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22.事件

※大怪我の表現があります。苦手な方はご注意ください。

 ついに本格的な夏到来。

 日本の夏のように蒸し蒸しジメジメしたものじゃないので朝夜なんかは結構涼しい。

 それでも日中の太陽は暑かった。


 小麦が収穫の時期を迎えた。

 ようやくと言ってもいいだろう。

 とはいっても通常ではありえない早さだとは思うけど。


 とにかくこれでパンや麺類が作れるかな。

 全員で初めての刈り取り作業。セシルとフランカは一面の小麦畑に大はしゃぎだ。

 確かに金色に揺れる小麦畑はきれいだった。

 地球ではこんな光景と無縁だったから、なんだか妙に感動してしまう。

 

 根本から麦の束を掴んでナイフで刈り取る。

 鎌があればいいんだけど、数が揃わないので使えるもので代用だ。

 ノームたちに脱穀機を作ってもらった。

 ちなみに足踏み式脱穀機を採用。抜き歯は鉄がなかったので、硬い木で代用してもらった。

 慣れないうちは一度に入れすぎて引き込まれそうになるなどトラブルはあったものの、無事に結構な量の小麦が取れた。

 息を吹きかけながらざるを揺らして籾殻を飛ばす。

 籾殻は畑にすきこむので大切に保管する。

 石臼で挽いて小麦粉の出来上がりだ。


 テレサとマリアがパンを作ろうと気合を入れる。

 しかしトラブル発生。イーストがなかった。

 確かパンをふくらませるためのあれだよな。どうやって手に入れるんだ?

 ____調べてなかった。

 残念だが今日は膨らまないパン、「おやき」みたいな物ができた。

 でもスープに浸すと意外と美味しかった。








 小麦の収穫や製粉で三日ほど狩りに出ていなかったので、今日は探索も兼ねて森に出かける。

 ロベルトさんと組んで、いつもより少し遠出してみた。

 鬱蒼とした茂みをかき分けながら獲物を探す。

 途中、遠くにクマの影が見えたときはヒヤリとしたが、無事にやり過ごすことができた。


「ん?」

「ロベルトさん?どうしかした?」

「なにか聞こえんか?」

「うん?」 


 ロベルトさんにそう言われて耳を澄ますと、森の中から子どもの泣き声がする。

 こんなところに子ども?

 とにかく行ってみなければ。

 この辺りには野生動物も多く、肉食の狼なんかも出る。

 俺たちはこれまで隠れたり逃げたりしてやり過ごしてきたが、子どもの足と体力では無理だ。見つかったら最後、喰われてしまうだろう。


 手入れのされていないジャングルのような枝ををかき分け、声の主を探す。

 声はだんだん大きくなり、「お父さん!お兄ちゃん!」と呼ぶ声も聞こえてきた。

 茂みをかき分けると、褐色肌の女の子がいた。

 野性的な毛皮の服を着て、裸足だ。

 俺たちに気づくと「ひっ」と怯えた声をだした。


「どうした!?大丈夫か?」


 声をかけるとボロボロと涙を流す。

 その後ろには血だらけで横たわっている大柄な男性と子ども。

 隣にはうずくまる女性。


「お、おい……」


 大丈夫か?と尋ねようとした瞬間、女性がハッと俺たちに気づいた。

 褐色肌に金色の切れ長の目、ロベルトさんやテレサたちとは違う、見たことのない顔立ちだ。

 女性は俺たちから女の子をかばうように抱きしめた。


「お願いします!私たちはあなた方に危害を加えたりしません!どうかこの場を見逃してください!!」


 叫ぶように懇願する。

 なんだ?どうしてこんなに怯えているんだ??


「あの……とにかく怪我を…………」


 怪我の具合を見ないと。この出血量は間違いなく重症だろう。はやく村に帰って大樹の樹液を使わないと死んでしまう。

 女性は女の子をかばったまま、「こないで……おねがい……」と泣きながら後ずさる。

 よく見ると女性もお腹から血が出ているし、手も足も傷だらけだ。


「わしらはこの辺に住んどる者だ。事情は知らんが、危害を加えたりしないから安心しなさい。それよりも早くその子達を運んで治療せんと死んでしまうぞ。」


 ロベルトさんは近づこうとする俺を引き止め、安心させるようにゆっくりと女性に語りかけた。

 女性はしばらく瞬きもせず固まっていたが、ロベルトさんの言葉を信じてくれたのか、「この子達を助けてください……。」と泣きながら頭を下げた。


 一歩踏み出しても逃げようとはしなかったので、ロベルトさんと倒れている二人のそばにしゃがみ込む。

 ひどい状態だった。

 男の子は背中を大きく引っかかれたような傷があり、肉が丸見えだ。

 男性はもっと酷い。手も足も切り傷、噛み傷だらけで、腹は裂け、肩口は大きくえぐられていた。

 俺は思わず吐きそうになったが、そうも言ってられないので応急処置に当たる。


「こりゃあ狼か?とにかく止血して運ぶのじゃ。」


 俺とロベルトさんはシャツをちぎって止血を試みるが、到底布が足りない。

 仕方なく一番大きな傷だけ止血を施し、できるだけ早く村に連れ帰ることにした。

 男性はものすごく大柄で、一人では運べない。俺とロベルトさんの二人がかりだ。


「あんたは一人で歩けるか?」


 ロベルトさんの言葉に女性が頷く。

 その表紙に髪の毛がはらりと落ち、なんと角が見えた。

 毛皮の服に頭の角、男性の手をみると爪もものすごく鋭い。

 まさか、鬼?

 ……いや、今はそんな事を気にしている場合じゃない。とにかく早く運ばないと…………

 俺とロベルトさんで男性を、男の子は俺と女性で肩を担ぎ急ぎ村に向かった。

 女性はフラフラのようだが、なんとか歩けている。

 女の子も俺たちの後をついてきている。







 村のシンボルである大樹が見えた。

 手前の畑には人影、テレサとマリアさんだ。


「おーい!テレサ!マリアさん!大変なんだ!ライアを呼んで!!あと水と包帯を!!!」


 力いっぱい叫ぶ。

 声はちゃんと2人に聞こえたようで、なにごとかと駆けてくる。

 そして血だらけの俺達を見て血相を変えた。


「ちょっと!?どうしたのその怪我!?」

「あぁ……大変!早く手当を!!」

「マリアさんはライアを呼んできて!テレサ、ちょっと男の子を頼む。」


 マリアさんはすぐに駆けていった。

 テレサもすぐさま俺たちを手伝おうとして____急に手を止めた。


「テレサ?」


 みると、目を見開いたまま固まっている。

 怪我の酷さにショックを受けたのだろうか。

 ただ今は一刻を争う事態だ。


「テレサ!頼む!」

「母さん?何ごと?」


 騒ぎを聞きつけたセシルたちが近づいてきた。

 するとテレサが鋭い声を発した。


「セシル、フランカを連れて部屋に戻ってなさい。」

「は?いや、なんか大変ならおれもてつだ__」

「いいから部屋に戻りなさい!!私が呼ぶまで絶対に出るんじゃないよ!!!」


 ものすごい剣幕だ。

 セシルもいつものテレサと違うと察したらしく、「……わかった。」と言ってフランカを呼びにった。

 テレサは覚悟を決めたような顔で血だらけの男の子を抱える。

 一体どうしたのだろう。子どもたちに血だらけのひどい有様を見せたくなかったのか。

 それにしてもあんな声を出さなくても。

 いつもと違うテレサに、俺は戸惑うばかりだった。



 けが人を食堂に運び込み、普段ノームたちが使う小上がりに寝かせる。

 改めてひどい怪我だ。

 顔は土気色だし、危ない状況だということはひと目で分かる。

 女性の方もなんとか身体を起こしているが、顔色が悪い。

 すぐに保管しておいた世界樹の樹液を体にかける。傷口はみるみるふさがっていく。

 しかし、何しろ傷の範囲が広く、全然足りなかった。

 するとライアが樹液の入った器を抱えてやってきた。それを受け取り、傷口に次々とかけていく。

 しばらくするとなんとかすべての傷はふさがった。

 しかし倒れた二人は目を覚まさない。


「ライア…………」

「おそらく、出血のショックと疲労で気を失っています。体力が回復するまでゆっくり寝かせてあげましょう。」

「わかった。助かったよ、ありがとう。」

「そちらの娘さんも顔色が悪い。遠慮せず横になって休みなさい。女の子の方はもう大丈夫じゃな。どれ、果物でもお食べ。それとも肉が食べられそうかの?」


 ロベルトさんの言葉にビクッとなる女性とテレサ。

 さっきからテレサの様子がおかしい。


「テレサ?さっきからどうしたんだ?」

「……あんたたちは『鬼』だね?」


 おれの言葉に、ゆっくりと女性に向けて口を開くテレサ。鋭い目つきで女性を睨む。

 女性は「あ…………」と小さく声を漏らすと、覚悟を決めたように跪き頭を下げた。


「私達は『鬼人』です。突然お邪魔してしまい申し訳ありません。動けるようになりましたらすぐに出ていくとお約束いたします。ですからどうか、どうかお助けください。」


 頭をこすりつけるように懇願する『鬼人』の女性に、戸惑う俺。

 テレサはしばらく女性を見つめると、「すまなかったね。」とつぶやいた。


「心配しなくても、追い出したりはしないよ。大変だったね。ここは安全だから、ゆっくり休んで頂戴。あんた、この子達の母親なんでしょう?」


 目つきも和らぎ、声の調子も戻っていた。

 それを見て女性も安心したように、「感謝いたします。」と頭を下げた。


 二人の様子を心配そうに見る鬼人の女の子。母親の服をギュッと掴み、オロオロとしている。

 そんな女の子にテレサは「大丈夫よ。」とかすかに微笑んだ。


「あの……包帯持ってきたんだけど……あと替えの服…………」

「__ッ、セシル?」


 いつの間にか、セシルが食堂にやってきていた。

 手には包帯と保管しておいた予備の服を持っている。

 そういえば、俺もロベルトさんもシャツを破いたんだった。

 鬼人の家族も身につけている毛皮は血まみれだし、色々破れて際どくなっている。

 早足で小上がりに近づき、俺とロベルトさんに服を渡す。

 そしてちらりと横たわる二人を見て、顔色が変わった。


「____っ鬼!」

「セシル。」

「何しに来た!母さんから離れろ!!」

「セシル!」

「お前たちなんか____」

「セシル!!!!」


 テレサの大声にピタリと止まるセシル。だがすぐにテレサに食って掛かった。


「なんでだよ母さん!?相手は鬼だぞ!?」

「いいから!!!黙って部屋に戻りなさい!!!出てくるなって言ったでしょ!!??」

「____っ」


 セシルは何か言おうとしたが、ふいっと顔を背けて行ってしまった。

 ロベルトもマリアさんもバツが悪そうな顔をしている。

 俺はわけが分からず、テレサとセシルが去った方向を交互に見ることしかできない。


「申し訳ありません。二人の目が覚めたらすぐに……」

「いいのよ。気にしないで。それよりもうちの子がごめんなさい。」


 泣きそうな顔で頭を下げる鬼人の母親を制し、逆に頭を下げるテレサ。

 テレサも怒っているような泣いているような、複雑な顔をしている。


「…………テレサ、セシルとフランカのところへ行ってあげなさい。」


 ロベルトさんが声をかけた。


「でも、」

「セシルはお前さんを守ろうとしたんじゃ。立派な男じゃよ。それにわしらの服も持ってきてくれたんじゃ。代わりに礼を言ってきておくれ。」


 そう行って微笑むロベルトさんに、「……ありがとう。お言葉に甘えて失礼するわね。」といい、足早に去っていった。


 テレサが去った後、俺はロベルトさんの方をみる。


「あの…………?」

「テレサの夫はな、鬼に殺されたんじゃ。」


「……テレサにもセシルにも、つらい思いをさせてしまったな。」


 そういってため息をつくロベルトさん。

 俺はようやく、テレサの異変の正体に気付いたのだった。



ブクマ、評価、どうぞよろしくお願いします!

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