233.昼ドラ的展開?
突然聞こえた怒号。
それと共に、空はどんどん暗くなり、ゴロゴロと雷のような音が聞こえる。
雷雨にしては急すぎる。
これは自然現象ではないよな。
「これは……」
「久遠、これは一体……」
「くおぉぉおおおんんん!!!!!」
ドオォォオオン!!!
眩しい光と爆音とともに、目の前に大きな雷が落ちてきた。
「うわっ!」
思わず目を瞑る。
怖々と薄目を開けると、雷の落ちた場所からゆらりと立ち上がる黒い人影があった。
赤黒い髪に朱を帯びた肌。目は鋭く釣り上がり、口も裂け気味、大柄な体にはド派手な着物と毛皮を纏い、何よりも目立つ大きな角と牙。
「久遠!これは!?」
「なぜそなたがここに居るのだ?」
久遠が冷たい目で目の前の大男を見やる。
どうやら知り合い?そして話しかけてるってことは魔物ではないということだ。
「久遠、この人一体誰なんだ?」
「こやつは悪羅王。先刻話した、魔物共の元締めだ。」
「久遠!その男は何だ!?貴様、俺様との約束を違えたか!?」
「約束とは?」
「忘れたとは言わせんぞ!五百年前、俺様の嫁になると貴様は約束したではないか。」
はい来ました。昼ドラ的展開。
元カレがやってきて暴れるパターンな。
ってか、久遠って悪羅王と付き合ってたのか?人族と魔族で敵対関係にあったんじゃないのかよ。
久遠は相変わらず冷たい視線を送りながら淡々と言った。
「約束を違えたわけではなかろう。あの日、わらわに求婚したそなたに対してわらわはこう言ったのだ。『魔族が今後人を襲わないと約束し、守護者たるわらわの役目が終わったときにはそなたの想いにこたえよう』と。そして『共存を望まぬ魔族や魔物を参ノ島に連れて行き悪羅王が管理すること』を条件に出した。ところがどうであろう。未だに魔族、魔物の残党が時折現れては村人を襲っているぞ。そなたの威光が及んでいないのではないか?わらわは弱き男に興味などないわ。」
説明してもらったところによると、悪羅王率いる魔族と久遠が守護をする人族の戦争は大昔から続いていた。
しかし五百年前、初めて久遠の姿を直に見た悪羅王は見事に久遠に惚れてしまう。
戦争も手につかず求婚したところ、久遠が言ったような条件を出されたということだった。
敵の大将をも一目で落とす久遠の美しさ、恐るべし。
「くっ……そ、それならその男はどうなんだ!?貴様がそこまで言うくらいだ。よほどの強者であろうな!?」
「え、俺?」
いきなり振られてびっくりしたが、とりあえず俺は強者ではないな、うん。
だが俺が口を開くよりも先に久遠が答えた。
「勿論だとも。背の君は西の大きな大陸の魔王と対決をし、見事打ち負かし戦争を終結させた。そして他を圧倒する技術力で国民にはもちろん、他国からも慕われている真の王だ。」
「なん……だと……!?」
久遠さん、なんか色々認識間違ってるぞ?
魔王を打ち負かしてなんかいないし、他を圧倒する技術力もほんの一部だけでまだ全然追いつかないところも多いし、他国から慕われてるというよりは相互に協力しようねって感じで……とにかく間違いしか言ってねえ。
「くそっ、それなら、貴様!俺様と勝負しろ!!俺様を倒すことができれば真に力のある人間だと認めてやろう。無論、こちらは殺す気で行くからな。下手に手を抜こうなどと思うな!」
凶悪な目つきで俺をにらみ、距離を取って構えだす悪羅王。
再び空には稲光が出現する。
わー!落ち着け!お前この大陸の魔王だろ!?ただの人間相手に殺す気でとかまじヤバいから。
てか、どうしてこうなった?
混乱する俺の横にずい、と出てくるのは獰猛な目をした久遠だ。
「ほう?背の君に手を出すということはわらわと敵対するということだが良いのか?」
「はっ!久遠、貴様も出るのか。惚れた女だからと言って容赦はせんぞ。長年の決着、今ここでつけてやる。」
「おもしろい、返り討ちにしてくれるわ。」
なんで二人はノリノリなんだよ!?
ここで戦争が再び勃発するって、どう考えてもだめだろ。
何とか止めないと。えーーっと……。
「陛下。ここはいよいよ、『アレ』の出番かと。」
いつの間にか隣に来ていた護衛係のミアガリアが俺にそっと耳打ちする。
「『アレ』って……」
「シリウス殿と練習なさっていたので、もう十分使えるはずです。まさにこの場で使うべきですよ。」
「そ、そうか。じゃあ、やってみるよ。」
「奥方様の護りは万全にしておきますので、全力でどうぞ!」
よし。
覚悟を決めて前に出る。
「久遠、下がってて。俺がやるよ。」
「背の君……」
「ほう、貴様、なかなかの気骨だ。よかろう、貴様から消し炭にしてくれる!」
言うが早いか、悪羅王の手から巨大な火の玉が俺に放たれる。
しかし俺に魔法攻撃は聞かない。
すべて吸い込まれるようにして消えていった。
「何っ!?」
ただの人間に魔法が吸い込まれたのを見て信じられない様子の悪羅王。
俺にも理由はよくわからんが、こっちはいつの間にかチートな体になってんだ。
「今度はこっちの番だな。」
今こそ使うべき時、練習してきた『アレ』こと、『威圧』を行使するときだ。
俺はシリウスに教わったことをイメージしながら全力の『威圧』を悪羅王にお見舞いする。
魔力を滲ませ、練り上げ、一気に前方へ放出する!
くらえ、俺の威嚇のポーズ!!!
……ポーズは必要なかったかもしれない。
練り上げられた魔力は一気に悪羅王へと放出された。
その勢いに悪羅王は立つこともままならず膝から崩れ落ちる。
濃すぎる魔力は人間にとって毒になる。さらに濃縮されれば、やがては魔族すら蝕む毒となる。
悪羅王も放たれる重圧に耐えきれずかなりきつそうだ。
「ぐっ……これほどの……力を……!」
「背の君、その辺で手を打ってはくれぬか。」
久遠が俺の服をちょいちょいとつまんでそう言う。
「久遠……貴様……!」
「別にそなたのためではない。背の君よ、こやつのことはどうでもよいが、こやつが死ぬと参ノ島の治安が乱れ、本土にも影響を及ぼす。しょうもない男だが必要な人材なのだ。」
ひどい言いようだが、悪羅王がいなくなるとまずいらしいのでこの辺でやめておこう。
別に苦しめたいとか殺したいわけじゃないしな。
「……くやしいが、これほどの力、認めざるを得ない。だがしかし!俺様も自分を鍛えなおしておく!うかうかしていると久遠を攫って行くから覚悟しておくのだ!ではさらば!!」
動けるようになった悪羅王はそう言って俺に指を突きつけると、あっという間に空のかなたに消えていった。
こういっちゃなんだが、同じ魔王のはずなのにガルーシュに比べて小物感が強い。
ガルーシュはもっとこう、威厳と落ち着きがあったと思うんだけど。
ガルーシュは歴代魔王の中でも珍しい穏健派の魔王と言っていたし、寧ろあっちが少数派なのかな?
「それにしても、背の君は一体どうなっておるのだ?覇気だけで悪羅王を下すなど、到底出来ることではないぞ。」
「まだ未完成ですが、なかなか良い出来でした。訓練を積めばさらに研ぎ澄まされていきましょう。」
「俺も自分でびっくりなんだけど、あんな威力出るもんなのか?それで、ミアガリア、今のも未完成だって?」
「はい。まだ完成とは言い切れません。しかし、龍四体分の魔力をうまく混ぜ合わせ伝えることができれば、あのように力まずとも魔力波を出すことができます。」
「なるほどな。まあ威力が強すぎるとアレだから今後は威力調整の練習だな。」
今のままじゃ、強すぎて人間相手にうっかり使ったら相手が死んじゃいそうだもんな。
まあとにかく、危機は去ったということで。
「圧倒的な強さに加えてさらに高みを目指すその姿勢……ふふふ、わらわは背の君のことがますます気に入った。お慕い申し上げまするぞ、背の君♡」
そう言ってピトッと俺の背中にくっつく久遠。
おおう、どうしたいきなり。
ああ、魔族だから強いものに惹かれるのか。
俺に惚れ直してくれたってこと……で良いのかな?
「あ、ああ、そうだ、そろそろ帰ろうか。みんなも心配しているだろうし。」
「そうだな。帰ってゆっくりするとしよう。……夜は長いゆえ。」
「え、なんか言った?」
「いいえ、何も。」
俺達のお忍び旅行は幕を閉じた。
その夜、久遠が俺の寝所に忍び込んできたのは言うまでもない。