215.都に到着した
翌朝、沼の水で顔を洗い、アヤナミが朝食を用意する。
毎回思うけどすごいスピードだ。手伝いたいけど、下手に手を出したら逆に邪魔になってしまう。
まだ十九歳と若いから力の操作とかは未熟みたいだけど、こういった細かい雑務をやらせたら凄い。
まさにサポート役って感じだな。
……そういえば、他の龍たちの年齢っていくつくらいなんだろ?
みんな若く見えるけど、もしかして相当年上だったりする?
イリューシャはアヤナミを子ども扱いすることもあるから可能性としてはあり得る……いいや、怖いから聞かないでおこう。
朝食を食べながら、俺は氷雨に聞いてみた。
「それで、どう?俺達を連れて行ってくれる気になった?」
「……良いだろう。都に連れて行き、久遠様に話を通す。しかし、条件がある。先に一人使者を遣わせてほしい。」
「使者?」
なんでも、連れて行くのは致し方ないとして、俺達のような集団がいきなり都に現れると人々が驚く。
だから人々の目から隠す車を手配するとのこと。
その手配と久遠様への事情説明のために使者を遣わせたいとのことだった。
まあ、言いたいことはわかる。
今まで外部との接触が全くなかった都に俺たちみたいなのが来たらそれは驚くだろう。
俺はともかく、サラもゼノ達もリザードマンもこの国では見なさそうな顔立ちだからな。
「ああ、わかった。じゃあ使者の拘束は解こう。」
「かたじけない。……浅葱、お前がお行き。お前が一番冷静にことを伝えられるだろう。」
「承知いたしました、氷雨様。」
浅葱の拘束を解くと、まるで煙のように消えていった。
魔法、いや、忍術か?わからん。どちらにしろかなりの使い手だということだけわかる。
車が到着するまで、俺達は周辺の調査をすることを許可された。
自然に著しい影響を及ぼさない範囲、と釘を刺されたが、もとよりそんなつもりはない。
周辺の森だけでも、見たことのない花や草がたくさんあった。
サラは『小型転写機』を片手に一生懸命写真を撮っている。
俺達もいくつかの葉や実、花、種などを採取した。
そして三日後、浅葱がたくさんの車を引き連れて戻ってきた。
森の中には似合わない、大きめの平安時代の牛車のようなそれに分かれて乗り込む。
ちなみに牛は目が三つあった。
『忍』のみんなは護衛兼俺たちの見張りとして歩いていくらしい。
『忍』であると知られるとまずいのか、服を着替えて出発した。
森をしばらく進むと朱塗りの鳥居があった。
どうやらそれが農村の入り口になっているらしい。
木造の平屋建てののんびりとした農村には合わない派手な鳥居に俺達の車は向かう。
そして鳥居をくぐり始めた。
何してるんだ?俺は訝しむ。
しかし、潜り抜けた先は驚くことに平原だった。
そして少し遠くに見えるのは大都会だった。
まるで碁盤の目のようにまっすぐきっちり引かれた区画、黒瓦に木造や漆喰の家、広い道の両脇には商店のようなものが立ち並び、赤い提灯のようなものがぶら下がっている。
平安京じゃん!すげぇ!
ちょっと中華っぽさもあるけど、歴史の教科書で見た平安京の復元模型にそっくりだ。
思わず隙間から顔をのぞかせて辺りを見る。
着物っぽい服や中国服っぽい人が歩いている。
美しい黒髪をなびかせる女性や、カラスのような翼を背中に持つ人。あれはもしかして天狗か?
「顔を出さないでください。」
『忍』の一人に鋭くとがめられた。
はいはい。まだ俺達ここに滞在許可も入国許可も出されてないもんな。
都の奥に行くにつれて建物もどんどん豪華になっていく。
そしておそらくここが城だろう。都の中央にそびえる大きな門の前に到着した。
「ここから先は宮中となる。行動にはよくよく注意するよう。」
「それを言うなら他国の王は丁重に扱った方が良いぞ。ま、いいけど。」
一応、立派な車を手配してくれているし、お付き(見張りだけどな)として『忍』もついている。
『忍』の服装的にも高貴な人の付き人を意識しているんだろうし、「賊」という扱いでないのはわかる。
氷雨は門番の男に何やら話しかける。
すると大門横の車通りから俺たちを入れてくれた。
宮中もそれはそれは凄かった。
平屋造りの建物が大小さまざま立ち並び、区画がきっちり整備されている。
まるで街の中にもう一つ街があるみたいだ。
広い神殿や公園のようなものが合ったりと面白い。
案内された建物は一際豪奢なつくりをした場所だった。
「饗宴の院だ。ここで久遠様がお会いになられる。」
氷雨たちに促されて車を降り、院内に入る。
「饗宴」ってことは迎賓館だな。一応おもてなしの場を設けるということか。
それにしても広い。平屋建てでこれだけの広さ、しかもそんな建物がいくつも。土地面積どれくらいあるんだろう?
「久遠様、エレメンティオの王をお連れ致しました。」
「お入り。」
凛として、それでいてどこか妖艶さを含んだ声が聞こえた。
久遠様って、女性か?
中に入り、広い畳張りの中央に立つ。
てか、畳……すげぇ!この技術欲しい!襖も!
キョロキョロしない様に自分を律する。
御簾の向こうに人の気配がある。恐らくそこにいるのが久遠様だろう。
「よくぞ来られた、エレメンティオの王。わらわが蓬莱国の帝にして守護者の久遠だ。」
「初めまして、久遠殿。せっかくだから、直接顔を合わせて話さないか?高貴な立場だから顔を見せないんだろうけど、立場的には俺と同じだろう?」
端にずらりと並ぶ侍女たちが厳しい目を向ける。
でも間違ったことは言ってない。使者を名乗った以上は丁重に、国家の首長は(名目上は)対等。それがこの世界のルールだ。
「ふふふ、そうだな。そなたの言う通り、このような傲慢なふるまいでは捕虜たちも返してはもらえまい。」
「捕虜にするつもりはなかったんだけど……」
まあ今更何言っても遅いか。
御簾がスルスルと上がる。
中から出てきたのは、この世の者とは思えない美女だった。
……絶句。
白銀の絹のような髪に真っ白な肌、こちらを見透かすような銀色の瞳、紅で彩られた形の良い唇。
凛として妖艶、つやっぽさと高貴さ、どこか冷たい雰囲気を纏った冷艶妖美な美しさ。
たぶん、今まで出会った数々の美女たちの中でもダントツ……水の大精霊アクエラ様に匹敵するくらいか?
アクエラ様は華やかで美麗な乙姫って感じだけど、この人は取り込まれそうな妖しさがある。
「傾国の美姫」というのはきっとこんな感じだったんだろうな。
見ただけで動悸が収まらない。
これ、王として交渉していくのは骨が折れそうだぞ。
「そなたは魔人か?妖狐を見るのは初めてのようであるな。」
妖狐。そういえば、頭に白銀色の大きな耳がついている。
クッションかと思った後ろのモフモフも尻尾みたいだ。
べ、別に、顔ばかり見ていて耳としっぽに気付かなかったわけじゃないからな!
「俺は人間だよ。人よりも魔力は多いけどね。あんたは妖狐族なのか?」
「左様。都を支配するは我ら『妖狐族』。その中でもわらわは『九尾狐』という上位個体だ。わらわの結界が破られたと聞いて驚いたが、まさかこれほどの魔力を持つ人間が現れようとは。」
結界。上陸してすぐにバチバチッときたアレだろう。
あの結界を張ったのが目の前の美女なのか。
だとしたらこの女性も化け物じみた魔力を持っているはずだ。
「急にお邪魔して悪かった。こっちは人が住んでいると思わずに調査のつもりで来てしまった。」
「話は聞いている。この地を荒らす気は無いというのは伝わった。こちらも初めから強硬な手を使ったことを詫びよう。それでだが、此度のことは互いに不問にし、わらわに免じてその者たちを解放してやってはくれぬか?」
俺の後ろにずらりと並ぶ『忍』達を扇子で指す。
「俺達に危害を加えないと約束してくれるならいいよ。勿論こっちもあんたたちに危害は加えない。」
「用心深いこと。良いだろう。わらわの名において約束しよう。」
イリューシャに目配せし、『忍』達の拘束を外す。
ようやく解放された面々はホッとした顔をしていた。