234.誘ってみた
「背の君の国の話もしてくれぬか?」
朝ごはんを食べ終え一緒にのんびり過ごしていると、ふと久遠にそう言われた。
そういえば、蓬莱国について聞いてばっかりでエレメンティオのことをあまり話さなかったな。
手紙でも久遠は国の様子についてたびたび書いてくれていた。
主に季節の花の移ろいや宮中の出来事、人づてに聞いた市井の出来事など、過激でない程度に面白おかしく書いてくれて読んでいて楽しかった記憶がある。
それに比べて俺は文章、特に手紙は苦手だ。何を書いたら良いかわからないし、ついありきたりなことをぶっきらぼうに書いてしまう。
久遠のように日常のちょっとしたことを面白く書く才能など俺にはなかった。
だから、エレメンティオについてもほとんど書かなかったのだ。
「確かに、エレメンティオのことについてあんまり言ってないよな。」
「ここは船の技術も発達しておらぬし、商取引もすべて来てもらっているから商人たちからも背の君の国について聞くことが出来ぬのだ。輸入した品々のすばらしさについてはよく耳にするが。背の君の暮らす場所はどういったところで、どんな暮らしぶりをしている?」
俺はエレメンティオについて話した。
せっかくだから最初から話したほうが良いと思い、俺とロベルトさんたちの出会いから世界樹、ライアの出現、森を開拓し、畑を作り暮らし始めたこと、鬼人やエルフやドワーフなどの仲間が徐々に増えていき、暮らしぶりも楽になっていったこと。ひょんなことから水の大精霊アクエラ様、大地の大精霊ガイアス様、風の大精霊エアリス様、炎の大精霊イフリート様から加護を授かることになり、一気に発展したこと。
魔王との出会いと食人問題について。村の全員の力を結集して『レトルト魔豚』を開発し、人魔大戦が終結に向かったこと。
その功績を称え俺たちの村が国として認められ、『精霊王国エレメンティオ』が誕生したこと。
今はいくつかの他の国と国交を結び、国外の素晴らしい技術や物資が入ってきて賑わいを見せていることなど、出来るだけ細かく話した。
結構な長い時間話してしまったが、久遠は終始興味深そうに聞いてくれた。
「――でさ、ついこの間音楽院と歌劇場ができて、今うちの国では音楽ブームなんだよ。」
「そうか。良いな。一度で良いからこの目で見てみたいものだ。」
「そうだな。いつか久遠にも案内したいな。『ヴェップ温泉郷』っていう場所があってさ、偶然って言うのが正しいかはわからないけど、蓬莱国の建物や文化に似た場所があるんだ。温泉地だからゆっくり羽も伸ばせる良い場所だよ。」
「ふふふ、背の君と一緒に行けるとしたら夢のようであるな。」
っていうか、普通にくればいいんじゃないか?
何なら今から。俺はこれから帰る予定だし、龍車に一緒に乗る形で良いならいくらでも連れていくけど。
「なんなら、一緒に来るか?今度は久遠がエレメンティオの視察に行くってことで。」
俺の提案に、久遠は驚きの表情を見せる。
しかし、静かに首を振った。
「せっかくの誘いだがそれはできぬ。わらわはこの国を離れてはならない決まりとなっている。」
「え、なんで?」
「この国の結界を張っているのがわらわだからだ。」
聞けば、大陸中に張られていた侵入者防止の結界、あれはやはり久遠のものだった。
しかも、道具や他人の補助もなしにたった一人で張っているという。何百年間も。
「わらわはこの国の結界の支点、結界師でもある。よってわらわがここから離れるわけにはいかぬ。結界が揺らいでしまうからな。」
「他の人に代わってもらうことは……?」
「無理だな。わらわの結界に寄せられるものはこの大陸には存在しない。」
「……魔力量から考えて、奥方様はウォルード大陸の魔王と同じくらいの強さだと思いますよ。あるいはもっと上か。この大陸に同等の気配を持つ存在はいません。昨日の悪羅王ですら、奥方様には及びません。」
ミアガリアが小さな声で俺に伝える。
おい、まじかよ。魔王以上って。
実力者だとは思っていたけどそんなに強かったのか!?
以前魔王と拮抗したという話は聞いたことがあるが、まさかたった一人で魔王を凌駕していたとは思わなかった。
てか俺、魔王レベルの人と結婚したのか!?
先に言えよ、そういうことは!
……まあいい、相手が魔王レベルだろうと何だろうと俺自身は何も変わらないのだから。
それよりも、問題は……
「じゃあ、ずっとここから出られないのか?」
「それも宿命。もとより覚悟のうえでこの座に着いたのだ。」
うーん、一生この国から出られないって言うのはかわいそうだな。
特に妖狐という種族は寿命も長そうだし、さぞかし退屈しているだろう。
できることなら俺たちの国を見せてやりたいけど……。
あ、そうだ。
「じゃあ、久遠がここを離れている間、うちの龍を派遣しようか?」
「龍?」
「龍族の結界ならたぶん久遠の結界を凌ぐ威力だろうし、侵入者にも敏感に気づくよ。勿論対処も任せて大丈夫。俺もいつも任せきりだからな。」
「しかし、大切な臣民を置いて……良いのだろうか。」
「龍族がここの国の人たちに危害を加えることはないと保証するよ。なんてったって、奥さんの国なんだから。」
「……背の君っ!」
いきなりガバッと飛びついてきた。
両腕とモフモフの尻尾でがっちりホールドされる。ぐ、ぐるじい”……!!
「我が背の君、ここまでわらわのことを想ってくれていようとは……!わらわはどこまでも背の君についてゆく所存……♡」
「わ、わかったから、ちょっと離れて……」
ようやく解放される。はあ、窒息死するかと思った。
話がまとまったところで、早速ミアガリアに応援を呼んでもらう。
呼ぶのはイリューシャが良いだろう。なんてったって、結界は風系統の魔法。風龍の結界なんて最強じゃないか。
「承知しました。」という言葉と同時に、深紅の炎が燃え上がる。
そしてミアガリアはいなくなった。
畳が燃えないのが不思議だが、まあ龍だから特殊な炎を出しているんだろう。
数分もたたないうちにミアガリアは戻ってきた。隣にはイリューシャもいる。
久遠に挨拶を済ませ、俺からの説明を聞く。
概要は既にミアガリアから聞いているらしい。
「お安い御用ですよー。存分に羽を伸ばしてきてください。」
何ともかるーい感じで了承され、久遠は若干不安そうな顔をしている。
「言葉は軽いけど、うちの龍たちの中でも特に優秀だと思うよ。」
「……この大陸で龍種は見たことがない故一抹の不安はあるが、背の君がそういうのなら。」
「龍ってこの大陸にいないのか?」
「少なくともそのような存在は聞いたことがないな。」
「確かに、このあたりって龍の管理地がないんだよねぇ。あ、でも、この大陸をずっと南に行ったところには水の大精霊の宮殿があるはずだよ。」
「アクエラ様の?」
「そう。まあ数ある居場所のうちの一つって感じですね。」
「神々が実際に目の前に現れるとは……いつかお会いしてみたいものよ。」
「まあ、そういうわけで神の使いである龍は相当な力を持っているから、留守を任せても大丈夫だよ。じゃ、イリューシャ、頼んだよ。」
「はーい。行ってらっしゃいませー。」
それから大急ぎで旅の準備を済ませ、留守の間を関係各所に任せ、急ぎの仕事を片付けた。
どうやら夜空の民の末裔たちは仕事が丁寧で迅速らしく、急な久遠の旅立ちにもきちんと対応して見せた。
冷静さと仕事熱心さ、ついでに残業上等の社畜精神は日本のやり手サラリーマンを彷彿とさせる。
ともあれ、彼等のおかげで旅の支度も終え、俺と久遠、世話係の女性と護衛の氷雨が龍車に乗り込み、蓬莱国を出発したのだった。