220.情報を共有した
セイレーン一族はメローナと海を行き来しながら、海産物や真珠などを納めることになった。
また、交易はこれまで通り行う。
そしてメルのような歌い手を派遣し王都をはじめ各街に滞在することになった。
と言っても二週間ごとに海へ帰らねばならないというのは少々不便だ。移動に数日かかるから、滞在日数も短くなって効率が悪い。
ミアガリアに相談したところ、使節団にかけた変身魔法の逆バージョンを結晶化した魔石を生み出してくれた。
グレゴールがこれを加工しペンダントにする。
この魔石ペンダントをつけていれば、日数に囚われず人間の姿でいられるというわけだ。
念の為百個くらい作っておき、必要に応じて数を増やすことに。
メルを初めとする何人かのセイレーンたちはエレメンティオに住むことになった。
メルの歌声は聴くものの心を揺さぶり、ある者は涙を流しある者は喝采を送った。
メルはその容姿も相まってエレメンティオを代表する歌い手となり、国外から来る客にも評判が良かった。
何より、「聞いたら最後の呪の歌」と言われるセイレーンの歌を聴き放題だ。こんな貴重な機会は中々ないだろう。
音楽好きの者達がこぞってセイレーンの歌を聞きに来た。
時は遡ってトリトン王との会談から数日、俺はトリノ公国との会談に臨んでいた。
議題は東の大陸の調査結果の共有。重要な内容であるため両国の首脳と外務大臣が出席する。
「はじめまして、ケイ王。トリノ公国の大公、ディアノイア・グランディです。」
「はじめまして、ディアノイア公。精霊王国エレメンティオの国王、ケイです。」
「ようやくお会い出来ましたな。水晶越しであるのが残念ですが……次はぜひ我が国へお越しください。最賓客としておもてなししましょう。」
「ありがとうございます。直接お会い出来るのを楽しみにしてます。」
「では、早速ですが、東の海域と大陸の調査について共有をお願いしたい。勿論できる範囲で構いませんので……。」
「ええ、特に隠すつもりは無いので大丈夫ですよ。ではまず――」
俺は航海中に起きたことについて語った。
東の海にはセイレーンの海域があり、一度追い返されたこと。
信頼関係を築き通行許可を得るのに三ヶ月かかったこと。
途中、ホーンフライングフィッシュや大きなウミヘビ、巨大なツノのある魚、そしてアスピドケロンやケートスとの戦い。
「海域調査については全て終わった訳ではありませんが、今回の調査で得た情報は以上です。」
「凄まじいですな……ケイ殿と言い船員の皆さんといい、よくぞ生きて帰りましたな。」
「うちは武に秀でたものがおりますので。ですが他国の皆さんは無理に行くべきでは無いと思います。」
「その様ですな。ところでケートスですが、今も封印はされているのですか?」
「ええ、封印を破られることはないと思います。そのおかげもあり今セイレーン王国は私の庇護下……自治領に加わることを申し出て、これを受け入れることにしました。つい先日の話です。」
「なんと!ではエレメンティオは現在の領地に加え東の海域まで治めると……」
「海の支配についても他国の承認っているんですかね?」
「正直、海については早くとった者勝ちですな。普通は領域を主張したところで危険すぎて手がつけられませんから。しかし、必要であれば我がトリノ公国が証人となりましょう。」
「ありがとうございます。心強いです。」
さすが大国、気前がいいな。
次に東の大陸について話をした。
あそこは『蓬莱国』という一つの国家であること。
人族と魔族が共生していること。
建物や衣服など、文化がこことはまるで違うこと。
系統は違えど、かなり発達した技術を持つ国であること。
そして女帝である『九尾狐』と、魔法に長けた『妖狐一族』が政治をになっているということ。
強大な結界についても。
「なるほど……まさかその様な国があったとは。そしてはるか昔から人族と魔族が共生していたとは。」
「これは広く広めるべきだと個人的には思います。我々も人魔対戦は終わりましたが、まだ互いを受け入れるには至っていないのが実情でしょう。蓬莱国の話を広めることで人魔共生の後押しになると思います。」
「その通りですな。さらに交易なども出来れば良いのですが、エレメンティオから定期便を出していただくことは……?」
「どうでしょう?向こうは国全体に結界を張っているくらいですから、あまり外の者を歓迎しません。先程話した通り我々も襲われましたしね。ちなみに結界は魔法に長けたエルフを弾き飛ばすようなレベルです。」
「となると、国交はとても無理ですな。」
「まあ、口利きはしてみますよ。もしかしたらエレメンティオを介せばできるかもしれません。俺が言えば久遠……帝も無視はしないと思うので。」
「そこまで親密になったのですか?一体どのような方法で……」
「まあ、親密というか、親類というか……」
「……話せないことですか?」
「いえ、驚かないでくださいね。その……結婚、したんです。向こうの女帝と。」
予想通りだが、ディアノイア公も、同席していたカルミネ公も椅子をひっくり返さんばかりにびっくりしていた。
ま、そうなるわな。
初めて行った国の女帝と数日の滞在で婚姻関係まで結ぶって、普通じゃないことは俺にだってわかる。
でも仕方ないじゃないか。もう結婚したんだから。
「し、失礼しました。あまりのことで取り乱してしまいました。そしてご成婚おめでとうございます。」
「ありがとうございます。まあ、そういうわけで口利きはできますのでどうしても何かあれば俺に言ってください。」
ディアノイア公は何か思案げな顔だ。
なんだろう、嫌な予感がする。
「結婚なされた直後に伺うのは失礼かと存じますが、第二、第三王妃を娶るご予定は……?」
「ぶっ!な、何を言うんですか!?」
「いえ、王ともなれば一夫多妻制は当然のこと。ケイ殿にはぜひ我が娘のこともお見知り置き頂きたく……」
「いやいやいやいや!」
「うちの情報筋によりますと、既にシュタイル王国の第一第二王女を召し上げたとか。婚姻の話はまだ聞きませんが、それならうちもぜひ推薦したい。」
出たよ。こういう話。
ぶっちゃけクローディア達が来た時からこうなる予感はしたんだ。
小国の姫が召し上げられた。
なら親交のあるうちもってね。
まあ、普通ならトリノ公国みたいな大国から婚姻の話が出るなんてありがたいはずなんだろうけど、うちは政略結婚で政治基盤を作るつもりは無い。
「ありがたいお話ではありますが、俺は第二王妃をとるつもりは無いんです。妻にも『浮気は許さぬ』と釘を刺されておりますから。」
「では、側妃としてでも……」
「いやいや、ですから他の女性と結婚する気はありません。それに、久遠は先程も言った通り強大な魔力を持っており、その強さも向こうの魔王と対等に渡り合える程だと聞きました。そんな人の怒りがディアノイア公の大切なご息女に向かってはいけません。うちの妻、かなり強引なところもありますし、実力行使に出る可能性大です。」
魔王に匹敵、という言葉にディアノイア公とカルミネ公の顔がサーッと青くなる。
「魔王……そ、それは大変なお方を妃に迎えられましたな。」
「トリノ公国の心象も悪くなりかねませんし……」
「そ、そうですな。私も親として、娘を魔王と戦わせたくはありません。まして国として敵対するなどもってのほかです。今回は手を引きましょう。」
「婚姻関係などなくとも、貴国となら良い関係を築いていけると思います。」
その後は蓬莱国に関する引き続きの情報共有や、音楽家や画家の派遣についての確認などをして会談は締めくくられた。