227.持ちつ持たれつ
長いようで短いトリノ公国滞在も今日が最終日。
今日はいよいよディアノイア公との会談がある。
大国との会談、少しの不安を抱えながらも気合十分で足を運んだ。
「昨日は熱心に視察をされていたようで。なにかお眼鏡にかなうものはありましたかな?」
「いやぁ、どこもかしこも素晴らしかったですよ!さすがは三大国の一角ですね。うちとは発展のレベルが違います。特にステンドグラスやその他ガラス工芸は興味深かったですね。」
「ほう。ステンドグラスをご存じでしたか。あれは最近広まりつつある技法でしてね。この王都が発祥なのですよ。今王都ではガラス工芸に力を注いでいまして、質ももちろんですがまずは職人の数を増やして全体の底上げを図るべく布教に取り組んでいるところなんです。国からの補助金も出てます。」
「素晴らしい取り組みだと思います。うちも習いに行きたいくらいですよ。」
「おや、でしたら相互技術提供の一環としてエレメンティオからも職人見習いを寄こしてはいかがですかな?代わりにうちも……そうですね、農業や料理といった分野で教えを乞うことができればと思います。」
「いいんですか!?是非お願いします!!」
「勿論ですとも。こちらにも旨味のある話ですからね。ケイ殿、あなたはエレメンティオの技術や発展の度合いを少々下に見すぎているようです。農業や料理、魔法研究など、あなた方の技術は世界でも素晴らしいものとされています。自国を誇り、有効なカードとしてアピールするのも外交の一つの手ですぞ。」
「これはこれは、おっしゃる通りです。ご指摘ありがとうございます。」
「いかんいかん、若者に説教をしたがるのはどこの国の年寄りも同じですな。どうか聞き流してください。」
はっはっはと笑うディアノイア公。
そうは言っても、ディアノイア公の言うことは正しい。
自国のために他を勉強するのもそうだけど、自国の技術をうまく使って外交のカードとしなければ相手の良いようにされてしまうだけだ。
説教と本人は言うが、俺のことを考えての心からの忠言なのだろう。ありがたいことである。
そうして二か国は次の使節団を交換し合うことに決まった。
次は期間を長めに取り、俺達はガラス工芸や娯楽施設について、トリノ公国は農業や料理、魔道具についてしっかりと学ぶ。さらにトリノ公国から楽器演奏家や歌い手、作曲家などを派遣しエレメンティオの音楽家育成に一役買ってくれることになった。音楽家たちも、国外からもオファーが来るのは願ったり叶ったりらしい。
「さて、ここで一つご相談があるのですが。」
改まった態度でそう切り出すディアノイア公。俺も自然と背筋が伸びる。
何だろう?なんかやらかしたっけ?
「どうしたんですか?」
「実は、私自身そろそろ魔族領に手を出すべきかと考えているんです。」
「ええっ!?」
予想外の言葉に思わず大きく反応してしまう。
せっかく人魔大戦が終結に向かっているのに、また兵を出すというのか?
温厚そうなディアノイア公、一体どうしたんだ?
そんな俺を見てディアノイア公は「いやいや」と首を振る。
「もちろん、『手を出す』とは『兵を出す』という意味ではありませんよ。」
「あ、なんだ。びっくりした……」
「ははは、さすがにそこまで愚かではありませんよ。――我々は、魔族領との交易を考えているのです。」
魔族領の特産品は主にコーヒー、カカオ、そして各種香辛料だ。
コーヒーもカカオも最初は魔族だけが好む苦い薬としての扱いだったが、ガルーシュ王との協議の結果立ち上げた『二か国合同研究チーム』によって地球のエスプレッソやブラックコーヒーと言った味の違いを楽しめるまでになった。
魔族領では、伝統的に飲まれていた煮だしコーヒー(あの超苦い奴だ)のほか、エスプレッソやブラック、カフェラテなどを楽しむようになった。
うちの国でも魔族領から輸入したコーヒー豆を使って各種コーヒーを入れている。コーヒーや紅茶を出すカフェなんかも開店させた。
カカオは相変わらず苦いが、大量の砂糖とミルクを入れることにより今や美味しいチョコレートが作られている。これはエレメンティオの特産品だ。
香辛料はエレメンティオでもお世話になっている。胡椒以外の香辛料はほとんど魔族領からの輸入に頼っていると言ってもいい。
各国の使者にもコーヒーは出しているし、香辛料の話もしている。
今回、トリノ公国はコーヒーと貴重な香辛料を魔王国から輸入したいと考えているらしい。
「……しかし、正直に言ってまだまだ一般人から見る魔王国の印象は良くありません。なにせつい最近まで人類共通の敵だったのですから。魔王国と取引をしたところで向こうに行きたがる商人はいませんし、魔王国とやり取りがあるというだけで敵対的な目を向けられることも少なくありません。」
「まあ、一般市民の気持ちもわからなくはないですね……」
部外者だった俺だってイメージだけで魔族領に住む全員が恐ろしく思えた。
実際に戦争をして敵としての姿を聞いたものならなおさらだろう。『食人撤廃宣言』があったからと言ってそう簡単にわだかまりが消えるわけじゃない。
事実、魔王ガルーシュは未だに人間の傭兵が魔王国領内に入ってもめ事を起こしているとこぼしていた。
「つきましては、貴国にはトリノ公国と魔王国の間に入っていただきたいのです。」
「間に、といいますと?」
「我が国が求める積み荷の量を帰国に通達します。貴国の商人にはそれを代行で仕入れていただきたいのです。そしてエレメンティオにて我が国との取引を行う。それならば『これはエレメンティオで買ったもの』と商人たちも言えるわけですな。貴国の商人を手足にしてしまうようで申し訳ありませんが、一つご検討いただきたい。勿論、輸送費とその他諸々分は上乗せしましょう。」
なるほど、つまり魔王国には誰も行きたがらないし、「魔王国で買ったもの」なんていうと誰も買いたがらないから、俺たちを間に挟んでワンクッション置くわけだな。
まあ言ってしまえば産地偽装みたいなもんだ。
俺達は別に問題ないけど、問題は魔王国だよな。
特産を売るなら国のブランド戦略として名前を売りたいと思うだろうし、それを俺たちの手柄にするのは面白くないだろう。
「俺達は構いませんが、ガルーシュ王に確認を取る必要があります。特産品をエレメンティオ産ととられる行動をするのは気分が良くないでしょうし、それが原因で今の関係に亀裂が入るのは避けたいので。」
「それについても間を取り持っていただくことは可能で?」
「いいでしょう。その代わり、一連の流れに対する仲介手数料はいただきますよ。」
「勿論ですとも。そちらがこの件で譲歩してくださった代わりと言っては何ですが、使節以外にも職人や芸術家などをエレメンティオに派遣するよう取り計らいましょう。」
「ありがとうございます。では決まりですね。ガルーシュ王との交渉はまた後日……」
こうして、魔王ガルーシュとの交渉が上手く行き次第トリノ公国は交易を始めることになった。
仲介役としてエレメンティオが一枚嚙むことになる。勿論、一般にバレては意味がないのでこれは秘密の合意だ。
何事かと思ったけど、お互い持ちつ持たれつwin-winな感じでうまく収まったと思う。
それにしても、芸術家か……これはうちの文化度が一気に上がる予感。
その後俺とディアノイア公は使節の交換と相互の技術発展を目指す共同宣言を行った。
まあ言うあれば「俺達仲良しですアピール」だな。
実際トリノ公国とはもっと親密な関係になって互いの後ろ盾となれたらいいと思う。
はじめは緊張で口から心臓が出るかと思ったトリノ公国行きだが、終わってみれば実りある良い数日間だったと思う。
ちなみに、ガルーシュとの交渉はうまくいった。
ただ、「エレメンティオが肩代わりするのは今後十年」という条件付きだ。
十年の間にトリノ公国は国民に魔族への正しい教育をする必要がある。
戦争は、終わった後が大変。これはいつの世も変わらない。
俺達はどうか平和にやっていきたいものだ。
――ヴァメルガ帝国――
「――報告は以上です。」
皇帝エドガルド・フォン・ヴァメルガは忌々し気に眉をひそめた。
三大国の一角として均衡を保っているトリノ公国。彼の国に潜ませたスパイより、無視できぬ情報が入ってきた。
新興国エレメンティオを国賓待遇。さらにエレメンティオを中継して魔王国との交易を検討中。
「節操のない連中よ。」
トリノ公国とエレメンティオと言えば、つい最近も船を一緒に作り上げ東の海に乗り出したとか。
両国は急速に、そして着実に関係を深めている。
「トリノめ。まさかこの世界の海の覇権を握るつもりか?」
「どうなさいますか?陛下。新興国エレメンティオはともかく、魔王国とのつながりができれば三大国の勢力図は一気に覆ります。」
「ここらで一度兵をあげてみては?」
「いや、向こうの軍もなかなか面倒な奴らだ。簡単にはいかんだろう。」
幹部たちが口々に意見を交わす。
そんな中、一人がおもむろに発言した。
「陛下、極秘研究室『Z』から新たな研究結果が届いております。場合によっては使えるかと。」
渡された書類に目を通す。
そして、ぐしゃりと握りつぶした。
「ふん、面白い。『Z』など、役立たずの集団だと思っていたが……良いだろう、急いで進めさせろ。」
「はっ。」
恭しく頭を下げ、引き下がる。
他の幹部たちは陛下の真意を推し量るようにその表情を窺った。
「ふっ……均衡を乱す出しゃばり共にはちと灸をすえてやろう。」
皇帝エドガルド・フォン・ヴァメルガはニンマリと笑った。