237.街の視察と貿易
翌日、歓迎の式典も終わり、俺と久遠は王都の街を散策していた。
後ろには氷雨とミアガリアが控えている。
ミアガリアのおかげで王都を含め各街の警備隊もしっかりと仕事をしているし、さすがは龍族の統率力だな。
自由を体現したようなイリューシャと正反対でもともとお堅い軍人のような雰囲気があったミアガリアだから、組織的なところがしっくりくるのかもしれない。
我ながらナイス采配である。
「シルクはうちの国でも作ってはいるが、これほどまでに薄く美しい生地は初めて見たぞ。」
「背の君の国の衣服は形が様々あるのだな。これはこれで面白い。」
「ほう。ここにもだんごがあるのか。にしても、この茶色い蜜は……?醤油の香りがするが?」
久遠は街の様子に興味津々だ。
あちこち店をのぞいては感嘆の声を漏らす。
「それは『みたらし』だよ。甘辛くて美味しいから食べてみてよ。」
「ふむ。……なんと、これは香ばしくて癖になる味であるな!」
「だろ?あ、そういえばこんなのもあるんだけど。中に『イチゴ』っていう果物が入ってるんだ。」
今度はイチゴ大福を手渡す。
イチゴは蓬莱国にはない果物だから珍しいはずだ。
「はむっ。これは、やわらかなぎゅう肥と滑らかなあんこ、そして中心の甘酸っぱい果実の瑞々しいこと!また黒あんを濾すとは斬新な発想だな。」
「蓬莱国では確か黒あんは粒あん、白あんはこしあんだったよな。良かったら蓬莱国でも黒こしあん試してみてよ。」
「我が国が伝えた菓子をそのまま出すのではなく、このように改良していようとは。この国の技術者の情熱は素晴らしいな。」
「これは俺の元いた世界のお菓子だよ。改良や小型化が好きな人種でね。」
「『夜空の民』か。それならば納得だ。そうか、この国は背の君の伝えた文化や技術も相まって、これほどまでに発展を遂げたのだな。」
その後も和菓子に洋菓子に、甘いものを中心に食べまくった。
久遠がこれ程甘党だとは知らなかったよ。
というか、そんなに食べて腹は大丈夫か?
……ま、久遠が楽しそうだし、意外な姿を見られたからいっか。
「しかし、これは本気で造船に力を入れねばなるまい。」
昼休憩に寄った洋食屋でオムライスを口に運びながら久遠はそう言う。
和菓子に洋菓子、あれほど色々食べておきながらまだ入るらしい。
一体どこに入ってるんだよ。
「造船?」
「この国の技術は素晴らしい。商人や技術者が我が蓬莱国に来るのを待つばかりではなく、こちらからも積極的に取り入れるべきだ。そのためにも自力で背の君の国に行く力が必要であろう?」
「ああ、そういう事か。」
久遠達が自力で来れるようになったら貿易ももっと活発化するだろう。
そうなればこっちにもメリットはある。
ここは力になっておくべきだろう。
「だったら、うちの造船技術者を何人か派遣しようか?」
「それも是非お願いしたいが、ひとつ頼みがある。――船を売ってはくれまいか?」
久遠が言うには、造船の技術は勿論大切だし技術者の派遣も大いにお願いしたいが、交易に関しても思い立ったが吉日、のんびり船ができるのを指をくわえて待つ訳には行かないらしい。
なので最初の数隻を蓬莱国のためにそっちの技術者が造って売って欲しい。夫婦のよしみでひとつ頼む、ということだった。
まあ、それに関しても別に悪いことはないだろう。
金は払ってくれると言うし、売るための数隻を作っている間に蓬莱国の技術者を連れてきて教えていけば効率も良いしな。
問題はスクリューや魔石エンジンなどのパーツだが、これは本格的に蓬莱国の造船が始まってからも輸入してもらえば良いか。
他の国相手なら国家機密にすべきだろうが、久遠なら戦争に使う心配もなさそうだし。
「こっちはそれでもOKだよ。蓬莱国で製造できない部品は輸出してあげても大丈夫。」
「ありがたいこと。感謝するぞ背の君。」
……こんな大事な話、洋食屋でのんびり飯食いながら話してよかったのかな?
ま、近くにお客は誰もいないし良しとしておこう。
その後は再び街を散策し、久遠はある店で足を止めた。
「これは?」
「ああ、これはうちの特産品のひとつ、シャンプーだよ。髪を洗うためのものなんだ。」
「……花の香りが心地よいな。」
「よろしければ、中に入って試して行きませんか?」
店番をしていたジャスミンが外に出て来た。
久遠は引き寄せられるように店内へ入っていく。
俺もそれに続いた。
店は繁盛しているようで、店内は広々と、明るく煌びやかな空間になっている。
まるでデパートの化粧品売り場だな。
ジャスミンは小瓶に入った香りのサンプルを久遠に示しながら熱心に説明をしている。
開店当初よりも香りや洗い上がりのバリエーションが増えたらしい。
『こちらは髪のコシを強くしてふんわり軽やかな仕上がりになります。こちらはサラサラ感とツヤが格段に上がります!奥方様の美しさにさらに磨きがかかること間違いありません!』
しかし、シャンプーというものが初めてな久遠にはいまいちピンと来ていないようだ。
だったら、と、ジャスミンが新たな提案をする。
「お時間がありましたら、一度お試ししてみませんか?」
そう言って示した先には、美容室のようなシャンプー台があった。
どうやら特別な客やここぞという時のみに使う秘密兵器らしい。
促されるままにシャンプー台へ座る久遠。
「では、今回はユリの香りのシャンプーを使ってみますね。どうぞ、リラックスしてお過ごしくださいませ。」
ジャスミンは慣れた手つきでシャンプーをしていく。
久遠も身分的に他人に頭を洗ってもらうのは慣れているのか、さして緊張する風でもなくリラックスしていた。
「はい、出来ましたよ。さすが奥方様!見たことのないくらい美しい仕上がりです!!」
シャンプー、トリートメント、ヘアドライとすべての工程が終わったジャスミンが興奮気味に言う。
それも無理はなかった。元々美しかった久遠の髪はサラサラツヤツヤ、光を反射してキランキランに光り輝いている。
それどころか、肌までツヤが増した気がするのはどうしてだろう。
「今回は特別に、腕から下のみ石鹸も試させていただきました。さらに、顔には隣のカミラとアリスの化粧品店の化粧水と乳液を塗布いたしました。石鹸もユリの香りでそろえております。」
「これは素晴らしいな……自分で言うのもおこがましいが、これほどまでに美しい髪はそうそう見たことがない。それに髪も体も清廉なユリの香りに包まれてとても心地よい……」
「お顔もツヤが増して、美しさにさらに磨きがかかりましたよ!まるで女神さまのようです!あ、こちらの化粧水と乳液は塗って一晩おくとさらに効果が増して滑らかで艶やかな肌になります。」
「……背の君っ!このシャンプーと石鹸、化粧品をすぐに取引項目に入れてほしい!」
どこの世界でも、どの身分でも女性の考えることは共通しているらしい。
久遠も例外なくシャンプーと石鹸に食いついてきた。
でも、残念ながら大量に取引することはできない。
花の香油や保湿用の油脂は貴重で、国内限定と決めているのだ。その国内でも、『おひとり様一つまで』と張り紙がされているくらいだからな。
それでも国中の女性は寄ってたかってシャンプーや化粧品を買い求め、今も品切れの札がいくつかかかっている。
ジャスミンも申し訳なさそうに頭を下げた。
「申し訳ありません。こちら材料となる香油の生産が追い付かず、大量生産が不可能となっております。奥方様の分のみであれば特別に用意することは可能ですが……」
「香油か、よし、ならば我が国の香油をここにありったけ送ろう。それで問題あるまい。背の君、どうであろう?」
鬼気迫る様子で俺に詰め寄る久遠。
この感じ、なんか覚えがある……そうだ、姉貴が新商品の化粧品について俺に語っている時にそっくりだ。
ホント、どこの世界でも変わらないな。
「あ、ああ。わかったよ。こちらとしても蓬莱国の上質な香油が手に入るのは嬉しいし、取引品目に入れておこう。香油を輸入して、蓬莱国にはシャンプーや化粧水を輸出する。……ただ、それでも大量生産ができるようになるまで時間がかかると思う。少量ずつになるがそれでもいいか?」
「構わぬ。まずは貴族たちに使わせ評判を見たところで市井にも卸すとしよう。庶民たちは貴族の真似をしたがるものだ。これほどの効果が見込める品々なら、市井でもさぞ評判になろう。」
「私どもも、生産が追いつくように頑張ります!」
こうして、うちの特産品であるシャンプーや化粧品の輸出が決まった。