20.夏の装い
麻布を作ってみる。
もともとこの国では大麻から麻布を作っていたのだが、この辺に大麻が自生していなかったので地球から取り寄せた亜麻から作る。
一週間ほど前に良い頃合いになったので、全員で収穫作業をし、種と茎を分け、水につけておいたのだ。
この機会に、製糸所と洋裁所もノームたちに作ってもらった。
丁度建物ができた頃に亜麻もいい感じにふやけたので、早速作業開始。
水を吸って柔らかくなった亜麻の茎を乾かし、叩いて繊維を壊していく。
少しずつ叩かないと壊れないし、亜麻は成長が早く大量に収穫できたので全員総出のイベントだ。
建築が落ち着いたノームたちの何人かも手伝ってくれている。
テレサ指導の元、地道に叩いていくと表皮が剥がれ藁状の繊維が残る。
更に叩いて繊維を柔らかく。とんとんとんとん。地道な作業だ。
地球で調べておいた亜麻叩き用の道具をノームたちに作ってもらったが、それでも少しずつしか進まない。
つぎに木製の剣山のような道具でブラッシング。
さらに目の粗さの違うくしで何度も梳かし、引っ掛かりを少なくする。
ここの丁寧さで紬ぎのやりやすさが変わるんだとか。
なのでテレサ監督には厳しめにチェックされた。
長い金色の髪の毛のようになったら、糸を紡いでいく。
この工程はテレサとマリアが担当してくれた。
男性陣と子ども・ノームのちびっこチームはひたすら亜麻をとんとん叩いていく。
とんとんとんとん。先は長いな。
ちらりと女性陣を見ると、手際よく糸を撚って行く。
繊細な手付きで素早くこなすテレサ。さすが、本業は違うな。目つきが完全に職人のそれだ。
一日がかりでようやく四分の一ほど紡ぎ終えた。
これを重曹水で煮る。重曹はテレサが商売道具の一つだからと荷物の中に入れておいたらしい。「移住先で布屋か服屋でもやろうと思ってね。まさかこんな森の中でやることになるとは思わなかったわ。」と笑うテレサ。
人生何があるかわからないが、テレサがいてくれて本当に良かった。
三十分ほど煮ると水はすっかり黒っぽい茶色に濁っていた。
これを乾かしてようやく糸の完成。そこから布を折って、服を仕立てていく。
麻糸づくりは七日間に及んだ。
もちろんずっと糸作りばっかりやってるわけにも行かず、狩りや魚とりに出たり、続々と実る他の野菜や果実の収穫をしたりと忙しい。入れ代わり立ち代わり作業は続いた。
できた麻糸で布を作る。テレサはこもりっきりで機織り機の前に座っていた。
十日後、少しやつれたテレサは達成感でいっぱいの顔で俺たちの前に登場した。全員分のリネンの服を持って。
全員拍手喝采でねぎらった。
男性陣は草の汁で染めた薄緑色の甚平、デザインは姉貴監修だ。
女性陣はシソの葉で染めたピンク色の七分袖ワンピース。これもデザインは姉貴監修だ。
なんとも涼し気な夏の装いが完成した。
せっかく作った服だが、寝間着として使われることになった。
理由は簡単。汚したくないからだ。
探索や農作業など、日中に着る服はどうしても汚れてしまう。
もともと来ていた服は抵抗もないのだが、流石に新しい服、しかも苦労して一から作った服は汚せない。そんな思いがみんなの中にあったからだ。
とはいえ、汚れたまんまの服で寝なくていいというのはとても快適だった。
夏も近づき、気温もだんだん高くなる。
涼しい服で寝られるというのは良いものだ。
寝間着ついでに寝具も揃えることにした。
テレサに頑張ってもらい、大きな袋状の布を作ってもらう。
そこに草と綿を詰め込み、形を整えたら綿布団の完成だ。
ちなみに最初は草のみの布団にしようと思ったのだが、麻布作りに集中している間に、綿花の収穫を迎えてしまったのだ。
流石に製糸作業ばかりもやっていられない。しかしせっかく収穫したものを放置というのも忍びない。
ということで、思い切って布団にすることにした。
睡眠の質って意外と大事だからな。
収穫した畑の綿花の他にも綿花の丘から調達する。
これから夏で暑くなるので掛け布団は後回し。
すべて綿、というのは数が足りないので、草で厚みをカバーし、肌に触れる上の面を綿で覆う。
これまでの草ぶとんはゴワゴワチクチクしていたのだが、これでふわふわ快適な眠りが手に入る。
出来上がった布団に早速寝転んでみる。
素晴らしい。ふんわりと包み込まれる感触。厚みもしっかりあるため、木枠にあたって身体が痛くなることもないだろう。
「おお!これはいいな!」
「すごいすごーい!!ふかふかだよ!!」
「やった!柔らかいしめちゃめちゃいいじゃん!」
「こりゃあ見事じゃのう。貴族様が店で買う布団のようじゃな!」
「これなら身体が痛くなることもないし、ぐっすり眠れそうねぇ。」
「こんだけのものが作れたら、頑張った甲斐があるわね!」
みんな自分が作った布団に寝転び、しばらくゴロゴロ転がっていた。
ちなみに、シルクは未だ手を付けていない。
高級すぎて使い途に悩んでいるためだ。
なにせこの世界のシルクは超高級品。貴族が金を積んで手に入れるような代物なのだ。
森で農作業やら狩りやらしている俺たちが普通に着れるような布じゃなかった。
「ならいっそ下着にするとか?」と提案したが、「そんな物をシルクで作るなんぞ罰が当たるわい!」とロベルトさんに怒られた。
肌触りもいいし、いいと思うんだけどなあ、シルクの下着。
シルキィは糸巻きの他にも、テレサの機織り作業を見てやり方を覚えたらしく、なんと自分でシルクの布を織ってしまった。
朝、シルキィの目の前に広がる純白の布を見た時には驚いたが、シルキィは当然ですけど?といった態度で自分の脚で器用に布を織って行く。
なんというか、蜘蛛の割に知能が高すぎないか?
異世界の蜘蛛ってこんな感じ?森で見かけた他の蜘蛛はもっとなんかこう……普通だった気がするんだけど。
「……なぁ、お前、ホントにただの蜘蛛か?」
「シャッ」
両手を上げて威嚇された。なんでだよ。
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