219.帰国しても忙しい
「それじゃあ、そろそろ帰るよ。いろいろとありがとな。」
「背の君が居らぬと退屈になるな。いつでも会いに来るがよい。……そうだ、これを。」
久遠の合図で車の御簾が上がる。
そこには、米俵や反物など、贈り物がこれでもかと詰め込まれていた。
さらに、俺が「欲しい!」とお願いした桜と楓の幼木もある。
その宝の中から一つをとり、久遠は俺に見せてきた。
「これが一番大切なものだ。ゆめゆめ失くさぬように。」
「これは何だ?」
見たところ、部屋の明かりに使う燈台に見える。
俺が止まった部屋にもあったな。黒塗りの漆器で上品な艶を放つ、とても美しい燈台だ。
「これは、『転移燈台』という。これに火をともし、送りたい相手を思い浮かべながら手紙をくべるとその相手の元へ届く魔道具だ。背の君とはしばしの間会えなくなるゆえ、これで文を送ってくれるか?」
ああ、つまり『転移の水盆』とか『連絡水晶』みたいなものだな。
この国にもちゃんとこういう便利なものがあったんだな。これなら両国間の連絡がスムーズに取れる。
「ありがとう。これで両国間の連携がはかどるな。使節団のことについてとか、俺達が帰りついたらすぐにでも手紙を送るよ。」
「……わらわへの文は送らぬつもりか?」
ちょっとすねたようなジト目で俺を見る久遠。
あれ、なんかかわいい……。
「も、もちろん送るよ。久遠が嫌になるほど送るから!」
「真か?ではどちらが先に音を上げるか忍耐勝負といこう。」
「いや、そこまでは……」
「ああ、最後に」、と久遠が俺に近づき、グイっと身体を引き寄せた。
そのまま俺の首元に抱き着き、頬にキスをする。
「わっ、いきなり……!?」
「わかっていると思うが……浮気はゆるさぬぞ?」
慌てる俺をよそに、久遠は妖しく微笑んだ。
俺達がメローナの港に到着すると、みんなお祭り騒ぎで出迎えてくれた。
きっとイリューシャを先に帰して俺たちの帰国予定を伝えてもらったからだろう。
メローナの街をパレードのように練り歩き、大勢の民が詰めかけてくれた。
いつもお馴染みのシリウスによるライブ中継も健在だ。
シリウスだって総務大臣として今めちゃくちゃ忙しいだろうに、こんなことやってていいのか?
そう言えばこれ、魔道具に落とし込めないかな?そうすればシリウスも毎回自分でやらなくて楽になるんじゃないか?
早速シリウスとエルフ達に相談する。
結果は、高度な空間魔法を用いているためかなり時間がかかるということだ。
まあそうだよな。いきなり空間が開いて窓みたいなのができて、別の場所に繋がるんだから。
やっていることはむちゃくちゃである。
ただ、トリノ公国の連絡水晶のように媒体があれば可能だという。
「媒体……デカい水晶玉を作って広場に置くか?」
「大勢が見られるほどの大きさとなれば相当ですね。作るのも大変そうですし、何より邪魔になるかと。」
「水盆……鏡みたいな薄い板はどうでしょう?」
「それでも邪魔になりませんか?人通りも多いですし。」
そうなんだよな。
デカい水晶玉や鏡が常にドーンと置かれていたら通行の邪魔か。
普段はあまり存在感を主張せず、必要な時には巨大化する。
あ、あれはどうだろう?
「噴水は?使う時になったら地面からカーテン状に噴水が出てさ、その水に映し出す感じにするとか。」
「なるほど、噴水ですか!それなら普段邪魔になることはありませんね。」
「地面が水浸しになるのが少しネックですね。もっと粒子を細かく、白い霧にしてみては?」
「そこはやりやすい方で、任せるよ。」
「かしこまりました。至急制作に移ります。」
こうして『遠視機』と『送信機』が完成した。
『遠視機』の方は、スイッチを入れれば地面に設置された『遠視機』から白い霧が吹き出しスクリーンの役目をする。そして『送信機』から送られた映像を受信して映し出す。『遠視機』のスイッチも『送信機』から遠隔操作でコントロール可能だ。
『送信機』はボタンを押すことで映像の記録と編集、送信ができる。送信ボタンと録画ボタンを同時に押せば所謂ライブ放送も可能だ。
『遠視機』はすぐに各街に取り付けられた。
そして、毎日テレビ放送を届けることができるようになった。
「こんにちは。夕方のニュースです。この度ヴェップ温泉郷に新しい旅館がオープンしました。乳白色の柔らかな湯が特徴のメイン露天風呂では――」
「次は、『みんなの曲』のコーナーです。今日はセイレーンのメルさんにお越しいただき――」
「パン屋のグリッシです。明日から新作パンを販売します!焼きたてを狙うなら朝八時からがオススメです。お待ちしております!」
放送はみんなの仕事が終わる夕方頃。
今日のニュースやちょっとした音楽のコーナー、たまに商店の宣伝などが入るだけの、十分少々の番組だ。
それでもみんな仕事終わりにこぞって『遠視機』の前に集まり、番組を楽しんでいる。
中には『遠視機』をもっと色々な場所に取り付けて欲しいと言う嘆願も出てきている。
最初は重要行事のライブ放送を目的に作ったが、娯楽方面で思わぬ大成功を収めた。
これからどんどん番組を増やしていかないとな。
俺達が蓬莱国から帰ってすぐ、セイレーン王国のトリトン王から会談の要請があった。
いったいどうしたのだろう?
まさか、ケートスの封印に問題が?
できる限り早く日程を調節し、会談に臨む。
「まずはアスピドケロンとケートスを倒し、我らがセイレーン一族の危機を救ってくれたこと、誠に感謝する。」
ガバッと勢いよく頭を下げるトリトン王。
どうやら一刻も早く礼を言いたくてうずうずしてたらしい。
「あはは、良いよ。航海に影響が出そうだったから排除しただけだ。それにセイレーンの力も合わせたからできたんだよ。俺達だけの力じゃない。それよりも、東の大陸までの誘導と護衛、助かった。ありがとう。」
「気を使ってもらえるのはありがたいがこればっかりは我らだけではどうにもならなかった。それで、この件に関して提案、いや頼みがあるんだが……」
頼み?一体なんだろう?
ケートスを起こして遠くに誘導しろとかだったら無理だよ。
「頼みって?」
「我らセイレーン一族はケイ殿の配下に加わり、エレメンティオ王国民の末席に加わりたい。」
「ええっ!?」
「今やセイレーン王国の存亡はケートスの封印にかかっている。封印されたケートスのおかげで海に平和が訪れる一方、もし封印が解けてしまえば我らになすすべはなくなるかもしれん。そんな我らを現在封印によって守護しているのがエレメンティオである。これほどの恩恵を受け自力での封印も叶わないのであれば、独立国を主張し領域を声高に叫ぶのは道理が通らんだろう。」
「でもそれでいきなり国を無くして陸の国であるエレメンティオに、なんて……」
俺はなんと言えばいいのだろうか。
もちろん彼らが仲間になってくれるのは嬉しい。
だけど……
「外務大臣として、サラはどう思う?」
「悪くは無いと思います。彼らが配下に加われば東の海がそのまま手に入ります。陸の生き物はどうしても水に弱いですから頼もしい味方だと思いますよ。」
「でもケートスの封印を保つ以外俺らにやってあげられることは無いんだ。」
「もとよりそれが何よりの目的だ。他国の王によって国の命運を握られるくらいなら庇護下に入ってしまう方が安心だろう。いわばセイレーン一族の命と生活の保障だ。」
「でも政治とか生活とか、陸と海じゃ違うだろ?俺が統治に不安があるよ。」
「完全に組み込むことに不安があるのであれば、セイレーン王国は特別自治領とするのはどうです?主権はあくまで陛下でありながらも、日常的な自治権はセイレーン一族にある……そうすれば問題は解決するかと。」
「なるほどな。それでもいいか?トリトン王?」
「無論だ。寧ろ自治権まで与えてもらい感謝しかない。」
そう言うとトリトン王は椅子から立ち上がり、俺の前に跪いた。
深く頭を下げ、宣言する。
「我らセイレーン一族は貴方様に忠誠を捧げます。何卒我らに庇護をお与えください。」
こうして、セイレーン王国は精霊王国エレメンティオの自治領となった。