243.刹那とセシル
寒い冬も終わりを迎え、春が近づいてくるのを感じる。
まだ風は冷たく肌寒いが、家に引きこもってばかりもいられない。
農民たちは農作業の準備や道具の整備を徐々に進めていった。
商隊も次の交易に向けて準備を進める。雪が解けたら、今年の交易のはじまりだ。
刹那は焦っていた。
冬の間、商隊が王都にとどまることを利用して何度もセシルのもとに通いつめ気持ちをぶつけてきた。
しかし結果は惨敗。
いつもはぐらかされ、あしらわれ、子ども扱いして取り合ってくれない。
雪が融ければ、セシルはまた旅立ってしまう。
また会えなくなる前に、思いを成就させたかった。
「刹那、久遠から手紙が届いたぞ。」
「陛下。ありがとうございます!」
冬の間、刹那は久遠に手紙を書いた。
同じエレメンティオの男を見事にものにした久遠であれば、セシルの攻略方法を知っているかもしれない。
本来なら帝に直訴するなどもってのほかだが、刹那は久遠の昆姪孫、親戚にあたる。
特別に『転移の水鏡』を使わせてもらい、久遠に手紙を出した。
そして、その返事が来た。
千五百年の時を生き、悪羅王すらも虜にした恋愛の達人。はたしてどんな答えが返ってくるのか。
『押して駄目なら引いてみよ。それでも駄目なら強引な手を使うも良し。』
なるほど、今までは押しすぎていたのかもしれない。
雪解けまであと二週間ほど。
今季最後のチャンスとして、「引く」作戦に出よう。
「……つらいが、これも二人の将来のため。」
刹那は気合を入れた。
結果は惨敗だった。
刹那は自分の心を鬼にして、十日間セシルを避けに避けまくった。
いきなり自分が離れて行ったら不安に思うのではないか。
そして初めて自分の大切さを痛感するのではないか。
そんな期待を胸にセシルに会わない日々が十日ほど続いた。
しかし、セシルはいつも通り。向こうから会いに来る気配すらない。
(ワタシは、そこまでどうでも良い女だったのか!?)
会えるのに会えない。会いたいのに会えない。
これ以上は刹那が耐えられそうになかった。
だとすれば、久遠の教えの二つ目。
――強引な手を使うも良し。
刹那は最後の勝負に出ることにした。
「セシル!」
「お?刹那じゃん。久しぶりだな。どうした?」
王都のはずれ、人気のないところにセシルを呼び出した。
「何度も言ったが、私はセシルが好きだ。恋人になってほしい。」
「はいはい。子どもは俺の恋人にはなれないの。」
「子どもではない。年もオマエと一つしか違わぬ。」
「そうはいっても、見た目が五歳児だからなぁ。」
「……なら、この姿ではどうだ?」
刹那は変化の術で大人の姿になった。
久遠様に少し寄せた、妖艶な女性の姿。そこには子どもの面影など一つもなかった。
「この姿なら良いだろう?」
「なっ、お前……」
「未来の私の姿だ。……この通りとはいかぬかもしれないが、こうなれるように努力する。だから……」
「……何言ってんだ?大人に化けてもダメ。そんなの、俺を騙してるだけじゃん。」
「――っ」
「ま、そんな美女になれるよう、せいぜい頑張りな。」
また、軽くあしらわれた。
思いが伝わらなかったのは悲しい。
でもそれよりも悲しいのは、ワタシが真剣であるということすら伝わらなかったこと。
「……セシルは、私の本質などどうでも良いのだな。」
「は?」
「見た目が子どもだから駄目、魔法で大人になるのも駄目。……ワタシがどんな思いでこの手段に出たかも知らずに!」
「おい刹那……」
「私だって偽りの姿で愛されたくなどない!しかしオマエは私の見た目だけでその扉を閉じ、内面になど目を向けてくれぬではないか!」
「ちょ、落ち着けって……」
「もう良い。オマエの気持ちはよく分かった。ワタシはただ付きまとうだけの重荷にしかならないと!」
「刹那!」
青白い狐火と共に、刹那は姿をくらました。
「刹那!」
呼びかけても返事をする者はいなかった。
人気のない街のはずれで、冷たい風だけが吹き抜ける。
「……くそっ。どこいったんだよ。」
「なぁ、刹那知らねぇ?」
行く人行く人に聞いてみる。刹那と仲の良いクラリスやカルナにも聞いた。
答えは「知らない。」の一言だった。
友達と一緒にはいないらしい。
「どうかしたの?セシル?」
「ゼノ!」
王城にいるのではないかと城を訪ねた。未来の御用商人であり、初期の開拓メンバーだったセシルには特別に王城に出入りする権利が与えられていた。
中では丁度外交官として働くゼノと遭遇した。
「ゼノ、刹那を知らないか?」
「知らないけど、なに、喧嘩でもしたの?」
「な、何で……」
「あはは、セシルのその顔を見ればわかるよ。……聞かせてくれない?」
親友の優しい笑みに少しだけ落ち着きを取り戻し、セシルは事情を打ち明けることにした。
「――ってわけで……」
「そっか。……まあ、聞いた感じではセシルが悪いかな。」
「なっ!?」
「誰が相手でも真剣に話している相手にはぐらかしたりおチャラけたりする態度は失礼でしょ。いつもそうだったとしても、今回は空気が読めなかったセシルの負け。」
「……やっぱそうなるよな。」
「セシルは、刹那様自身についてどう思っているの?」
「は?自身?」
「だってセシル、刹那様の見た目のことしか話してないじゃん。子ども扱いするのだって見た目のことだけだし、寧ろ教育改革とか交易のことに関しては素直に尊敬していたと思うけど。」
「おれは……」
刹那のことは嫌いじゃない。
むしろあいつの話はいつも興味深くて、おれの知らない世界を教えてくれる。
最近はなぜかおれに会いに来てくれなくなって、旅の途中に会えないのとはまた違う感情が湧いてきた。
あんだけ鬱陶しく思っていたのに、物足りない、というか。
会って話したい、という気持ち。
ゼノ以外で特定の誰かと常に話していたいなんて、思ったことはなかったのに。
刹那がいるとそれだけで満足してしまって、刹那がいないと話したいという気持ちが勝って。
正直、仕事中もちらついてしょうがない。
鬱陶しい、側にいてほしい、
傷つけたい、大事にしたい、
手放したい、手放したくない。
この感情の正体は――?
「……刹那を探してくる。」
「うん、行ってらっしゃい。」
静かに見送られ、セシルは駆けだした。