206.船
ついに船が完成した。
大型のキャラック船の方ではなく、漁に使う小型のキャラベル船の方だ。
ヨットのような三角の帆がついたこの船は小回りが利き、何より岩礁など水深が浅いところでも余裕で進めるのが特徴だ。
確か大航海時代に冒険家がこぞって利用した船だな。
しかもうちの船はそこに魔石式魔導エンジンとスクリューがついている。
船の材質も鋼やカーボンを取り入れた軽量で丈夫な装甲。これは今の他国の技術ではできないだろう。
造船技術を教えに来てくれたトリノ公国の職人たちも、「おれたちゃとんでもないもんを作っちまったな……」とぼやいていた。
早速、進水式。
船づくりに関わった職人たちをはじめ、港街の住人がみんな見守る。
我が国初の漁船は、静かに海に浮かぶことに成功した。
水の透明度が凄すぎて、水に浮くと言うよりも空中に浮かんでいるようだ。
なんにせよ、確かに船は浮いている。
うおおおおっ!と野太い歓声。今までの努力が実を結んだ瞬間だ。
早速漁に行ってみる。
トリノ公国から来てくれた漁師数名と、彼等に漁の技術を学んでいたリザードマン数名。
漁網も積み込み、いざ出発。
とはいえ、最初はここから見える範囲の沖に出るだけだ。
東の海は誰も開拓したことのない秘境。どんな魔物が出るかわかったものではない。慎重に進まなければ。
数時間後、彼等は無事に戻ってきた。
漁網には大小さまざまな魚がかかっている。
どうやらそれなりに大漁だったようだ。
港に戻ってからも漁師たちは忙しい。
食べられる魚、食べられない魚を教えてもらいながら選別し、血抜き処理していく。
初の漁で捕れた魚を俺にふるまってくれるらしい。
「陛下、どれを食べてみたいですか?」
「そうだな、お、これはどうだ?」
俺がさしたのは鮮やかな赤い魚。見た目は真鯛にそっくりだ。
生で食べても大丈夫みたいなので刺身と、ご飯と一緒に炊いて鯛めしにして食べる。
ご飯が炊きあがる湯気に乗って何とも良い香りが漂ってくる。
ぱくり。
「うーん、最高!」
うおおおぉぉお!
俺の反応に野太い雄たけびを上げる漁師集団。
うんうん、よくやった。
それから毎日のように、漁師集団は船の操縦と漁の技を磨くべく海に出まくった。
まだ近場だけだが豊かな海らしく魚は十分獲れる。
港町には魚料理の食事処が増え、市場も開催されるようになった。
また、海岸近くの保管倉庫には冷蔵庫・冷凍庫も完備され、新鮮な魚を保存できるようになった。
あとは輸送の問題だな。
普通の馬車で王都に運ぼうと思ったら一週間。魚が腐ってしまうのは明白だ。
ディノス号なら爆走すれば朝出発の夕方到着が可能だが、一日二便しかない。
メローナに来る人やメローナから他の街へ行く人もディノス号を使うため、たくさんの輸送は難しそうだ。
うーん、便を増やすか。
ちょっとディノス達の配置を考え直そう。
ちなみに、人が抱えられるくらいのごく少量であれば転移魔法陣でも行ける。
ただその場合エルフ以上の魔法の使い手に頼むか、同行してもらう必要がある。
効率としてはあんまりよろしくない。
まあ、あれは人の移動用だからな。
これからいろいろ改善していこう。
とにかく、エレメンティオに海の魚が流通しだしたのは大きい。
目指すは国のどこにいても刺身が食べられる魚大国だ。
漁船に乗り始めてからおよそ二週間ほどたったある日、とうとう大型のキャラック船が完成した。
全長およそ四十メートル、マゼラン艦隊のビクトリア号を彷彿とさせる形と四本のマストが男の冒険心をくすぐる。
これはかなりかっこいいな。
造船に携わった面々も感慨深げに見つめていた。
造船が発達していないこの世界において、間違いなく最先端の技術の結晶だ。
トリノ公国の技術者もうちの技術者も、どちらもしっかりと労っておこう。
進水式も滞りなく終わった。
今は人間とリザードマンの航海士候補が操縦を学んでいる。
操縦の仕方を覚えたら、いよいよ東の海へ行く。
俺も色々準備をしておかないとな。
そして一週間後、俺たちは東の海へ出航した。
メンバーは会議で話し合い、俺とアヤナミ、イリューシャ、サラ、ゼノ、ジェイク、イヴァン、それに人間とリザードマンの船員が十五名程。船長はリザードマンのリンド。このメンバーで行く。
未知の海域、というか、俺たちにとって海自体が未知の領域だから準備は万全に。
食料も船倉にたんまり仕込んで、娯楽のための甘味や酒も。
こういう閉鎖された空間に何日も閉じ込められるうえで、意外と娯楽というのは馬鹿にできない。
精神を正常に保ち判断力を鈍らせないために必要なんだと。
エルフの薬も積んでおく。アヤナミがいれば使うことはないと思うが、何かの拍子にアヤナミがこの場を離れた時のことも考えてだ。
船室の寝具は船員の分も含めて相当豪華にしてある。シーツなんかはシルク製だ。
良質な睡眠で少しでも船旅のストレスを和らげるためだ。
ベッドの区画も一人分がようやく足を伸ばせる程度だからな。寝返りはギリ打てるくらい。
仕切りはカーテンのみ。二段ベッド。
寝床としてはあまり宜しくない環境である。
これでも相当改善した方だ。
トリノ公国の商用船の客室は足も伸ばせないベッドがずらりと並ぶそうだから。
それはさすがに無理。可哀想。
というか俺が耐えられそうにない。
だから王様命令で改善した。
まあ、シルクのシーツに関しては「やりすぎでは?」とちょっと議論になった。
しかし後悔はしていない。
王国のことは総務のシリウスと防衛大臣ミアガリアに任せてある。
この二人がいれば安全に関しては問題ないだろう。
国外からお客や使節がやってきても、レティシアやダンタリオンが何とかしてくれるはずだ。
あの二人、歯に衣着せぬ言い方をするときもあるが、人間と魔族とは思えないほどいいコンビである。
そして俺に対して最近ちょっと厳しめの二人でもある。
まあでも、いがみ合っていた人族と魔族が協力して同じ仕事をしていくというのはこちらからすると感慨深いものがある。
いつか、全ての人族と魔族がそうなればいいな。
「じゃあ、後は頼むよ。」
「はっ。どうかお気を付けて。」
「こちらのことはお任せください。」
「行ってらっしゃいませ。」
「お帰りをお待ちしております。」
見送りにはクローディアもやって来た。
健気に俺の眼を見ながら言う姿が何ともかわいい。
そして女子にそんなに見つめられながら「帰りを待ってる」なんて言われたことがない俺はやっぱりドキドキしてしまう。
ええい、鎮まれ!俺の心臓!!
「行ってきます!」
いざ、東の海へ!
俺たちは広い大海原へと飛び出した。