203.困った贈り物
奴隷達をエレメンティオに連れていき、仕事や住む場所の割り振りをした。
王都に住む人間の他にエレメンティオの入口にほど近い場所に宿場町を作る予定だったのでそこの開拓と管理にあてがう。
最初はおっかなびっくりだったが、ノームや巨人達建築勢と協力しながら街づくりを進めていく。
マクシムには、早速シュタイル王国に行ってもらった。
メンバーはマクシムと、護衛兼外交担当でダンタリオンとゼノを同行させた。
ダンタリオンがいれば転移魔法が使えるし、人間の国に興味があるゼノもゆくゆくは外交官にする予定なのでこのチャンスを逃す手は無い。
マクシムには難民の適性を見極め、なるべく有用な者を連れてくるように言ってある。
食糧の余剰を鑑みて人数は最大で四百名まで。
盗賊や犯罪者、性格的に問題のあるものは除外しろと命じた。
難民はほとんどが女、子どもだと言うが、果たしてどんな人達が来るのだろう。
五日後、難民の選定が終わったらしく、ダンタリオンの力で順次エレメンティオへ送られてきた。
続々とやって来る女、子ども、老人、たまに男。
その数なんと三百名。
マクシムのやつ、結構連れてきたな。
キークスの奴隷達と同じように仕事や住む場所を割り振り、出来上がり次第家を与えた。
王都周辺の街には新住人を想定して作られた長屋や一軒家が沢山あるが、さすがに四五〇人分はない。
ノーム達に大急ぎで作ってもらう。
季節は既に秋の終わり。本格的な冬に入る前に家を建てなければ凍死してしまう。
家が建つまでは、住人の家に下宿したり、宿屋を借り切って住まわせたりした。
普通の移住者ではなく元奴隷に戦争難民。当然財産など一文もない。
国民が親切に受け入れてくれたのが幸いした。
助け合いの精神、なんと尊いのだろう。
ノームも巨人も頑張った。
手の空いた者も率先して家造りを手伝った。
そして吐く息が白くなり雪がちらつきだす頃、全ての移住者達の家が無事完成した。
マクシム、ダンタリオン、ゼノの三人だが、帰国してからの報告の際に見知らぬ人間を連れてきていた。
繊細なドレスを纏った二人の美少女。
なんとシュタイル王国の王女だという。
姉の方の名はクローディア・シャレット。
亜麻色の髪にエメラルドのような透き通る緑色の目が特徴の、清廉な雰囲気を醸し出す美人だ。
妹の方の名はアリエル・シャレット。
赤毛にルビーのような深い赤色の目が特徴の、華やかな美しさを纏うこれまた美人だ。
「なんで王女がここへ?しかも二人も。」
「叶うことなら陛下のお傍に置いて頂きたく、国王の計らいで参りました。何卒よろしくお願い致します。」
俺の質問に答え、優雅にお辞儀をするクローディア。
「お傍に置く」ってことは、国民として仕事をしてもらって良いんだよな?
「……陛下、一応言っておきますが、『お傍に置く』とは『妃として』という意味ですわ。」
「えっ!?」
レティシアの囁きでようやく気づく。
なんと、この姉妹は俺の結婚相手として送られてきたのだ!
いやいやいや、さすがに急すぎないか?
国交を結んだのもつい先日だってのに、何考えてんだ王様は!
「つまりは彼女達を嫁がせることでシュタイル国王と陛下の血縁関係を結び、国としての後ろ盾に……という狙いですわ。貴族や国同士の婚姻には良くあることです。」
元貴族のレティシアにも覚えがあったのか、ため息混じりに淡々と説明する。
なるほどな。所謂『政略結婚』と言うやつか。
だとしても、いきなり送ってこられても困るんだけど。しかも二人も。
「俺、結婚しなきゃダメか?」
「世継ぎを作るためには結婚は進めたいところですが、慎重に行わなければなりませんわ。彼女達と婚姻関係を結ぶということは、二カ国はある意味同盟よりもずっと強い絆で結ばれるということですから。シュタイル王国にその価値があるのかを考えるべきかと。」
うーん。絆か。
正直シュタイル王国とそこまで仲良くなるメリットは少ないと思う。
というか、難民を受け入れてうちの国民にシュタイル王国出身者が増えたとはいえ、ほぼ知らない国だし。
どうせ関係を結ぶなら、長く付き合っているヘイディスさん達がいるオルテア王国とか、大国であるトリノ公国の方が良さそうだ。
いや、決して王女二人が好みじゃないとか気に入らないとかそんなことではなく。
むしろかなり好みの方だ。
でも、結婚する気は正直ないんだよなぁ……。
「正直結婚する気は無いし、国に戻って貰っちゃダメかな?」
俺の言葉に王女二人は絶望的な顔をする。
レティシアが少しだけ俺を睨むような視線で言った。
「陛下、王とは言え、言葉には気をつけて下さいませ。送られた妃候補を送り返すなど大変な失礼に当たりますわ。それを本人たちの目の前で言うなんて。」
「あ、そ、そうだよな。ごめん。」
「それと同じ女性からの立場で言わせて頂きますと、婚約を破棄されて送り返されるなど恥以外の何者でもありません。国に帰れば彼女達は一生笑いものになるか、後ろ指をさされて生きていくことでしょう。それくらい、女にとって『結婚』というものは重要なのですよ。」
不本意ですが、彼女達のことも考えてここは引き取っておくのが良いでしょう。そう言われ、俺も考えを改める。
貴族の女性にとって結婚とはそれだけの重要性を持つ。言わば自分の価値を試されるところなのだと。
絶望の顔をしていた王女二人は俺にそう進言してくれたレティシアを神様でも見るかのようにうるうるとした目で見つめていた。
知らなかったとはいえ、酷いことを言ってしまったようですまない。
「じゃあ、婚姻云々は一度置いといて、とりあえず二人の移住を許可するよ。」
「ありがとうございます。陛下のお気に召していただけるよう精一杯努めてまいります。」
「どうか、お見知り置きくださいませ。」
二人は優雅な仕草で深々とお辞儀をした。
レティシアが俺に話があると言うので、ゼノに二人を案内してもらう。
「どうぞ、こちらへ。」
「は、はい……」
「……」
立ち上がらせるために手を差し出したゼノに対し、二人は怯えた表情で見る。
その視線はゼノの角や差し出された手――鋭く長い爪に注がれていた。
シュタイル王国は人族至上主義では無いと聞いたはずだけど、やはり鬼人は怖いのだろうか。
あまりに毛嫌いするようなら、国へ返すことも考えないとな。
そんなことを考える俺とは裏腹に、ゼノはにっこりと微笑んだ。
「角はありますが、心は人間なのでご安心を。」
そう言うと差し伸べていた手をグーの形にして爪を隠し、掌ではなく腕を差しのべた。
二人は恐る恐るその手を取り、立ち上がる。
「ね、平気でしょう?怖くなったら突き飛ばしていただいて構いませんよ。俺は丈夫にできていますから。」
二人の顔を真っ直ぐ見て笑顔を見せる。
イケメンな仕草と笑顔に思わず顔を赤らめる王女二人。
――おい。
君達は俺の妃になりに来たんじゃないのか。
思わず心の中でつっこみを入れてしまった。
まあ、ゼノはかっこいいし人当たりもいいし仕方ないよな。
俺より年下なのに、俺には無い男としての余裕みたいなものを感じるし。
はあーあ。
……これは断じて嫉妬では無いからな。