242.思春期の女子と言えば
本格的な冬がやって来た。
ここの冬は豪雪こそないが、真冬は氷点下まで気温が下がる。
温熱魔法や暖炉で部屋の中を温めてはいるが、この度、新しい寒さ対策を提案した。
ずばりコタツである。
和カフェや和風食堂にコタツを提案したら数店舗が実装した。
地球でよくあるちゃぶ台式のコタツではなく、脚の長いテーブルに長めの布団を被せたタイプだ。
テーブルの裏に温熱魔法の魔法陣を刻印するとこで常に一定の温度に保たれる。
コタツに引き寄せられるのは地球もエルネアも変わらないらしい。
コタツを導入した店には客足が倍増した。
暖かいコタツで甘味を食べ、退屈しのぎに話題に花を咲かす。
開拓民や貧しい小国にとって、冬とは厳しい寒さと食糧難に苦しむ苦行の時期でもある。
それが数年足らずでここまで来た。
みんなの力のおかげで実にのんびりと快適な冬を享受できるようになったものだ。
ありがたやありがたや。
俺も市井の様子をイリューシャに聞きながら、自室に設置した小さな和室で茶を啜って休憩していた。
さて、暇を持て余した人々――特に思春期の女子が話題に花を咲かせる内容と言えば、そう、『恋バナ』である。
とある茶屋にて、甘味を食べながら熱心に恋バナをする女子四人がいた。
「……でね、ボルゾに告白されちゃって。」
「うそー!あのコボルトの!?」
「イケメンじゃん!」
「それで、返事はどうしたのだ?」
カルナの衝撃の告白に詰め寄るのはフランカ、クラリス、刹那だ。
開拓当初から一緒に過ごしてきた三人は大の仲良し。最近はそこに刹那も加わり、女子四人で賑やかに過ごしていた。
詰め寄られたカルナは顔を赤らめ、ボソリと言った。
「その、断ったの。『好きな人がいるからごめんなさい』って……」
「きゃー!カルナってば一途!」
「カルナの好きな人って?」
「ワタシは聞いたことがないぞ?ほれ、言うのだ!」
「……エルフのジェシー君。」
「「「きゃ〜♡」」」
「ジェシーとやらは確かカルナと同級生だったな。」
「どこが好きなの?」
「えぇと……やっぱり優しいところ。あと、勉強が得意で色々と教えてくれるの。」
「良いなぁ♡頑張ってね、カルナ!」
「同じエルフ族として協力できることがあれば協力するから!」
「そ、そう言うみんなはどうなのよ?」
「そうだ、クラリスは?まだゼノのこと好きなの?」
「あー、最近はちょっと他の人が気になるっていうか……」
「えー、成人式の日にお兄ちゃんに告白してたのに?私、クラリスだったらお兄ちゃんの彼女でも良いなって思ったのに。」
「ゼノって最近、他の女性といい感じっぽいんだよねぇ。」
「他の女とは、アリエル殿か?」
「そ。あの人すごく可愛いから、なんか勝てないなーって、ちょっと諦めちゃった。」
「そんなライバルが?」
「刹那、アリエルさんってどんな人?」
「うむ。アリエル殿はシュタイル王国の第二王女だな。姉のクローディア殿と揃って美人姉妹だ。ワタシの知る限りでは、気取ったところがなく仕事熱心、あと炎の魔法を操るとか。」
「ちょっと!勝ち目ないじゃん!もーやだ!諦める!」
「まあまあ、落ち着いてクラリス。大丈夫だよ。」
自暴自棄気味に緑茶を一気飲みするクラリスをカルナが落ち着かせる。
フランカもあわてて続けた。
「そ、そうだよ!クラリスだってかわいいし、頭いいし、魔法はクラリスの方が絶対上だし!」
「あきらめることないと思うの。」
「……でも、正直最近はゼノよりも別の男の子の方が気になってたりもするんだよね。」
「ええ!?」
「誰?誰?」
「大人しく吐くのだ!」
クラリスの声を聞き逃すまいと身を乗り出してクラリスに耳を寄せる三人。
クラリスは小さな声でつぶやいた。
「……レナルド君。」
「えー、意外!」
「最近移住してきた子だよね?」
「確か人族だったな。どこに惹かれたのだ?」
「うーん、かっこよさはゼノが勝つけど、面白いところかな。あと、防衛隊に入りたいらしくて努力してるの見たらなんかキュンとしちゃった♡」
「確かに良く剣の稽古してる!」
「そうなんだ、全然知らなかった。」
「シュタイル王国出身で土魔法の祝福者らしくてね、レナルド君にはよく魔法を教えてあげてるの。」
「すでに仲は良いのだな。恋人になれる日も近いのではないか?」
「そうだよ!いいなぁ、うらやましい。」
「クラリス、頑張ってね。」
「なんのかんの、皆順調そうで羨ましいのだ。」
「刹那は?セシル君とあれからどうなの?」
「お兄ちゃんを追っかけてエレメンティオに来たんでしょ?」
「すごく一途だよね。尊敬しちゃう。」
「それが、どうにも前途多難なのだ。」
刹那はため息をついて抹茶パフェをすくう。
カルナやクラリスと違い、自分の恋は何ら進展がない。そう思えて仕方がなかった。
「そもそもセシルはあちらこちらを行ったり来たりしてなかなか王都にとどまらない忙しい身。会えることすら稀なのだ。」
「遠距離恋愛か。それは寂しいよねぇ。」
「会えないのは辛いよね。」
「お兄ちゃん、あれで結構仕事人間だからなぁ……」
「それに会えたとしてもワタシのことなど幼子にしか思っておらん。見た目はこれでも中身は一つしか違わんというのに。」
そう。刹那にとって何よりの障壁はその見た目だった。
成人前の妖狐である自分は五、六歳程度の子どもの見た目でしかない。
十五歳のセシルが相手にするような女性の姿ではないのだ。
(……これでも、あの久遠様の血縁者。それなりの美女になる見込みはあると思うのだがなぁ……。)
「この間だって……」
――――――――
――――――
「セシル、ワタシはオマエが好きだ!」
「はいはい。おれも刹那のこと大した奴だって思ってるよ。」
「大した奴とは?私は女として見られたいのだ!」
「お、女としてって……いや無理だろ。鏡見てみ?これやろうか?」
真顔で懐から商品のコンパクト鏡を取り出すセシル。
刹那は顔を真っ赤にして叫んだ。
「子ども扱いするな。ワタシだって将来は久遠様のような超セクシー美女に……」
「あーわかったわかった。まずはご飯いっぱい食って大人になれよ?」
「ぐぬぬぬぬ……」
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――――――
「と、こんなことがあってだな……」
「うわぁ……」
「刹那ちゃん、かわいそう……」
「会って話しても子ども扱いだし、好きだと伝えてもはぐらかされるし、もうどうしたらよいやら。」
「お兄ちゃん、ちょっと素直じゃないところがあるから……ゼノ君の時もそうだったし。」
「え?ゼノ?親友なのに?」
「最初は仲が悪かったの。ねぇカルナ?」
「うん。最初はあんまり私たちのこと好きじゃなさそうだった。」
「そうなのか?」
「意外。今や街でも評判の親友同士なのに。」
「でも、いつの間にか今みたいな大の仲良しになったんだよ。だから刹那も大丈夫だと思う。」
「成人するまでの辛抱か……しかし妖狐の成人は十八歳。あと四年も待たねばならんとは。」
「ライバルが現れない様に祈るのみだよね。」
「年上の男はそれが大変だよねぇ……ゼノも結局取られそうだし。こっちのことは恋愛対象として見てくれないし。」
「ほんと!その通りだよ!」
フランカが机をバンッと叩く。
思わず三人は目を見開く。
「え、フランカも心当たりあるの?」
「そういえば、フランカちゃんの好きな人って?」
「次はオマエの番だぞ!正直に話すのだ!」
「……実はさぁ、この間こんなことがあって……」
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――――――
「フランカ、行こうか。」
「うん。」
フランカはイリューシャにだっこされる形でしがみつく。
この仕事――魔物たちとの交渉が始まったときからのお決まりのポジションだ。
「イリューシャ、わたし、重くないかな?」
「僕は龍だよ。人間の子ども一人が重いわけないでしょ。」
「子ども……」
「まあでも、昔に比べたら大分重くなったかな。」
「えっ、やだ、ちょっと、わたし降りる!」
「何言ってんの?危ないからだーめ。それに子どもは成長するもんなんだから、重くなって当然でしょ?」
「すぐ子ども扱いする!もう子どもじゃないし、女の子に『重くなった』とか言わないでよ!」
「まだ十三年しか生きてないじゃん。僕からしたら赤ちゃんだよ。よしよーし。」
「ばかぁ!」
イリューシャの馬鹿。
偉い龍のくせに、何もわかってない。
――――――――
――――
「ってなことがありまして……」
「きゃ~!うそ、フランカって、イリューシャのことが好きだったの!?競争率たっか!!」
「しかも抱っことかされちゃうんだ。いいなぁ♡」
「大切にされておるではないか!」
「でも、赤ちゃん扱いだよ?こっちは彼女になりたいのに、赤ん坊として見られても……」
「それは大いに賛成するぞ。いくら優しくされようと、女として見られてなければ意味がないのだ。」
「確かにそれはあるよねぇ……」
「どっちにしろ、まずは女子として意識してもらわないと、か……」
「全員に共通の目標だね。」
「「「「はぁ。頑張ろう……」」」」
身も心も肌寒い冬の昼下がり、思春期の女子の悩みは尽きることがなかった。