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239.地獄と閻魔様

「さ、着いたぞ久遠。ここが『ヴェップ温泉郷』だ。」

「ここが……」


 俺達はヴェップ温泉郷に来ていた。

 サテュロスの女将が経営するこの温泉郷一の老舗旅館(と言っても、まだ開業して一年ちょっとだけどな)に一泊しつつ、周辺の温泉や観光地を楽しむ予定だ。

 限られた転移魔法陣でしか来ることができないここなら、賊が紛れ込む心配もなくのんびりと過ごせるだろう。


 純和風の建物が並ぶ通りを見て久遠は驚きの表情をする。


「これは、我が国の建物とよく似ているな。背の君の祖国の建物を模したのか?」

「そうだよ。久遠のところとはちょっとずつ違っているけど、大本は同じだ。」


 ヴェップ温泉郷は純和風だが、蓬莱国は遣唐使の影響もあってどことなく中華な雰囲気も漂っている。

 とはいえ、久遠にとっては親近感を覚える街並みだろう。

 ヴェップ温泉郷自体もかなり開発が進み、旅館も増え、観光名所となる場所も増えてきた。

 今日から一泊、のんびりと羽を伸ばせたらいいな。


 しかし、今回の旅行は視察も兼ねている。

 新しくできた山の中腹の温泉郡に足を運ぶ。


「これは面白いな。様々な湯が近場に湧いているのか。」

「地獄めぐりって言ってね。俺の祖国にある神様の教えに基づいたものなんだよ。」


 そう。山の中腹に新しくできた温泉郡は入る用ではなく観光用だ。

 というか、ゴボゴボと煮えたぎる温泉や時折吹き出す熱湯の間欠泉はどう考えても入浴できそうになかった。

 とはいえ、色とりどりの綺麗な温泉が並んでいる。何とかならないものだろうか。

 そして考え付いたのが、『入る』のではなく『見る』ことを目的とした温泉群の開発だった。

 日本の温泉観光地にある地獄めぐりを真似して、エレメンティオの観光名所の一つになってもらう。

 血の様に赤く煮えたぎる『血の池地獄』、深い青色が美しい『海地獄』、火山灰が豊富に含まれた泥が煮えたぎる『灰地獄』、黄色っぽい色と鼻をつく匂いが特徴の『硫黄地獄』、乳白色の湯が沸き立つ『雪白地獄』、苔のような深い緑色の『緑沼地獄』、吹き出す間欠泉が大迫力な『吹き出し地獄』。

 七つの特徴的な温泉を『地獄』として、それを巡りながら観光を楽しむというわけだ。

 久遠と共に、点在する地獄を順々に回っていく。


「ほう。ここは凄いな。蓬莱国での温泉と言えば透明か、せいぜい白っぽく濁る程度の湯であったが、こんなにも鮮やかな青色に染まるのか。人間に害はないのか?」


 コバルトブルーの『海地獄』を眺めながらそんな感想を漏らす久遠。

 蓬莱国には青い温泉ってないのか。同じ温泉でも場所によってかなり違いがあるらしい。


「ここはちょっと成分が強すぎて入れないけど、同じ色の温泉が今日泊まる旅館にもあるから帰ったら入ってみるといいよ。」

「入れるのか。」

「地下水で成分が薄まっていて、ちょうど良い具合になってるんだ。確か、『美肌の湯』って言ってたかな。」

「ほう。それは楽しみだな。」


 そんな話をしつつ、次の『雪白地獄』へ向かう。

 真っ白に濁った温泉が静かにふつふつと沸き立っている。

 ここも見た目は美しいが成分が強すぎて入湯は禁止だ。柵越しに眺めるだけのものになっている。

 

「ここは本当に真っ白だな。まさに雪のようだ。」

「見た目だけならほんとに綺麗だな。人間が入ると体が溶けるらしいけど。」

「……ん?誰か入っているようだが?」

「え?は?そんなはずは……」


 ここは入湯禁止。入り口にもでかでかと注意書きがされている。

 それに視察用に人払いもしてあるはずだ。

 なにより、こんな温泉に入って無事でいられるはずがない。

 早く助けなければ。


「ちょっ!?どこ?助けなきゃって……ええ!?!?」


 柵を乗り越えて探しに行こうとしたとき、湯気が風で払われ謎の入湯者の姿が見えてきた。

 そこには朱色の肌に炎の髪をなびかせた大男が実にリラックスした様子で温泉に浸かっていた。


「イフリート様!?」

「む。誰だ、吾輩の名を呼ぶものは。」


 振り向いた顔は、まさしく炎の大精霊イフリート様そのものだった。

 イフリート様は数秒ほど俺の顔を顔をしかめて見ていたが、思い出したように「ああ!」と大きく頷いた。


「我が加護を与えし人間、こんなところで会うとはな!」

「ホントですよ。いったい何してるんですかイフリート様。」

「む。風呂にちょうどよさそうな場所ができたのでな!時折こうして通っておるのだ!」

「それ、入るための風呂じゃないんですって……」


 俺はイフリート様に事情を説明する。

 ここは見る専用の温泉群であること、人間が入ったら体が溶けてしまうような危険な泉質と温度だということ。

 万が一イフリート様の姿を見て真似をする客がいてはいけないからできればやめてほしいこと。


「そうか。人間、これも貴様が造ったのか!なかなかやりおるな!」

「というか、あんなのに浸かってお身体は平気なんですか?」

「ふはは!この吾輩にかかればあの程度何ともないわ!むしろなかなかに心地よい湯だったぞ!」

「だとしても、他のお客さんもいる中で地獄に入るのはやめていただきたいんですが……」

「なにおう!?せっかく心地よい空間を見つけたのだ。何故吾輩が人間に気を使って譲らねばならん!」

「誰かが入っていると知ったら、真似をしたがる人が出るかもしれないじゃないですか。人間が事故に遭って死ぬのは大精霊としても本意じゃないですよね?」

「うぬぬ。確かに。……ではこうしよう!」


 そういうや否や、イフリート様の姿が消えた。

 ちょ、ここで去るとかアリ!?


「ちょっ!?イフリート様!?」

「吾輩はここに居るぞ!」

「ええ!?」


 目の前から声がして驚いた。

 どうやら、どこかへ行ったのではなく姿を見えなくしただけらしい。


「こうして姿を隠せば吾輩が何をしようと人間たちには見られまい。ここの風呂にも入り放題だな!」

「そんなのアリなんですか。」

「『変質』の力を司る吾輩にとってこの程度造作もないわ!普段から地上の様子を見る時にも使って居る!」

「へぇ……」

「なかなか便利であるぞ。時には地上の美女の水浴びに遭遇したりな!」

「まさかと思いますけど、それで女湯を覗こうとか考えてないですよね?」

「何っ!?女湯とやらがあるのか!?それはそれは……」

「言っときますけど、絶対ダメですからね!」

「何のことやら……」

「……アクエラ様に言いつけますよ。あと、エアリス様とガイアス様にも。」


 御三方の名前が出た瞬間、イフリート様の朱色の肌が若干血の気が引いた気がした。目には見えないが、体から発する温度が下がったように思う。

 にらんだ通り、他の三精霊様には弱いらしい。


「やめろ!人間!そんなことになったら吾輩の大精霊としての立場がさらに弱くなるであろうが!!!」

「だって、女湯を覗き見るような大精霊は困りますから、こっちとしては他の大精霊に相談しないと……」

「わかったわかった!この温泉で、いやこの国では覗きはしないと誓おう!これで文句はあるまい!」

「約束ですからね。」

「……背の君よ、出来れば蓬莱国での覗きも禁止していただきたいところ。」


 突然入って来たのは、今まで驚いて固まっていた久遠だった。

 どうやらやっと思考が追い付いてきたらしい。

 そのうえで、国の女性の危機を感じてこうして名乗りを上げたわけだ。


「む。何だ貴様は。人間ではないようだが。」

「お初にお目にかかりまする。蓬莱国の国主・久遠にございます。こちらのケイ殿の正室の座を務めております。」

「なんと!稀に見る美女であるな!羨ましいぞ人間!!」

「あのねぇ……」

「背の君、妻であるわらわと蓬莱国の娘たちの貞操を護るためにもここはひとつ。」

「ああ、そうだな。イフリート様、この国だけじゃなく、蓬莱国でも覗きはしないと誓ってください。でないと他の大精霊の皆さんや世界樹の精霊に相談するしかなくなってしまいます。」

「むむむ、実に惜しいが仕方ない。約束しようではないか。その代わり、姿を消した以上はこれ以上吾輩がここに浸かりに来るのをとやかく言うな。良いな!」

「契約成立ですね。」

「寛大な処置に感謝いたしましょう。」


 その後は、イフリート様曰く「特に良かった」とのお墨付きをいただいた血の池地獄をめぐり、俺達の地獄めぐりツアーは終了した。

 まさか地獄で閻魔様(イフリート様)にお会いするとは思ってもみなかったよ。

 

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