201.シュタイル王国
実りの秋も終わりに近づき、冬に向けて準備を急ぐ。
春に多めに畑を開墾し、缶詰やレトルトなど保存食を計画的に作ってきたおかげで食料は潤沢。
冬に飢える心配はまず無さそうだ。
それどころか、缶詰類のおかげで冬にもトマトやメロンが食べられるし、フルーツも生に近い状態で食べることが出来る。
食生活が豊かになるのは良い事だ。
最初は魔族のために作った缶詰やレトルトパウチだったが、今やエレメンティオにも欠かせないものとなっている。
缶詰類は交易でも人気商品だ。
最初はいつも長い道のりを来てくれるオルディス商会にお礼の気持ちで紹介したのだが、これは革新的、売ればエレメンティオを代表する特産品になると言われ商品化した。
主に旅人や冒険者の間での革命的保存食として愛されている。
旅人や商人たちも段々とうちに足を運んでくれるようになった。
冒険者は暗黒の森の魔物の素材を求めて腕試しにやって来る。あとはドワーフ製の武器を求めて。
ドワーフの里のドワーフ達も、これまでは一部のドワーフ達がわざわざ人間の里に売りに行っていたのが、エレメンティオ内で商売をするようになった。
ただし、売るからには粗悪品は絶対に売るなと条件をつけてある。「エレメンティオは粗悪品を売りつける」なんてイメージが一度でもつくと、信頼を取り戻すのには時間がかかる。うちのブランドに関わることだからそこは徹底する。
王都やギア山脈のメイン山『ギアの霊峰』の麓に新しく作った鉱山街『オーベール』では、王都のドワーフ職人集団を初めドワーフの里で作られた様々な武器や防具が手に入る。
勿論どれも相当な値段はするが、命を預けるものに金は惜しまないと冒険者の間で飛ぶように売れた。
おかげで以前にも増してガッポリ稼がせて貰っている。
御用商人以外の個人輸入の商人もやってくるようになった。
珍しくて高品質な食べ物やエルフ達の薬、綿や麻の衣服がよく売れる。
ドワーフ製の宝飾品やシルクはさすがに高すぎて一般の商人には手が出せないので、御用商人がまとめて購入し国で捌いていく。
それでもシルクなんかは他で買うより段違いで安いし高品質だけどね。
そんなこんなで街も賑わう中、使者を名乗る人物が訪ねて来た。
どうやら小国群の国の一つ、シュタイル王国から来たらしい。
華美では無いが上質な衣服を纏った紳士はローレンス侯爵と名乗った。
「お初にお目にかかります。この度は互いの関係も築けていない状態ではありますが、特別にお願いがあって参りました。」
何やら緊迫した雰囲気だ。
話を聞いてみると、戦争で窮地に立たされているから助けて欲しいとの事だった。
シュタイル王国は小国の一つでありながらもその歴史は古く、小国群のある一帯の土地がひとつの国だった頃の王家の末裔が起こした国だという。つまりは昔の大国の成れの果てだな。
ここ数百年でかつての大国は徐々に力を失い、土地を奪われ、今では乱立する小国群の一つに過ぎないものとなってしまった。
そして戦争により疲弊した土地と臣民を立て直すため、現王は平和主義政策を講じ進軍をやめる。それで国は平和になり国力は回復すると思われた。
しかし、シュタイル王国が弱気になったと捉えた周辺諸国はシュタイル王国に派兵し、国境沿いでは今なお激しい戦いが繰り広げられているという。
「我が軍の必死の抵抗によりなんとか国土を奪われずに済んでおりますが、国境沿いの街は侵略者によってもはや住む場所ではなくなってしまいました。その影響で各地に難民が溢れております。そして先日、国の重要都市にもランゼルト王国軍が入り込み、今も激しい攻防が続いています。そのせいで、およそ千人以上もの住民が避難を余儀なくされています。つきましては貴国には我が国と軍事同盟を結び、援軍と難民の受け入れをお願いしたいのです。その見返りとして、我が国が過去から現在まで継承してきたあらゆる古代知識を共有することをお約束いたしましょう。さらに、こういう言い方もあれですがうちの国民は他とは比べ物にならないほどの割合で祝福者が出ております。読み書きができる者も比較的多いですから、何かとお役に立てるはずです。」
エスメラルダの授業によると、シュタイル王国は古い血筋の王家の国だけあって古くからの技術や魔法、歴史に詳しい。書物にまとめ保管する習慣も根付いており、国民の識字率や学力も高い。学問を大事にする国民性なのだ。
武に秀でたものが少なく軍隊も小規模だが、その脈々と続く知恵や明晰な頭脳による戦略のおかげで、小国と成り果てた今も国土を守り続けている。
更には、祝福者。シュタイル王国では、魔法に関する素養を持つ祝福者が異常に多い。この国を立ち上げた王の配下に賢者と呼ばれる宮廷魔導師がいた事が関係していると言われている。
正直、魔法に関する知識や技術は興味があるな。
うちに人間の祝福者は少ないが、魔法を使えるものは人間以外に沢山いる。エルフ達の魔法研究にも役立つかもしれない。
永く継承されてきた知恵は現代でも役に立つものがあるだろうし、伝説や神話というのは多くの場合何らかの事実や教訓を含んだメッセージがあるからバカにはできない。
そして難民。この国も例に漏れず戦争と難民問題に苦しんでいる。
学力が高く、祝福者が多いというのは魅力だな。
うちはともかく他国の庶民でしっかりと読み書き算術を習っている者は少ないし、祝福者はそもそもが稀だ。
祝福持ちと言うだけで大都市や王都で引く手数多だ。
そんな人間がバンバン生まれるなら奴隷として売れば大儲けできそうだが、そうしないところを見るとこの国の王は民をちゃんと思いやるいい王様なんだろう。
平和主義政策とやらは失敗しているみたいだけど。
ただ、軍事同盟と援軍。これはダメだ。
何度も言うがうちは中立。どこの味方もしない。
魔王の同盟案を蹴ったんだから、他の国と同盟を結ぶことは出来ない。
これまで同盟無しで国交を樹立した全ての国に対する裏切りになる。
「申し訳ありませんが、うちはどの国とも同盟関係は結びません。中立国としてやって行くと決めています。だから援軍を送ることも出来ません。」
「そこをなんとか……」
食い下がるローレンス侯爵にダンタリオンが言い放つ。
「仮に同盟を結んだとして、我々はこれまで我らが同盟を断ってきた全ての国を敵に回すことになるやもしれませんよ。そこには大国トリノ公国や魔王国も含まれます。貴国はそれらの国を敵に回す覚悟がおありでしょうか?」
「それは……分かりました。同盟は諦めましょう。もとより慈悲にすがったお願いに過ぎません。」
おお、さすがダンタリオン。
ぐうの音も出ない正論で反論を退けたな。
正直、他国がまるっと敵国になるのは俺も勘弁願いたい。
あとは難民の受け入れ。これはまあ別に良いかな。
「難民の受け入れについては了承しても良いです。ただし、誰でも来ていい訳ではありません。こちらも変なのが押し寄せてきては治安も悪くなって困りますので。こちらが許可を出した人間のみ受け入れましょう。そして、帰国を認めない訳ではありませんがこちらに住むからにはエレメンティオの国民となる覚悟で来てもらいます。いわば祖国を捨てる覚悟。シュタイル王国からすれば国民を預けるのではなく手放すということになります。その条件でも良ければ力になりましょう。」
「もちろんです!どうかよろしくお願いします。」
というわけで、難民の受け入れを行うことになった。
と言っても、審査はそれなりにする予定だ。人道支援とはいえ、誰でも彼でも入れたらこっちの国が破綻しかねない。
特にうちは新興国の割に裕福な国と知れ渡っているようだから、略奪者や怠け者が押し寄せる可能性だってある。あとは人族至上主義が染み付いているやつとか。
移民を受け入れて都市や国の治安が悪くなるのは地球でもよくある話だ。
俺にとって何よりも優先したいのは、今まで一緒に頑張ってきた仲間達。その次に俺を慕ってついて来てくれた国民達。その次に他国の人達。
仲間たちの生活を守るためにも受け入れる人間はしっかりと見極めなければ。
その後、難民は後日こちらから派遣した人間が連れていくことに決まり、またこちらからは食糧や生活必需品を、向こうからは魔導書や学術書を交易品として交換することが決まった。
いくつかは国に一冊しかない貴重な本だと言うので、それに関しては写本の許可を貰い、移し終えたら返却することで合意した。
まだ見ぬ魔法や学問の世界。俺は結構ワクワクしている。