231.妙に現代的なのができた
秋の最後の収穫も終え、冬のための備蓄も順次出来上がり、冬ごもりに向けて備えている。
いつの間にか肌寒い初冬の真っただ中になった。
例年通りなら、あと二週間もすれば雪が降り始めるだろう。
ここは雪に埋まるというほどではないが、毎年三十センチくらいは積もる。
家屋の屋根や牧場の柵等を補強しておかねば。
各々が手分けをして不安な箇所の補修をしている中、とうとう音楽院と歌劇場が完成した。
音楽院は王都の学校のすぐ近くに建てられた。外観デザインも学校に寄せてある。
完成してすぐ多くの見習い音楽家が使い始め、学内は様々な音を奏でている。
防音完備の練習室に、理論を学ぶ教室、演奏会の練習やリハーサルを想定した大部屋や小劇場も併設されている。
教育環境が整ったということでトリノ公国の指導者たちにもますます熱が入り、毎日厳しい練習が行われているらしい。
何となく、レティシアやエスメラルダの辛口授業を思い出す。
……未来の音楽家諸君、心折れずに頑張ってくれよ…………。
次に歌劇場を視察に行った。
「これはまた豪華だな。」
広場の目の前に建てられた歌劇場は、荘厳で煌びやかな外観で他を圧倒している。
いくつもの柱やアーチ状の梁など、どことなく神殿を思わせる見た目だ。
ステンドグラスも早速導入し、キラキラと色鮮やかに光を反射している。
外観で言うなら、何よりのポイントはいたるところに取り付けられた魔導ランプだろう。
街灯に使われている柔らかな乳白色のランプは夜になると煌々と歌劇場を照らす。
美しい建物はこの世界に数あれど、ライトアップする建物はここだけなんじゃないか?
俺達の新しい観光名所として大いに存在感を表してほしい。
中もトリノ公国で見たあの豪華絢爛なつくりを参考にしてある。
高い天井、彫刻に壁画、シャンデリア。城にも勝るとも劣らない素晴らしい作りだ。
座席はシルクスパイダーたちの作ったベルベット生地だ。
フランカに蜘蛛の洞窟に転移してもらい、シルキィ監督に生地のサンプルを見せて作ってもらった。
一般人が見たらあんな恐ろしい場所に子どもひとりで……なんて思うかもしれないが、フランカは友達の家に遊びに行くような気楽さで、シルキィと食べるお菓子を持って元気に飛んでいった。
まあ、フランカからしたら蜘蛛の洞窟は文字通り友達の家だからな。
それに一応イリューシャに見張らせてある。心配はいらないだろう。
イリューシャは今やフランカの対魔物外交の護衛役としてお馴染みの存在だ。子どもの扱いが上手なイリューシャにフランカもよくなついていると思う。
以前、ドワーフの長に貰った神器の中の一つ、『大地の呼び声』もフランカに渡してある。
これは真っ白い小さな角笛で、これを吹けば契約者を瞬時に召喚できるという魔道具だ。
フランカが魔物に襲われたときに助けが呼べるよう、イリューシャを契約者にして仕事の際はいつも持たせている。
ともかく、彼女とシルキィたちのおかげで深紅色の上質なベルベットをゲットできた。
会場には幕やライトのほか、ミラーボールや色付きのスポットライト、スピーカーなどの音響設備も完璧だ。
音響設備はエルフの発明チームに頑張ってもらった。
普通は冒険者や騎士の体力や魔力を上昇させる増幅魔法を応用し、声を増幅する魔法を開発。それを魔道具にあと仕込んだ拡声器がマイクだ。地球のマイクと違うのは、スピーカーを通さずとも声そのものが大きくなることだな。
マイクだけだと席によって音が小さい場所があったので、それを埋める形で拡声器の音を転送するスピーカーを置く。
これで前でも後でも二階席でもよく聞こえるはずだ。
ライトも色だけでなくレーザー、点滅など切り替えが可能になっている。
これも発明チームの努力の賜物だ。
外見はオペラの歌劇場だが、設備的にはライブ会場に近い。妙に現代的なものができてしまった。
歌劇場でライブ……若干ちぐはぐな気がしないでもないが、すでにできてしまった後だ。
これで良かったんだと自分に言い聞かせる。いいじゃん、楽しそうだし。
歌劇場のこけら落とし公演として、セイレーンのメルのソロ公演が行われた。
トリノ公国の音楽隊の協力を得て伴奏を担当してもらっている。
チケットは瞬く間に完売した。当り前だが身分による制限はない。
美しい建物に入るということで、公演を見に来る人は精一杯着飾ってやってきた。
俺は王様ということで一番眺めも音響も良い貴賓席に通された。
メルの大舞台ということでトリトン王も招待している。
金の刺繍のされたゆったりとした服に身を包んだトリトン王はその威厳とオーラのせいもありとてもこの場所が似合っている。
公演は大成功だった。
メルの歌は聞く者の心を震わせ、悲しい歌、喜びの歌、軽快な歌、しっとりした歌、様々な歌で聴衆を虜にした。
『遠視機』で外の広場や各街にライブビューイングを行ったせいもあり、国中がメルの歌に酔いしれ、興奮冷めやらぬという感じだった。
「うむ。相変わらずこの娘の歌は素晴らしい。そしてセイレーンの歌が人間から喜ばれる日が来るとは……感慨深いものだな。」
「今やセイレーンの歌はこの国にはなくてはならないものだ。忌み嫌う人間なんていないさ。」
トリトン王は満足そうに微笑み、大きく頷いた。
こけら落としは翌日のニュースでも大きく取り上げられ、ライブビューイングを見た街の人々はこぞってその話をし、この国の音楽に対する関心はますます高まった。
翌日からもセイレーン族をはじめトリノ公国の演奏家や声楽家、吟遊詩人が毎日のように公演を行っている。
チケット代もそこまで高額には設定していないので、たまの贅沢として一般庶民もやってくる。
そのうちワンマンショーだけじゃなくて合唱や演劇、オペラなんかも取り入れてもいいかもしれない。
ともあれ、この国の音楽事業のはじまりとしては最高のスタートを切った。
芸術関連で言うと、美術館も作ってみた。
城の宝物庫には金銀財宝が結構たまっている。
というのも、ドワーフの職人たちが作品をつくるものの、買い手がいなくて俺に売りつけようとするからだ。
まあ中には献上するというドワーフも多いが、グレゴールのように特に宝飾品や高価な工芸品を作るドワーフに多い。
あとはヴェンデリン達が作った彫刻、バルタザールの宝剣、『荒野の迷宮』で集めた魔物の素材なんてのもあるな。
彼等にも生活が懸かっているし、日ごろあれやこれやを作れと頼んでばかりというのも悪いのでなるべく買い取るようにしている。向こうもかなり価格を抑えてくれているようだしね。
城のギャラリーに飾るというのもあるが、こまごましたものは結構宝物庫に押し込んでいたりする。
とまあ、溜め込むだけ溜め込んで倉庫の肥やしにするのもあれなので、いくつかは美術館に展示して、入館料でも取った方が経済が回るのではないかと思ったのだ。
歌劇場に負けず劣らず立派な美術館だ。
早速展示品を運び入れる。
…………展示品の数が、全く足りませんが?
美術館の広さを見くびっていた。区画二つ三つ分で宝物庫が空になってしまった。
はあ、まあしょうがない。少しずつ補充していこう。
開館はまだまだ先の話になりそうである。