199.造船業と温泉業
実りの秋も最盛期を迎え、秋の大収穫期に突入した。
住人が増えたおかげで作業スピードも速い。
作物を収穫し、加工し、貯蔵する。ひと冬を越せるように長期保存に耐えられる缶詰を大量に作る。
大麦小麦も刈り取り、脱穀、製粉。
大麦はビールにも加工する。うちのビールづくりも年々腕が上がってきて、麦の香りが立つ本当に美味しいビールができる。
発酵、貯蔵。完成が待ち遠しい。
米も収穫時期を迎えた。この街の人は意外と米が好きだ。
年々区画が増えていっている。お餅も好きだし、味覚が日本人に近いのかな?
収穫祭も無事終えた。
今年のメインは和牛を丸々一頭分使ったビーフシチューだ。
広場には祭用の大なべが置かれ、大量のビーフシチューが良い香りをまき散らしながらぐつぐつと煮えていた。
当然、美味い。美味すぎる。
松坂牛のビーフシチューなんて、地球でも食べたことなかったぞ。
街のみんなもあまりのおいしさに目を輝かせながらモリモリ食べていた。
牛さんに感謝。そして育ててくれている飼育係のコボルトと兎人族に感謝だな。
「セシルにも食べさせたかったな……。」
ゼノのそんなつぶやきが聞こえた。
セシル、元気で頑張っているかな。今度ヘイディスさんに手紙で様子を聞いてみよう。
とうとう、トリノ公国の技術者がエレメンティオに到着した。三十人以上の集団だ。
相当な長旅だ。疲れているだろう。
代表からの挨拶を受け、公爵からの書状を確認。うん、問題なし。
「道中は何もなかったか?」
「は。小国群が争っており国境沿いの治安が悪くなっております。」
「そうか。よく来てくれた。歓迎会を開くから好きに食べて飲んでくれ。」
「ありがとうございます。」
歓迎会では先日収穫したばかりの作物たちをふんだんに使った料理を出した。
もちろん酒も出す。
長旅で疲れた体に酒は効果てきめん。すぐに酔っぱらってしまった。
公衆浴場で身体の汚れを落とし、疲労回復の湯で身体の疲れを取る。
先進国であるトリノ公国には当然公衆浴場もあるのだが、疲労回復効果のある湯は初めてだったらしくものすごく興奮していた。
ついでに宿の質の高さにも驚いていた。
庶民である職人集団がこんな高級宿をあてがわれるとは思ってもみなかったらしい。
特別待遇に気合も入りまくっているようだ。
……別に特別待遇という訳ではなくどの宿もこれくらいのクオリティーであるということは言わない方が良いだろうか。
翌日から、いよいよプロジェクトのスタートだ。
港町まで荷物を運ぶ。俺も最初くらいは顔を出しておきたいので同行することに。
技術者集団が乗って来た馬車では時間がかかるので、ディノス号に乗り換えて街道を爆走する。
コンクリート舗装の道路とはいえ、すごい速さだな。
普通の馬車の十倍くらいのスピードが出てそうだ。
日が暮れる頃、港町(予定地)に到着した。
普通に馬車で行ったら一週間以上かかると思うんだけど、まさかの一日で行けるとは。
シリウスの街道とディノス号のおかげだな。
作っておいた宿舎に案内する。
すでにリザードマンやノーム、ドワーフたちが待ち構えていた。
船づくりのために呼び集めたメンバーだ。
ノームは周辺の森から、ドワーフはドワーフの里から派遣してもらった。
総勢百名。今後さらに増える予定だ。これだけいればなんだって作れるだろう。
顔合わせを行い、あとはリザードマンの代表者、ラーゴに任せる。
「しっかり学んで、技術をものにしろよ?」
「はっ、お任せください!」
「じゃあ、後はよろしく頼むよ。何かあったらラーゴに伝えてくれ。」
そう言って俺は”風移動”で王都に戻った。
造船業は始まったばかりだが、以前建築を開始した温泉郷の方は完成間近だ。
あ、勿論街全体が完成するのはまだ先の話で、温泉宿と温泉施設ができたという意味だ。
早速、出来たばかりの温泉郷へ視察に行く。
「陛下!よくお越しくださいました。」
「お疲れ、パーン。進み具合はどうだ?」
「はい。おかげさまで順調です。ノーム殿が本当に良く助けてくれます。我々サテュロス族も微力ながら力を尽くしております。」
「そうか。様子を見に来たんだが、案内を頼めるかな?」
「勿論です。こちらへどうぞ。」
パーンの案内で見て回る。
多くはまだ建設中だが、メインとなる温泉宿は完成していた。
自然の樹と漆喰の風合いを生かした和風の宿だ。
ここはエレメンティオの街から離れているから建物のテイストが異なっていても不自然じゃないし、温泉旅館と言えばやっぱり和風のイメージだ。
ダイナミックな滝から流れる温泉の川にかかるアーチ状の橋を渡ればその門構えが見えてくる。天然樹の茶色と黒瓦がマッチした三階建ての大きな宿だ。立派なもんだな。
滝や橋とも相まって写真映しそうな外観である。
これからも観光客の増加に合わせて宿の数は増やしていくつもりだが、おそらくここが目玉になると踏んでいる。
中も純和風で、木の香りが心地よい。ロビー、客室、宴会場、そして風呂場。
風呂は男湯と女湯に分かれ、それぞれ四種類の湯を楽しめる。
乳白色のお湯は硫黄が含まれていて、「再生の湯」という。傷や皮膚病、高血圧なんかに効くらしい。
赤褐色の湯は鉄分が含まれた「疲労回復の湯」。文字通り疲労回復や体の健康を保つ効果があるんだとか。
ミルキーブルーが美しい湯は「美肌の湯」。入ると肌がつるつるになるらしい。女性に人気が出そうだな。
塩を含んだ無色透明な湯は「子宝の湯」。冷え性や筋肉痛、便秘や消化器系、婦人系の回復などを促す効果があるんだとか。これも女性に人気が出そうだ。
鮮やかな色合いの温泉が点在する露天風呂は広々としていて開放感がある。
これは入ったら気持ちが良いだろうな。
そして何よりの目玉は、鮮やかなコバルトブルーのどでかい温泉だ。
ひょうたん型になっていて、全体で五十メートルプールくらいある。
このひょうたんのくびれ部分で仕切りを設け、男湯、女湯としている。
眺望も重視し、ここからは『不毛の大地』を一望できる。
住むには全く適さない荒野だが、遠くから望む荒々しい渓谷はとても美しく思える。
まさに大自然が生んだ絶景だな。
洗い場はうちの公衆浴場とほぼ同じ作りだ。
コボルトやケットシーのラタン籠やタオルも続々と完成して運び込まれている。
あとは人員を配置して、料理などのクオリティーをあげれば開業できそうだな。
温泉を楽しめる日もそう遠くない。ぜひ頑張ってもらおう。
もう一つ完成した目玉。それは温泉の流れる川の水を活用した温水プールだ。
こちらも大きさは五十メートルプールくらい。地面を掘って巨大な池を作り上げ、川の水を引き込む。
源泉かけ流しの温水プールという何とも贅沢なプールができた。
こっちは水着を着て入ることになる。そのため、プールの受付には水着が売ってある。
水着はシルクスパイダー「ナイロン」の防水性の糸で作ったものだ。
防水が徹底しすぎて水着というよりレインコートみたいになっている。ついでに通気性も悪い。
改良の余地ありだな。
ここには管理人と受付と掃除係、あとは監視員を数名配置しよう。
監視員は泳げるし魔法も使えるリザードマンが良いだろうか。ちょっと打診してみよう。
しばらくして、ついに温泉宿が開業した。『ヴェップ温泉郷』、本格始動である。
視察兼客第一号ということで俺が一泊してみる。
旅館の女将であるサテュロスのフィオナが恭しくお迎えをする。
フィオナと仲居のサテュロスたちに案内されて部屋の方へ。
うん、礼儀正しいし、よく気が利くし、接客はなかなかいいんじゃないか?
さすが放課後のエスメラルダを派遣しただけのことはある。
温泉も実に気持ちが良かった。
掃除も行き届いている。
強いて言えば、公衆浴場に置いていたバスマットを忘れていたな。風呂上がりの濡れた脚で脱所の床を濡らしてしまい申し訳なかった。
あとで作って送らせよう。
そしてこの度温泉宿と街の公衆浴場に新たに設置した『魔石ドライヤー』。まあ、ドライヤーだな。
温風の魔法で心地よい温度の風が頭を吹き抜ける。
何が良いって、設置式だから自分で持たなくてもよいところだ。
一分かそこらでも、何気にめんどくさいもんな。
料理もマリアさんやアヤナミに指導を依頼したおかげで、彩もよく美味しい料理が並んだ。
ケットシー特製の漆塗りの食器が美しい。新しく来た種族の中には草花などの絵を施すものもいて、豪華なつくりになっている。
使い込むほどに艶が出てさらに美しさが増すだろう。
食べ物に関しては自給自足ができないから、在庫管理を徹底させないとな。
眺めもいいし、夜は静かだし、料理は美味いし、温泉は気持ちいい。
これは最高じゃないか。
ぜひ、エレメンティオの国民のみんなにも来てほしい。日頃の疲れを思いっきり飛ばしてくれ。
そのうち国外からも客を募るかな。
ちなみにここへは『転移魔法陣』を使ってくる。現在直通できる街は王都だけだが、そのうち他の街にも増やしていきたいな。
めざせ、観光大国!
ちなみに俺は知らなかったが、俺が温泉を満喫する姿はシリウスによってカメラに収められ、宣伝広告としてばらまかれていた。
「影響力のある王のお墨付きでしたら国民は信頼して殺到するでしょう。」とのこと。
……いや、やるのはいいけど、先に言えよ。結構腑抜けた表情出してたと思うけど。王の威厳は?
だが、シリウスの目論見通り宿は盛況らしく、何も言えない俺であった。