ早く王都へ帰る理由が出来たことか。
初めは距離を起きたがったセシルも、ユリシーズに「仕事が手につかないのはお前がのめり込みすぎているせいだ。そういう奴は距離を置いたところでますます酷くなる。大人の男なら近くにいて、自分で上手な距離感を見つけなさい。」と諭され、刹那のエレメンティオ滞在を了承した。
自分の気持ちに素直になったせいか、以前よりも心が安定している気がした。
肌寒かった春先の風はほんの少し和らぎ、新たな芽吹きを感じさせるのだった。