223.留学生と教育改革
セシルたちが帰ってきた。
どうやら持っていった商品たちはほとんど売れたらしい。
売り上げは上々、さらに近いうちに次も、と催促され商人集団はホクホク顔だ。
さらに、セシルが手に入れてきたという着色料、これは画期的だ。
料理やお菓子なんかに使えば彩の良い食卓になる。まあ、一般家庭では使わないだろうけどね。
主に製菓やパン屋で使うかな。
とはいえ、この食品着色料に注目したセシルは凄いと思う。
商人としてのセンサーが反応したのだろうか。
ちょうど今、蓬莱国に残っている使節団が和菓子の作り方を学んでいるはずだ。
帰ったらこれを使わせてみよう。
そして、しばらくたって使節団も帰ってきた。
期待通り和菓子や和食の作り方を学んで来たらしく、早速取り掛かると言っていた。
今計画しているのは『ヴェップ温泉郷』に和菓子屋や甘味処、和風レストラン街を作ることだ。
そのために使節には料理経験がある人を任命した。
中にはすでに食品の色付けについて聞いていた者もいたようで、色とりどりの和菓子が作れますと喜んでいた。
うんうんこれぞまさに以心伝心。しっかり頼むぞ。
それは良いとして。
「これは……どういうことだ?」
使節団に並んでちょこんと立っている五歳くらいの子ども。
大きな狐の耳が生えているところを見ると久遠の関係者だな。
「それが……我々も止めたのですが……」
「ワタシは刹那。愛しい男を追ってここまでやって来た。帝の許可は得ている。しばらくここに滞在するからよろしく頼む。」
そう言って刹那はずいっと俺に書簡を手渡してきた。
中を確認すると、久遠からだった。
どうやらこの子は久遠の昆姪孫、つまり久遠の姪の曾曾曾孫にあたるらしい。
とはいえ継承順位は低く、継承問題が起こるのは何千年も先の話。だからしばらく他国に行っても問題ない。
というわけで、本人たっての希望で大使としてそちらに寄こすことにしたので面倒を見てほしいとな。
いやまてまて!大使?こんな小さい子が?
「えっと、君、何歳かな?」
「子ども扱いするな。こう見えてもう十四だ。」
思ったより上だった!とはいえ、まだ未成年じゃないか。
こんな子を大使にするなんて久遠は何考えてんだか。
「悪いけど、未成年に大使は任せられないな。外国暮らしも大変だし、早くお家に帰りなさ……」
「いやだ。ワタシはセシルと添い遂げると決めたのだ!だからここに移住する!」
まさかのセシル狙いか!そういえば「愛しい人を追って……」とか言ってたな。
何?ゼノと言いセシルと言い、他国のお姫様落とすのが流行ってんの!?
とりあえずセシルを呼び出し、事情を聞く。中途半端に向こうで手を出したとかあったらややこしいことになるからな。
結果は「何もない」だった。それどころか、自分に惚れていたことも知らなかったとか。
「セシル、ワタシの夫となってほしい!」
「いや、子どもが何言ってんの?ままごとは家でやれよ。」
「子どもではない!オマエと一つしか変わらんわ!ワタシはオマエに一目ぼれしたのだ。」
「まあ、気持ちは嬉しいけど、さすがに見た目五歳児は恋愛対象に入らねぇっつうか。」
「オ、オマエ……仮にも一国の姫であるワタシに随分な口のきき方を……!」
「今はお客さんじゃないし。それに敬語は不要って言ったのそっちじゃん。」
…………。
どうやら完全なる片思いの一方通行のようだ。
こんなところまでついてくるくらいだからてっきり両想いとか手を出しかけたとか想像してしまった。
あらぬ疑いをかけてすまん、セシル。
とはいえ、このまま平行線でここで暴れられても困る。
久遠の親戚ってことは魔力も相当だろうし、強引さも相当だろうし。
よし、とりあえずこうしよう。
「あー、わかったわかった。二人とも落ち着け。とりあえず大使の話だけど、さすがに未成年だから大使は任せられない。よって刹那は解任とする。その代わり、『留学生』としてこの国に滞在することを認める。」
「留学生?」
「この国の文化を学んだり、国の人々と交流して二か国の親睦を深める手助けをするんだ。あと、この国は自由恋愛だからセシルにアプローチする分には構わない。」
「ちょ、陛下!困りますって!」
「好きになるのは止められないだろう?そのかわり、セシルにだって仕事がある。いつでもどこでも付きまとって邪魔をするのはダメだ。好きならセシルのことを考えて行動するように。留学生なんだから学校にもちゃんと通って勉強すること。これが条件だ。」
「さすがは久遠様の夫君。寛大な処置に感謝する。不束者だがこれからよろしく頼む。」
こうして、不服そうなセシルはさておき、妖狐族の刹那が留学生としてエレメンティオに滞在することになった。
数日後。
「セシルー!!」
「わっ!刹那!お前、学校はどうしたんだよ。」
「セシルが王都に帰ってくると聞いて、いてもたってもいられず抜け出してきた。あ、大丈夫。『分身の術』で分身はばっちり作ってあるから!」
「本体が勉強しねぇと意味ないだろ……」
「そうはいっても、あそこの勉強は簡単すぎる。なぜ十四の私が十一の子に交じって同じ読み書き計算を繰り返すんだ?」
「そうはいっても、そういうシステムなんだから。……刹那のところは違ったのか?」
「違うな。年齢や習熟度によって細かく学ぶ内容が分けられていたぞ。それに、ただただ机に向かって教師の説明を聞いているだけでは意味がない。とにもかくにも、この国の学校は退屈なのだ。」
学校が退屈。確かにそれはセシルも思っていたことだった。
読み書き計算を学べるのは凄いと思ったが、一度学んでしまえば卒業するまで同じ内容を毎年繰り返す。
授業内容は教師の説明とドリルやプリントの反復学習。
教師であるエスメラルダの話は面白いし、徹底した反復学習のおかげで学力は確かに身についている。
ただ、何年も何年も通うところではないとセシルは感じていたのだ。
「蓬莱国では、机以外でどこで勉強するんだ?」
「勉強の場所などいくらでもある。天気の良い日に外に出かけたり、みんなで蹴鞠などをして体を動かしたり。季節に一度は景色の良いところに行って、園遊会の真似事もするらしいぞ。船を浮かべたりなどしてそこから見える情景や浮かび上がる心情を歌にするのだ。……まぁ、ワタシは身分が高いから学校ではなく家庭教師が教えてくれていたがな。」
「楽しそうだけど、それって勉強か?遊びがほとんどじゃん。」
「遊びの中で、机で学んだことを実践的に活用するのだ。言葉の意味をいくら詰め込んだところで、あるべき場所であるべき言葉として使いこなせなければ意味がない。問題集は解けても、実際に蹴鞠の試合を見ながら個々の勝率が計算できるか?将来役立つのはそういった『実践的な学び』だ。」
「『実践的な学び』……すげぇ、すげぇよ刹那!!」
セシルは刹那の肩を両手でつかみ称賛する。
自分と目線を合わせてのぞき込むキラキラした目に思わず刹那の顔が赤くなる。
「なあ、今からコボルト長老のとこに行って進言してくれないか?この国の学校を俺たちで変えるんだ!」
「進言?」
「今俺に話してくれたことを長老に伝えてくれればいい。長老ならきっとこの改革の重要性がわかってくれると思う。」
セシルに手を引っ張られ、二人は長老のもとに行き一生懸命にプレゼンした。
長老は二人の思いや蓬莱国の教育に胸を打たれたようで、必ず実現して見せると力強く語った。
「――というわけで、将来の子ども達や優秀な国民を育てるためにも、ぜひこの『教育改革』をご一考くださいワン!」
長老から折り入って話があると言われ聞いてみると、何とも素晴らしいアイディアたちだった。
すごいな。詰め込み教育から考え実践する教育へ。まるで日本の教育問題みたいじゃないか。
それに気づいたセシルと刹那も凄いと思う。先見の明ってやつだな。
早速、予算や人材を配備し教育改革に投じた。
学校は増築し、学年ごとのクラスとする。子どもの人数が少ない農村地帯は二学年一まとめだ。
教科書を精査し、学年ごとに教える内容の検討会を開いた。現場の教師人は子どもの学習の能力をよく見ているので、どこに何を入れるかの意見はものすごく参考になった。
教師の数も増やした。公務員の試験を行い、合格した者が新たに教師として配属される。
年に二回社会見学と称して街の中や外の施設にお邪魔する。学校近隣の施設に一回。町から出て少し遠出をするのが一回だ。
十四歳と十五歳の学年で「職場見学」を行う。自分たちの職業についてよく知ってもらうためだ。
他にも色々な案が飛び交い、この国の教育はガラッと変わっていった。
結果が出てくるのは数年かかるだろう。でも、うまくいけばこの国では全ての子どもが読み書き計算は勿論『実践的な学び』を身に着けることができる。
何十年も積み重なれば、国民全員識字率百パーセントも夢じゃない。国家としては最強じゃないか?
子どもの成長を楽しみにしながら、今日も改革は続く。