238.男が口を挟んではいけない
ジャスミンはよっぽど嬉しかったのか、出先から帰って来たばかりのクレアに飛びつかんばかりの勢いでこれまでの経緯を説明していった。
「それはそれは、御贔屓にしてくださりありがとうございます。もし奥方様のお好みの香油などありましたらお申し付けくださいませ。」
「ふむ。それなら、金木犀や、柚子、桜などはどうだ?」
「金木犀に柚子、ですか……。無知を承知で、それはどういった花でしょう?」
「金木犀は秋に咲く濃厚な香りの花、柚子は柑橘の実だ。こちらに無いのなら、今度本物の花と共にこちらに届けさせよう。」
「ありがとうございます。勉強させていただきますね。」
「他に困りごとはないか?」
「そうですね。これは困りごとというよりも不躾なお願いになるのですが……宣伝用の絵姿を一枚いただけないでしょうか?」
「絵姿?」
「はい。奥方様の美しさはまさに唯一至高です。そんな方がうちの商品を使っていると知られれば、売り上げが倍増、いえ、何倍にも伸びると思うのです。そうすればさらに新たな商品や店の規模を拡大できますし、蓬莱国にもよりたくさんのお品をお届けできると思うのです!お願いします!」
話している間にもクレアの熱がどんどん増していく。
その気迫にさすがの久遠も若干気圧されたようにのけぞっていた。
「わらわの絵姿で良いのか?」
「奥方様でなければだめなんです。この美しさは全女性の憧れです!!」
「そ、そうか。まあ、悪くはない。」
褒めちぎられるこそばゆさとクレアの圧でいつものすまし顔はすっかり崩れてしまったな。
それにしても、宣伝用の絵姿――ポスター広告とは考えたな。
店先や広場の掲示板などに張れば人目につくだろうし、何よりモデルが久遠だ。
今の久遠の輝きっぷりを見たら女性陣は飛びつくだろうな。
早速、サラからカメラを借りる。
その間、クレアは隣に店舗を構えるカミラとアリスも呼んできた。
この二つの店はジャンルは違えどともに美容製品を扱う店と言うことで普段から連携しているらしい。
久遠がシャンプーを試したとき、化粧水や乳液まで使っていたのはそういうことだったんだな。
カミラとアリスが頼み込んだこともあり、久遠はそっちの店のポスター広告も撮ることになった。
久遠曰く、絵姿の一枚も二枚もそう変わらないとのことだし、シャンプーだけでなく化粧品類も安定的に手に入る方が蓬莱国にとって利であるとのこと。
そうと決まればあとは磨き上げるのみ!と、四人に連れられ、久遠は本格的に風呂に入らされ、シャンプーとトリートメントで髪を整え、ヘアオイルで保湿とツヤを与え、石鹸で身体を洗われた。
更に化粧水、乳液、そして肌の色を明るく滑らかに見せる「美顔粉」、赤やピンクの口紅、目の周りを彩る「眼影粉」等の化粧品を駆使し、久遠の美しさを最大限に引き出そうと努力した。
完成した久遠は、まさに天女と言うにふさわしい美しさだった。
普段から絶世の美女であることは間違いないのだが、それが四割、五割増しくらいになっている。
ようやく慣れてきたという俺でもつい見とれるほどの完成された美貌がそこにあった。
美容家娘の四人組は「はあぁ……!」とため息をつきながら久遠に見惚れている。
久遠もさらに美しくなった自分の姿にまんざらでもなさそうだ。
それからは写真を撮りまくった。
角度を変え、表情を変え、光の入り方や肌と衣装の色合いなど、エルフの光魔法を駆使してライティングが行われた。
商品を持って微笑んだり、久遠をメインに端にさりげなく商品を置いてみたりと構図にも余念がない。
美容家四人は久遠の気が変わらないうちにと、最大限の賛辞を贈りながら素早く写真を撮りまくった。
結果、絵姿一枚のはずが合計で百枚以上にもなったのであった。
「奥方様!本当にありがとうございます。これで我々は救われました!」
「この絵姿があれば、我らの成功は約束されたも同然!きっと蓬莱国にも素晴らしい品をお届けすると約束いたします!」
「クレア達とはこの先もいろいろと連携を取って参ります。蓬莱国への安定供給に向けて尽力いたしますわ!」
「美しい奥方様、これからもどうかご贔屓に……!」
神の様に足元に跪かれ手を組んで拝まれ、さすがの久遠もどうしていいかわからずにチラリと俺の方を見てきた。
……すまんな、久遠。ここで俺が出ると集中砲火を浴びることはわかっている。
女性の美容への情熱に男が口を挟んではいけないのだ。
そして数日後、無事に完成したポスターは店先と広場の掲示板に張られた。
――一か月後。
クレア・ジャスミン姉妹の店は大盛況だった。
「ローズの香り、本日分完売です!」
「柚子の香りの石鹸も完売しました!」
蓬莱国から香油が入ってくるようになり、シャンプーの種類も増え生産量も増えた。
それでも欠品が続く状態は続いた。
理由は言うまでもなく、店先に張られたポスターである。
エレメンティオの王妃、久遠の輝くばかりの美しい姿。
白銀の絹糸のような髪はツヤツヤと光を放ち、一切の傷みを見せない滑らかでまとまりのある髪。
白魚のような美しい手もしっとりと柔らかそうで、つややかな光を纏っている。
その美しい手が持っているのはシャンプーの瓶だ。
そして『女神のような美しさを、貴方へ――』と書かれた文字。
これに引き寄せられない者はいなかった。
女性はその美しさに少しでも近づこうとその扉を開ける。
男性も久遠に魅せられフラフラと店内へ入るうちについつい買ってしまう。
カミラとアリスの化粧品店も同様だった。
久遠の美しさに魅せられた客で店は常に賑わいを見せている。
広告の効果は言うに及ばず、美容家四人組は王都でも指折りの大店に成長した。
今は生産体制をさらに拡大し、王都以外の街に出店しようと計画を立てている。
「はぁ。まさかこんなに上手くいくなんて。」
「それもこれも、奥方様のおかげね。」
「私たちもエレメンティオの美容を牽引するものとして、さらなる新商品の開発に取り組むわよ!」
「目指すは国民シャンプー普及率百パーセントね!」
「私たちももっと化粧品を広めていきましょう。」
「最近は蓬莱国だけじゃなくて、うわさを聞いた周辺国からも商人がやってきてるわね。」
「今は行商人にもあまり売れないけど、そのうち数をそろえて売れるようになるでしょうしね。」
「国だけじゃない。ゆくゆくは美容の世界で天下を取るわよ!」
「「「「ふふふ、うふふふふふ……」」」」