236.序列
消えた、と言っても、エレメンティオの街はまだ何も案内していない。
となると、城の中。それに「休む」と言っていたからさっき案内された来客用寝室だろう。
俺は来客の棟に行き、久遠にあてがった部屋の扉に手をかける。
ガチャッ
――鍵、それに加えてこれは結界だな。結界で中に入れないようにしている。
大陸一の結界師がまさか自室に立てこもるためにその力を発揮するとは。
もっと他に使い道があっただろ。
まあいい。どうにか説得を試みる。気分は立てこもり犯の交渉人だ。
「久遠?いるんだろ?開けてくれないか?」
「……」
「さっきのは別にクローディアの味方をしたわけじゃないよ。危なかったから助けただけだ。」
「……」
「久遠だってわかってるだろ。臣民に怪我をさせるのは王として許せないって。久遠だってそうしただろ。」
「……」
「とりあえず、声だけでも聞かせてくれないかな?」
「……」
しばらくして、小さな返事があった。
「そなたのはっきりしないどっちつかずの態度が気に食わぬ。」
「うん。」
「側室を娶ることも、正室が誰であるかもはっきりしないから、女の方が拗れるしかないのだ。王たるもの、そこははっきりさせよ。そんなもの、優しさなどではない。」
「うん、ごめんな。」
「簡単に謝罪をするでない。謝罪の前に、まずは言うことがあろうが!」
「言うこと?」
「そなたにとっての正室は誰であるのかを今ここではっきりと言うのだ。」
「……わかった。でも、そう言うことはちゃんと顔を見て言いたいから、ドアを開けてくれないか?」
沈黙ののち、カチリ、と小さな音がした。
ドアノブを押して部屋に入る。
中央のソファーには冷たい目をしてこちらをにらむ久遠の姿があった。
「開けてくれてありがとう。」
「ふん。……優柔不断な男よ。」
「ごめんって。とりあえず顔が見られて良かったよ。」
「それで?答えを聞こうか?」
「ああ。俺の正妃……ってか、俺の奥さんは久遠だけだよ。他はいらない。」
「……その言葉、嘘はないな?」
「ああ。」
「ならばあの娘はどうする?」
「ああ、クローディアは妃候補から降ろしたよ。」
「なんと、本当に降ろしたのか。」
「本人の希望もあってね。本人も、久遠と争う気は無いって言ってたよ。」
「そうか。ならばよい。」
「ただ、婚約解消で国に戻ることは王家の恥になるらしいから、この国の官僚としておくことは許してほしい。」
「もとよりここは背の君の国。国の人事にわらわが口を出すことはない。」
「それでも、久遠が嫌がるかなって思ってさ。」
「背の君は相変わらず優しい……が、その優しさはいずれ仇になるぞ。」
「仇?」
「あっちにもこっちにも良い顔をしていると、そのうち首が回らなくなる。立場あるものならば、どこかで線引きをして切り捨てる覚悟がなくてはならぬ。」
「そうか。そうだよな。よし、もう金輪際妃候補を受け入れるのはやめよう!」
「……そう言うことではなくてだな。」
久遠が呆れた表情をする。
え、違うの?妃候補が出てこない方が久遠も嬉しいんじゃないのか?
久遠はハァ、と一つため息をつくと、目の前の椅子に座るよう促した。
ひざを突き合わせた格好で、久遠がゆっくりと説明する。
「側室を娶るのは悪いとは言わぬ。子孫を残すためには仕方のないことだと弁えておる。今回はわらわに黙って別の女とことが進んでいたのが気に食わなかっただけのこと。」
「ことが進むって、あんまり進んでないからな、言っとくけど。」
「そこは問題ではない。問題は優先順位――妃内の序列がはっきりしていないことだ。かたや関係をもって長い国の姫、かたや関係は浅いが先に祝言をあげた別の国の女、同じ国であれば身分の上下や夫との関係など比べる材料は目に見えて居るが、国が違えば物差しが変わる。その中でどちらが正室に立つかは譲れぬ問題だ。妃同士で熾烈な争いを生みたくなければ、王である背の君が序列を示す必要があるのだ。わかるか?」
なるほど。今回、クローディアから見たら自分が正妃候補であったはずなのに見知らぬ国の女が突然強引に結婚した、所謂ぽっと出の横取りだ。そして久遠から見たら自分が正妃かと思っていたらいつの間にか付きまとっていた見知らぬ女。しかも結婚もしていないのに正妃気取りだ。
そりゃどっちが上かモメるわな。
今回はクローディアが折れてくれたからよかったものの、この先も同じことが起きかねない。
まあ一番の解決策は俺が側妃を取らないことなんだけど、無理やり送ってくる国もあるくらいだ。何が起こるかわからないからな。
「じゃあ、とにかく一番は久遠だろ。あとはまあ俺は側妃は娶るつもりないけど、仮にそんな話が来た時は結婚した順だな。結婚するまでは身分に応じて、か?いや、そこも先着順の方が良いのかな?」
「身分の低い一貴族の姫の後に皇族の血筋の姫が来た場合どうする?対応を誤ると他国への示しがつかぬぞ。」
確かに。やっぱり身分に応じた対応をするべきか。
ああもう、ややこしい。
「じゃあ、結婚するまでは身分に応じた序列にしよう。」
「わかった。背の君のやり方を正室として受け入れよう。ただし、新たに妃を迎え入れる時は必ずわらわに相談すること。良いか?」
「ありがとう。うん、必ず久遠に伝えるよ。隠したりはしない。」
「ならば良い。そしてそれを城の中でも徹底させるのじゃ。特にわらわは常にここにいるわけではない。通常正室の役目とはこうした側室のまとめ上げも兼ねておるのだが、残念ながら力になれそうにないからな。背の君が頑張るのだぞ。」
「うへぇ、めんどくさ。やっぱ奥さんは久遠だけで良いよ。美人な奥さんが一人いれば十分だって。」
「全く、調子のよいことを……」
口調は冷たいが、久遠の頬はほんの少し赤らんでいた。
どうやら機嫌は治ったらしい。