217.祝言
その後の会談はスムーズに進んだ。
使節の派遣や交易の開始、相互技術提供条約。そして有事の際には家族を助けるという名目で最低限の戦力を提供するという秘密条約。
他の国とは中立を理由に断っているわけだから、これは絶対秘密だ。
まあ、俺達が戦力を欲することはなさそうだし、蓬莱国も久遠の結界で侵入すらできないだろうからあんまり必要ないかもしれないけれど。
交易品は、俺は砂糖やみりん、かつお節と言ったエレメンティオに無い食材系をお願いした。砂糖はあるにはあるが、大量生産には至っていない貴重品だ。あとは漆器や食器、衣服。
とにかく和風のものが欲しかった。日本人としての本能だろうか。
エレメンティオからはシルクの布や作物、レトルト食品などを送る。
技術提供はまずは使節団を送ってどんな技術があるかをじっくり見たいということだ。
うちとしては漆器の絵付けや焼き物、和食やあんこの作り方をお願いしておいた。その他は使節団の報告を聞いてからだな。
まあおいおい考えるとしよう。
ちなみに蓬莱国にはあんこがある。団子もある。
上新粉や白玉粉と言った粉も各種取り揃えており、様々な食感の団子を作っているという。
逆にもちはない。今度教えてあげよう。
蓬莱国の物資や技術が揃えば、和菓子も和食も作り放題じゃないか?
これは楽しみだ。
会談も無事に終了し、大臣たちに共同声明を発表する。
市井の人々には『御触れ書き』を出すらしい。
当然だが、突然やって来た外からの使節との国交、長年の鎖国体制の崩壊、何より久遠の突然の婚姻と、大臣たちは大いにざわついた。
中には「久遠様が俺にまじないで操られている」などと邪推するものもいた。
「できるだけ仲睦まじく見えるよう振るまえ」と久遠が言っていたのはこういうことか。
どう見ても祝福のムードではなさそうだ。
「皆、鎮まるのだ。彼の国は素晴らしい技術力を持つ豊かな国だ。彼等との交流で我らに多くの繁栄をもたらしてくれるであろう。また、我らは古来より未知なるものに立ち向かい、受け入れ、手を取り合ってきた。海の向こうだからと言ってそれは変わらない。恐れてはならぬ。彼の国の者がどのような人となりであるか、自らの目でしっかりと見極めるのだ。」
久遠の挨拶に続き、俺も公の場で初めてとなる挨拶をする。
エレメンティオ国王としての第一印象。
噛んだりしないように気合を入れる。
「まずは初めまして。こうして国に受け入れてもらったことを嬉しく思う。この国は太古の昔から人族と魔族が手を取り合って共存してきたと聞く。とても素晴らしいことだ。並大抵のことではない。我が国も魔族との共生の道を歩みだしたが、それはつい先日のこと。長きにわたり無意味にいがみ合い、憎み合い、未だ晴れない遺恨を残している。諸君らの他者を受け入れる姿勢を手本にしたい。そして、諸君らも、我々を受け入れてくれることを切に願う。個人的な話にはなるが、俺もはるか遠いところから流れつき、見たこともない種族と出会った。未知のものを受け入れるのは怖い、それは俺自身の経験から分かっている。しかしまた、受け入れられることの喜びも知っている。エレメンティオと蓬莱国、この両国で互いに受け入れられる喜びを共有できたらと思う。どうか末永くよき友であろう。俺からは以上だ。」
大歓声とはいかなかったが、温かい拍手はもらえたと思う。
そして、祝言は明日になった。
ずいぶん急だが大丈夫なのか?そう問うと、「魔法でどうにでもなる」とのこと。
俺も服の採寸と儀式の大まかな流れのリハーサルだけを行い、その夜は眠りについた。
夜中に再び久遠が忍び込んできたのはここだけの話だ。
鍵をかけていたはずなんだが、久遠にかかればそんなもの関係ないらしい。
翌日、計画通り祝言は執り行われた。
新郎と新婦が高座に座り、酒を酌み交わす。
赤や桃色の煌びやかな着物を着た久遠はこの世のものとは思えない美しさだった。
これが俺の奥さんとかまじかよ。
金の杯に入った酒を飲み干せば婚姻成立だ。
そのあとは深夜まで盛大な酒宴が執り行われる。
大臣たちは勿論、下位の貴族たちも皆出席し祝福してくれた。
サラや鬼人たち、船員たちも当然参加している。
サラは「こんなに急に結婚されてしまうなんて……ちょっとだけショックです。」とこぼしていた。
かわいい奴だ。でも君は既婚だろう?俺は知っているぞ。
ちなみにサラの夫はクローン研究主任のアンブローズだ。知的な雰囲気の美男美女カップルだと思う。
「背の君は我が国の服もよく似合うな。」
「もともとこういう感じの国で生まれ育ったからね。久遠も、その、綺麗だよ。」
「周りが騒がしくて聞こえぬ。何と申した?」
「だから、き、綺麗だって。もう、聞こえてただろ?」
「背の君は初々しいこと。女は何度でも言われたい生き物なのじゃ。まあ安心するがよい。そのあたりのことはこれからわらわがじっくりと時間をかけて教えてやろう。」
「あ、そういえば、今更言って申し訳ないんだけど、俺、あと数年しか生きられないんだ。」
そうだ。
俺に残された時間は余命半年、こっちの時間で十年間。
今はもうその半分が過ぎている。
つまりあと五年で俺はこっちの世界からいなくなるということだ。
「背の君は自分の寿命がわかるのか?」
「ああ、そういう契約なんだよ。」
「そうか……」
「なんかごめんな。先に言っとけばよかったな。」
完全にミスった。というか、俺自身忘れていた。そして、祝いの席で言う内容でもなかったな。
久遠はちょっとだけ寂しそうな顔をしたが、すぐに顔をあげた。
「まあ、どのみち人間はすぐ死ぬ生き物だし、五年も十年も百年もそう変わらぬ。むしろ、そんな短い貴重な時をわらわに捧げると決心してくれたことを嬉しく思う。」
「……久遠は何歳なんだ?」
「女性に年齢を聞くとは。まあ背の君に隠すようなことでもあるまい。正確には忘れたが、千五百年ほど生きている。」
「すごいな。じゃあ五年なんて一瞬だな。」
「だからこそ、この計画を思いついたのだ。ほんの数十年の婚姻で外の国との足がかりが付く。数十年戦争をして上陸するよりも実に容易であろう?事実、背の君は一晩で落ちたぞ。」
くくく、と意地悪な笑みを浮かべてこちらを見る久遠。
その話はしないでいただきたいんだけど。
「まあ、いきなり海から攻めてこられないだけありがたいと思わないとな。」
「だが、わらわは背の君が気に入った。夫婦としての付き合いも所望するぞ?」
「え、ちょ、」
「なんだ、嫌なのか?背の君はわらわでは不足か?」
「いや、そんなことは……」
「なら問題なかろう?長く生きるコツは、色々と考えすぎぬことじゃ。」
「はぁ……」
その後も宴は盛大に続き、次の朝、もれなく全員二日酔い気味になった。