228.おもてなし作戦
無事にトリノ公国からエレメンティオに帰ってきたわけだが、ゆっくり休んでいる場合ではない。
城に帰ってくるなりサラから言伝があった。
「オルテア王国の国王が陛下と会談の場を持ちたいとおっしゃっています。」とのこと。
さらにほとんど同じタイミングでスラウゼン公国からも会談の申し入れがあった。
この二つの国は『三国街道』でつながっていて、交通や流通の面でも重要な国々だ。
喜んで会談に応じたい。
……まてよ、せっかく両方の国とも会談を行うのであれば、三か国が話し合う『三国首脳会談』を設けるのはどうだろう?
もちろん個々にも行うが、『三国街道』の構想を練った時みたいに、また三か国が協力してできる何かが生まれるかもしれない。
早速両国王に手紙を出す。
ええと、オルテア王国が『転移の水盆』で、スラウゼン王国は『転移の小箱』で、と。
今更だけど、連絡を取る道具が国によって違うから若干ややこしいんだよな。
この二つの他にもトリノ公国の『連絡水晶』、シュタイル王国の『転送の銀板』、蓬莱国の『転移燈台』がある。
「何とかならないもんかね……。」
「お困りごとですか?陛下。」
俺の声を聞いてすぐさま寄って来たのは、ちょうど部屋にいたミアガリアだ。
ピシッと綺麗な直立の姿勢で俺の目をまっすぐに見つめる。
いつも通りお堅い奴だ。イリューシャと並ぶとその差が凄い。
「これさ、用途や使い方はほぼ同じなんだけど、国によってモノがバラバラなんだ。いちいちどれがどこ宛てで、って考えるのが面倒だなと思って。」
「それでしたら、一つにまとめてしまいましょう。」
「できるのか?」
「火龍である私は『変質』の力を司りますからこのくらいは容易いことです。」
そういえば魔族に卸す魔豚もサラマンダーの『変質』の力で良いところを統合したんだっけ。
より上位の種であるミアガリアには簡単なことだ。
ミアガリアは全ての転送系魔道具を集めると、手をかざして光を放つ。
魔道具たちはぐにゃりと溶け出したようになり、一つへと統合されていった。
「できました。」
「これは――鏡だな。」
統合された転送系魔道具は銀色の脚付きの鏡の形をしていた。縁の繊細な細工が美しい。
しかし、鏡面はガラスではなく水のような液体だ。縦においてもこぼれることはなく触るとひんやりと冷たい不思議な感じのものが鏡一面に満ちていた。
「使い方とかって、同じなのか?」
「この鏡面が転送の役割を果たすようです。手紙をここに入れ込めば相手に届きます。また、水晶の要素を取り込み相手とその場でやり取りをすることも可能です。その場合は鏡面に顔が映ります。」
「おお、すごいな!ありがとう、助かったよ!」
「は!お役に立てて光栄に存じます!」
だから堅いって。
ミアガリアは「では、私はこれで」とお辞儀をすると大股で去っていった。
何はともあれ、これで国を気にせずにやり取りができるな。
気を取り直して、両国に手紙を転送しあとは返事を待つのみ。
しばらくして、鏡の面から手紙が浮かび上がった。
おお、便利だな。問題なく使えそうだ。
『転移の水鏡』と名付けよう。
会談の誘いは二人とも大賛成だった。
早速シリウスも含めて細かい調整をしていく。
開催国はエレメンティオ、時期は来年の春。
トリノ公国の時とは逆で俺が両国の王様をもてなす形になる。
これはますます改革を頑張らないとな。
そういうわけで早速改革開始だ。
名付けて『三国会談おもてなし作戦』。
改革の大きな柱は
一、料理の幅をさらに広げる
二、ガラス工芸と陶磁器の生産拡大
三、芸術面の強化
この三つを中心とする。
このうち工芸や芸術関連は指導者がいないと俺たちだけではどうにもならないのでトリノ公国からの技術者派遣を待つ。
今できることは料理改革だな。
ディアノイア公曰く、エレメンティオの料理は他国でも有名になっているらしいし、それ目的でやってくる旅人もいるだろう。
ここらで国としての強みになるようにもう一段階ステップアップしておこう。
早速関係各所に連絡。国中の料理人を集める。といっても、全部一遍には集められないからそこは順番にだ。
集めた料理人たちは当たり前だが田舎料理風の洋食店が多かった。
ここらで違うジャンルの料理も広めておこう。
せっかく和食をこの前広めたばかりなんだし、洋食・和食・中華の専門店があっても面白いかもな。
逆になんでも出せるファミレスみたいな店もあってもいいかもしれない。
ちなみにこの世界では食堂のメニューは決まったものしか出せないというのが暗黙の了解だ。
肉料理の店は肉料理だけ、魚料理の店は魚料理だけ、その他の食堂も申請した料理だけ。勝手に新メニューを販売することは禁じられている。
だが、そんな誰が得するかもわからないルールはさっさと捨ててしまおう。
この国ではどの店がどの料理を作ってもよし、アレンジ・新メニュー大歓迎。これで行こう。
料理人の数も増やしたいので、希望するものや料理の才能があるものをスカウトして集めていった。
『職業斡旋所』の敏腕社長兼斡旋係・マクシムの見立てに間違いはないからな。
「ええ!?あっしが料理を!?」と本人も驚くような人選もあったが、結果的に間違いでないと知るのにそう長い時間はかからなかった。
アヤナミをアシスタントに、集まった料理人たちに作り方を説明しながら次々と作っていく。
とはいっても俺も『賢者の書』を見ながら見よう見まねで作っているだけだけどね。
いいんだよ、何となくの作り方さえ覚えてもらえれば。料理そのもののクオリティーをあげるのはプロである彼らの仕事だ。
ハンバーグにオムライスにグラタン、コロッケにメンチカツにエビフライ。グラタンやクリームシチュー、各種パスタなどは既に似たような料理があるから覚えも早かった。
魔王国との取引が始まってから豊富な種類のスパイスが手に入るようになったから、アヤナミに頼んでカレーの研究もしてもらっていた。なのでついでにカレーも伝えておく。
数日かけて洋食グループへの指導が終わった。
あとはそれぞれの店で工夫を凝らして頑張ってくれ。
次は和食グループ。
これは以前ヴェップ温泉郷の料理人たちに教えた分があるから比較的楽だ。
前回教えた定番料理のほかに、お酒に会うであろう居酒屋メニューやおでんなども教えていく。
というか、今の『酒場』といえば酒と干し果物や干し肉などちょっとしたおつまみ程度しか出さないが、料理をたくさん出す『居酒屋』があっても良いんじゃないか?
希望者を募ると「やってみたい」というものがちらほら現れたので試験的に試してみよう。
居酒屋メニューは手間もかからずアレンジがきくところが魅力の一つだ。基本の作り方といくつかのアレンジ例を出してあとは店ごとに任せよう。
あとはラーメンやエビチリ、ギョーザなどの中華料理のグループにも手ほどきをしていく。
ここ最近毎日のように大量の料理を作っているな。
超有能アシスタントのアヤナミは俺がやりたいことを瞬時に把握してくれて、下準備や道具の提供など細かいところをサポートしてくれる。
同時にあとで自分も教えられるように覚えてるんだからすごいよな。
ジーク特製の鉄製中華鍋は結構重い。スピードが命の中華において中華鍋は常に動かしておくと言っても過言ではない。
当然、ひどい筋肉痛になった。
アヤナミの疲労回復水、まさか料理で使うとは思いもしなかったよ。
そして、料理人を目指すすべてのものに地球の料理を伝え、各自で試行錯誤を重ねること数カ月。
エレメンティオには王都をはじめ様々な街に洋食屋、和食屋、中華料理屋など、様々な料理の店が誕生した。
メニューの豊富さを生かす店、蕎麦屋、ステーキ屋など、一つの種類に様々なアレンジを効かせて勝負する店、ここでしか食べられないメニューもある居酒屋を経営する店と、店自体のバリエーションも増えてきた。
当然、競合する店が増えるということは客の取り合いも激しくなる。
それぞれの店主は生き残りをかけてアイディアを絞り、腕を磨いていった。
地球のメニューともともとこの地に根差す料理の融合など、独自の発展も遂げた。
その結果、精霊王国エレメンティオの料理レベルはこのエルネア世界で他を寄せ付けないものとしてその存在を確立したのである。