200.フランカとイリューシャ
学校が終わり、子ども達が一斉に出てくる。
これから何をしよう。遊ぶ?図書館で本を読む?それとも大人のお仕事の手伝い?
そんな会話が繰り広げられる中、フランカは一人玄関の前で人を待っていた。
早く来ないかな?
そんなことを考えていると、ふわりと風が吹き抜けた。
「お待たせ、フランカ。行こうか。」
「イリューシャ!」
イリューシャにひょいと抱えられ、フランカは無邪気に首元にしがみつく。
しっかりと捕まったのを確認して、イリューシャはビュオッと風移動した。
フランカにはこれから「お仕事」が待っている。
わたしはフランカ。十二歳。
学校が終わった後、何日かに一回、イリューシャがお迎えに来てくれる。
イリューシャはこの村に来た時から子ども達の人気者。優しいし、魔法で面白いことをして遊んでくれる。
わたしもカルナもクラリスもフィルも、みんなイリューシャのことが大好き。
そんなイリューシャを独り占めできるのはちょっとだけ気分がいい。
ただ、わたし達は二人になっても一緒に遊んだりはしない。
これからわたしは「お仕事」に行く。
わたしの「お仕事」は、魔物とお話しして仲良くなること。大人たちは「交渉」って言ってる。
ケイお兄ちゃんが作った国、エレメンティオはとっても広くて、わたし達はこれからどんどん街を広げていくんだって。
でも、”暗黒の森”と呼ばれるここには人間たちを襲う怖い魔物がたくさん住んでる。
その中でも私は「知恵のある魔物」を見つけて、街づくりに協力してくれるように頼んだり、わたし達を襲わないでってお願いしたりするのが役割。
でも魔物は怖いのが多くてわたしの言葉を無視して襲ってくるのもいる。だから護衛としてイリューシャがついてくれている。
イリューシャはものすごく強くて、どんな魔物にも負けない。
私は今まで怖い思いは沢山したけど怪我は一つもしたことが無い。
わたしの「お仕事」のおかげで、これまでに力持ちのミノタウロスさんたちが手伝ってくれることになったし、デスマウンテンの北西に住んでる「ルフさん」っていう大きな鳥さんと話して私たちを襲って食べないように約束できたの。
ケイお兄ちゃん……じゃなくて王様もすごく喜んでくれたし、お母さんも褒めてくれた。
お兄ちゃんも国の役に立つために外国に勉強に行ったし、フランカももっと頑張らなくちゃ。
「よっと。今日はここだね。」
イリューシャが軽い足取りで着地し、ふわりとフランカを地面に下ろす。
鬱蒼とした森の中、遠くから不気味な声も聞こえる。
(大丈夫。イリューシャがいるんだから。)
フランカは手をぎゅっと握り心の中でそう呟いた。
ここはコカトリスの縄張り。
今回のミッションは、Cランクの魔物「コカトリス」のスカウトだ。
村の上空を飛んで他の魔物を威嚇したり、空便として荷物を運んだりしてもらえるようにお願いする。
それが無理なら、互いに危害を加えない約束を結ぶ。
まずはコカトリスに合わなければ。
イリューシャと二人、離れないようにしてコカトリスを探す。
とはいっても、イリューシャの力を使えばコカトリスがどこにいるかなんてすぐにわかる。
まるで一本道を歩くかのように、イリューシャはまっすぐ歩いて行った。
フランカも離れないようについていく。
――いた。
体長四メートル近くもある巨体は、色鮮やかな羽毛に覆われている。
街で飼われている『ココトリ』のような顔と、後ろは蛇の尾になっている。
見るからに凶悪そうな魔物だ。
「あれがこのあたりの群れのリーダーだよ。フランカ、行ける?」
「……うん、やってみる。」
年齢に似合わず勇敢だな。イリューシャは感心する。
確かこの子は十二歳……生まれて十二年って、まだ赤ちゃんじゃないか。
大人の人間でも怖がって近寄りたがらないCランクの魔物相手に、まるで新しい友達でも作るかのように近寄っていく。
……変な子。
まあ、ぐずられて説得しなきゃいけなくなるよりはマシだけどね。
でも、護衛としても保護者としても万全を期すことに越したことはない。
イリューシャはフランカの肩にポンと手を置いた。
「大丈夫だよ、僕が守ってあげるから。一緒に行こう。」
フランカは大きく頷き、茂みをかき分けコカトリスの前に姿を現した。
目の前に現れた人間に、コカトリスは身構える。
これは威嚇半分、食おうとしてる半分だな。友好とは遠そうだ。
心の中でイリューシャは分析する。
さて、フランカはどうやって交渉するつもりだろう。
「こんにちは。驚かせてごめんなさい。」
――…………。
「わたしたちはこの近くに住んでいるの。今日はお願いがあって来たの。」
――下等な人間の分際で我らの言葉を話すとは、貴様、何者だ。
「わたしはフランカ。わたしたちの仲間になって、一緒にエレメンティオに住みませんか?」
――…………。……ク、ククク、クァッハッハッハッハァッ!笑わせるな!この俺様が、人間の仲間にだと!?誇り高きコカトリスが人間の配下に……クァッハッハッハ!!!
コカトリスが突然奇声を上げ始めた。
言葉がわからない僕には、不気味な笑い声?叫び声?のようにしか聞こえない。
が、フランカの顔を見る限り交渉は失敗。どうやら仲間になる気はなさそうだな。
フランカが緊張しながら言葉を紡いでいるのがわかるのだろう。あざ笑うかのように大げさに奇声を上げている。
「じゃ、じゃあ、お互いに傷つけあわないって、約束しませんか?」
――世迷言を。……だが、今日の俺様は気分が良い。話を聞いてやろう。こんな幸運な機会はまたとないからな。
「幸運?」
――幸運だとも。人間の肉、それも良いものをたらふく食った子どもの肉は柔らかくて最高だ。生きたままはらわたを貪るのが俺様は大好きでね!!
言うが早いか、コカトリスは自らの羽を弾丸のように飛ばす。
思わず目を瞑るフランカ。しかしコカトリスの鋭利な羽がフランカに届くことはなかった。
「はい、そこまで。」
コカトリスの羽はイリューシャの結界にあえなく阻まれる。
「残念だよ。キミが仲間になることはなさそうだ。もう用はない。」
――貴様は……いや、あなた様は……!
「あれ、怯えているの?今更僕に気付くようじゃ、大した知能も持ち合わせていなさそうだね。」
ズシャッ。
反論の余地もなく、コカトリスは肉塊と化した。
「さ、交渉は失敗したし、帰ろ帰ろ。」
そう言ってフランカの方を見る。
フランカは恐怖のせいか、イリューシャの服の袖をぎゅっと握って俯き、小刻みに震えている。
あ、やばい。泣く?
イリューシャは焦った。
えっと、どうしよう。あ、そうだ!
「フランカ、ちょっとだけ待ってて!すぐ戻るから!」
そういってフランカに結界をかけると風と共に消えた。
一人残されたフランカは不安そうに木の陰にしゃがみ込む。
イリューシャは急いでいた。
この護衛の仕事、護衛自体は大したことはない。
交渉決裂した相手を片付けるだけでいい、ただそれだけの仕事だ。
厄介なのはそのあと、フランカが怯えて泣く可能性があることだ。
子どもの相手は普段ちびっ子たちと遊んであげて慣れているし、子ども自体も嫌いじゃない。
ただ、泣かれるとさすがにちょっと面倒だ。
だからいつも僕は花や木の実など、様々なものでご機嫌を取る。
難しいのは毎回同じ内容だと子どもは飽きて反応しなくなるということだ。
今日は……これにしよう。
フランカのもとを去って一分経つか経たないかの後に、イリューシャは戻ってきた。
「フランカ、面白い花を見つけたよ。」
そういって手渡した花は、リズムに乗るかのようにゆらゆらと揺れていた。
ダンシングフラワー。自分の実を食べてもらうため、生き物の気配に反応してゆらゆら揺れる。
滑稽なアピールだと思う。ただ、本人たちは子孫を残すために必死なのだ。
もしかしたら人間たちも同じかもしれない。倒せばいいだけの魔物に対し、仲間にしようとアピールをする。
龍族であるイリューシャからしたら滑稽にも思えるが、なぜか嫌いになれないし美しいとさえ思える。
「うわぁ、かわいい!ねぇ、これ、お母さんやカルナたちに見せてもいいかな?」
「勿論、じゃあ早く帰ろう。しおれる前に見せないとね。」
フランカはすっかり笑顔になっていた。
ふふふ、ご機嫌取り成功だね。さすがは子ども人気No.1風龍。
笑顔のフランカと自画自賛するイリューシャは街へと帰っていった。
屋敷の執務室にて、フランカとイリューシャは国王と防衛大臣ミアガリアに報告をする。
「そうか。コカトリスは無理だったか。」
「うん……うまくできなくてごめんなさい。」
「そんなことないよ。フランカは上手にできた。コカトリスが仲良くする気がなかったんだよ。」
「とりあえず、あの地域を危険地帯に指定し、早めに残りのコカトリスを討伐しましょう。」
「ああ、防衛チームに連絡をつけておいてくれ。」
「かしこまりました。」
コカトリスはCランク、一般人が襲われないように早めに対処しないとな。
「それにしても、フランカは凄いな。いつも聞くけど、怖くなかったか?」
「ちょっと怖かったけど、イリューシャがすぐ倒してくれたから平気。」
「僕がずっとそばにいるんだから、怖いことなんてないでしょ?」
「うーん、でも……イリューシャ結構わたしを一人置いてどっか行っちゃうから……」
「なっ、ちょ、それは……!」
「……イリューシャ?どういうことだ?」
ケイ様のじっとりとした視線から目をそらす。
懐いた子どもが裏切らないとは限らない。
それがフランカのためだったとしても、ご機嫌取りの気持ちがすべて伝わるとは限らない。
……子どもって、難しい!
見た目はエアリス様と同じくらいだけど、エアリス様は何万年も生きているのに対してフランカはまだ赤ちゃん。
何を考えているかわからない。
はぁ、せめてケイ様くらいまで早く成長しないかな。
最強の存在・風龍の悩みは続く。