225.緊張しまくりの一日
秋に差し掛かり、晴れ晴れとした過ごしやすい空気の中、俺は緊張していた。
トリノ公国から招待状が届き、今回ついに俺がトリノ公国へ行くことになったのだ。
しかも国賓待遇。大国が俺なんかを国賓に定めちゃったよ。
というわけで、レティシアやクローディアに作法をしっかり叩き込んでもらい、グルファクシの引く空飛ぶ馬車に乗り込む。
以前にも増して厳しくなる鬼教官のレティシアに対し、優しくほめて伸ばすタイプのクローディア。
クローディアがいなかったら、俺、泣いていたかもしれない。さすが王女様、優しい。
まあ、そのおかげで作法はだいたい頭に叩き込めた。エレメンティオの王として国民に恥をかかせないようにしないとな。
今回のメンバーは俺、シリウス、レティシア、ダンタリオンとその他数名。護衛として鬼人防衛隊。
国王、宰相、外交担当がそろい踏みである。
馬車にはお土産もたんまり積み込んである。国賓としての招待とか初めてだからお土産の量とか基準とか全くわからなかったが、クローディアとアリエルが助けてくれた。さすが王女様、こういうのに強い。
来た時は頭を抱えたものだが、今やクローディアもアリエルもうちの幹部としてバリバリ働いてくれている。
ちなみにアリエルは(まだ秘密だが)ゼノの妻の座を手にしたことで美しさに磨きがかかったような気がする。
この間城の中でゼノとすれ違いざまに仲睦まじく話しているのを見たし、恋する女はなんとやら、という奴か。
名実ともに恋人・婚約者になる日も近いかもしれないな。
クローディアもそれとなく俺にアタックをかけてくれている。いるのはわかるのだが、すでに結婚してしまった俺は応えることができない。
国王なら一夫多妻は許される、というかむしろそっちが普通とは聞くが、あの久遠の許可も得ずに他に手を出すなんて恐ろしいことは俺にはできない。
もちろん、純粋に久遠に悪いという気持ちもある。
久遠は強引で自分の利益だけしか考えない女王様タイプかと思ったが、意外とまめな性格でもあった。
会えない間はほぼ毎日手紙が届く。
たまに季節の花なんかも添えてあり、実に風流だ。
返事はなるべく返しているが、さすがに毎日はできていない。
申し訳ないと思いつつも、「気が向いた時だけで結構」という久遠の言葉に甘えてしまっている。
……たまには会いに行った方が良いんだろうか。
残念ながら、遠距離夫婦の円満の秘訣は誰も教えてくれない。
ま、なるようになると信じよう。
五日の空の旅を経て、俺達はトリノ公国へ到着した。
広場に降り立つと、多くの見物人が集まっていた。
「ペガサスか?」
「羽もないのに空を飛んでたぞ?」
「国王はあの黒髪の?珍しい見た目だな。」
「ねぇママ、あの女の人かわいい!お姫様?」
遠慮なくじろじろ見てくる見物人の視線を一身に浴びながら、馬車は王宮へ向かう。
ぎこちない笑顔を添えて、窓から手を振っておいた。
「開門!」
豪奢な造りの王宮の門が開く。
で、でかいな。うちの城の何倍あるんだよ。
敷地の広さだけで、ここが世界有数の大国であることをまざまざと見せられてしまった。
王宮内に進むと、カルミネ公爵が待ち構えていた。
公爵だけなら安心できたのだが、多くの近衛兵が直立不動でこちらを凝視している。
……見られてると緊張するんだけど、とは言えなかった。
「ようこそ我が国へおいで下さいました。我らが大公、ディアノイア・グランディがお待ちです。」
「お招きいただき光栄ですわ、カルミネ公。改めまして、こちら、精霊王国エレメンティオの王、ケイ陛下にあらせられます。どうぞ、よろしくお願いいたします。」
レティシアが間に入っていろいろとやってくれるおかげで俺は何とかぼろを出さずにいられた。
さすがは対人族外交担当。見物人が居ようが近衛兵が居ようが全くひるまずに気品あふれる優雅な態度を貫いている。
ダンタリオンも、次はあちら、次はこれ、と小さく俺に指示をし、テレパシーでもしているかのようにレティシアと連携を取って動いている。
対魔族外交担当の名も伊達ではなかった。
シリウスは向こうの国の宰相と何やら話していた。
なんでみんなそんなに積極的に動けんだよ。緊張してる俺が特殊なのか?
……とりあえずにこやかな感じでついて行っとこう。
王宮の広間にて、ディアノイア・グランディ大公が待っていた。
くすんだ金髪の精悍な顔立ちの美丈夫だ。醸し出す迫力と渋さがただ者でないことを物語っている。
うおお……これぞ王様って感じだ!
その後、歓迎の式典やらディアノイア公の歓迎の挨拶やらいろいろあったが、周りの雰囲気に圧倒されて正直何にも覚えていない。
レティシア、ダンタリオン、シリウス……サポートしてくれたのに頼りなくてすまん。
その夜は晩餐会が行われた。
巨大なテーブルにこれでもかと並べられた皿、銀食器、そして肉や魚、野菜をふんだんに使った豪華な料理の数々。
海洋国家を謳っているだけあって、肉料理よりも魚料理が多かった。
ダイナミックに盛り付けられたメインディッシュは見た目のインパクトも素晴らしい。
ただ、ディアノイア公の隣で緊張しながら食べているせいで味は全くわからないが。
「トリノ公国は楽しんでいただけていますか?」
「すばらしい国ですね。どこもかしこも発展していて、うちとは大違いです。……正直、圧倒されるばかりで楽しむどころではないですけど……」
「御謙遜を。エレメンティオの技術や文化は先進的だと商人や使節たちから聞きますよ。特に料理が素晴らしいとか。何か特別な秘密があるのでしょうな?」
「そうですね。恐らく他の国にはない調理法や調味料を使っています。最近人気なのは揚げ物ですね。あ、『揚げ物』って言うのは大量の油で食材を煮る?感じの料理で……」
「おや、せっかくの秘密をこの場で話してしまって良いのですか?誰が聞いているかもわかりませんぞ?」
「え、聞いているならぜひ試してほしいです。食文化が発展するのは悪いことじゃないと思いますし。」
「では今度技術者を学ばせに行っても?」
「ええ、お待ちしてます。俺達も教えてほしいことはたくさんあるので。」
と、ディアノイア公が急に笑い出した。
「ふ、ははははは!ケイ王は面白いお人ですな。」
「え、俺が?どこがですか?」
「外交というものは、腹の探り合いに騙し合い、相手に隙を見せず、出来る限り本音を明かさない仮面舞踏会のようなものです。私も長年政治に携わり相手の腹を探るのは得意になってきましたが、あなたは驚くほど本音で話している。なぜです?怖くはないのですか?」
「いや……本音で話さないといつまでたっても分かり合えなくないですか?遠い違う国にいるのならなおさら。せっかくこうして隣で話せるのなら、互いに腹を割って話したほうが効率的だと思うんです。俺は戦争をするつもりもないし、こうやって国交を結んでくれた国の皆さんにはできる限りのことはしたい。特に隠したいことも、嘘をつく必要もない。ただそれだけですよ。……それに俺には皆さんを騙すような腕は無いと思いますしね。」
「……なるほど。どうやら長くこうした場所にいすぎて少々毒されてしまっていたようです。いいでしょう。私はケイ王、あなたのことが気に入りました。ですからあなたには、エレメンティオ相手にはすべて本音で話すことにしましょう。都合の良いことも、悪いことも。」
「ありがとうございます、ディアノイア公。俺も本音で話しますし、良いことも悪いことも話します。まだまだ新興国ですが、俺達が助けになれるのならいつでもおっしゃってください。」
「これは頼もしいですな。本来なら私が言うべき言葉を……我らのことも、遠慮なく頼ってください。……ここだけの話、ケイ王と話していると息子や孫と話しているようでつい助けになりたいと思ってしまいます。」
「ありがとうございます。……おかげさまでようやく料理の味がします。」
「ははははは!それは良かった!」
途中から感じられた料理の味はシンプルだが奥深い味がした。
晩餐会も無事終了し、部屋に戻る。
扉を閉めて、伸びをする。
今ここには俺とレティシア、ダンタリオン、そしてシリウスしかいない。
「ふぁ~あ!やっと終わったな。一日長かったよ。」
「お疲れ様でございました。」
「見事なふるまいでしたよ、陛下。」
「シリウスもダンタリオンもよくあんなに動けるよな。俺なんか緊張して記憶がないんだけど。」
「魔王様に会うことに比べれば楽なものですよ。」
「はは、そりゃそうか。でも、一番はやっぱりレティシアだよ。こんな大国の幹部相手にずっと対等に渡り合ってさ。」
「あ、わ、わたくし……」
「ん?どうした……って、ほんとにどうした!?!?」
言葉を詰まらせるレティシアに異変を感じてみてみると、大粒の涙を流して大泣きしていた。
「どどどどうした!?どっか痛いのか!?」
「わたくしだって、緊張して怖かったんです!!そんな簡単に言わないでくださいませ!レティシアはできて当たり前みたいに……わあぁあぁん!」
「ごめんごめん!そうだな。レティシアは頑張ったよ!ありがとう!!!」
「もっと感謝して下さいぃ~!」
どうやらずっと張りつめていた緊張の糸が切れてしまったらしい。
大泣きして叫び、かと思ったらふらりとよろけて倒れてしまった。
「おや、どうやらキャパオーバーで気絶したようです。」
「ダンタリオン、冷静に分析してないでソファーに運んで!シリウスは温かい飲み物を!」
「かしこまりました。」
「レティシア様、コーヒーと紅茶はどちらになさいますか?」
「今答えられるわけないだろ!」
最後の最後にレティシアが爆弾を落とし、初日の夜は終了した。