196.帰国と旅立ち
そして数日後、エレメンティオの使節団が戻ってきた。
疲れている中悪いが、早速報告会だ。
「王都の街並みは流石の一言、見事なものでした。レンガ造りの四階、五階建ての建物が並び、眺望のために大きな板ガラスを使った窓などもあります。神殿には壁や天井一面に緻密な絵画が描かれていました。
王国は開けた雰囲気で、いたるところに音楽家や画家の卵が自らの技を披露していましたし、街も活気があってにぎやかでした。人族以外にもエルフやドワーフ、獣人に小人族など、様々な人種が行きかい、街の住民も自然と受け入れているようでしたわ。
多種族国家であるエレメンティオも、あの雰囲気ならば自然と交流に踏み込めるのではないかと思います。」
「そして沿岸部の街ですが、こちらも素晴らしく発展しておりました。大規模な港湾と無数の船が並び、漁業も海運業も盛んです。こちらの写真は漁師が網を積み込んでいる写真、こちらは新たな船を製造しているところです。船づくり自体も大規模な事業ですし、正直我々だけではとても再現はできないでしょう。」
「技術指導者の派遣については?話をつけてきたか?」
「はい、書状を渡しておきました。大公も同じようなことを考えていたらしく、『いつでも準備がある』とのことです。そして、これを。」
ゼノから手紙を受け取る。トリノ公国大公、ディアノイア・グランディの名前で書かれたそれには、エレメンティオの造船技術向上のため、トリノ公国から資金援助と指導者の派遣の提案があった。その代わり、できることなら東の大陸に赴き、たどり着いた暁にはその調査結果を共有してほしいとのことだった。
ふむ。東の大陸か。俺としてもゆくゆくは向かうつもりだったからそこは問題ない。
海は危険な魔物が多く棲む上、東の海は未だ誰も開拓した者がいないという。
どんな危険があるか予想がつかないということで各国は慎重になっている。
要は実働部隊は俺たちで、トリノ公国はスポンサーになると言うことだろ?
いいように使われていると言われればそれまでだが、どうせ行くつもりだったし、ついでに情報共有をしてやるだけで資金と技術がもらえるならそっちの方が良いに決まってる。
「調査結果の報告」には何をどこまでとは書かれていない。
仮にどうしても隠しておかなければならない何かが出てきたとしても、そこを伏せて報告すれば良いだけだ。
「わかった。返事を書いておこう。」
「そして、帰る際の手土産にとこれをいただいたのですが、ぜひ国王陛下に試していただきたいと。」
「これは……ワインだな。――渋みがマイルドで重厚な味わいだな。よく熟成されている。」
「はい、フルーティーで軽い味わいのうちのワインとは方向性が別物です。これをお互いに流通し合えば、ワインとしての幅が広がるのではないかと。」
なるほど、「どっちが上質」とかじゃなく、「どっちも良し」か。
確かに酒の良し悪しなんて本人の好み次第だもんな。
しっかり熟成したトリノワインと、果実の風味を生かしたエレメンティオワイン。
双方が市場に流通すればワイン愛好家も増えることだろう。
そしてこれだけ熟成されているということは、そこいらの安物ではなく高級ワインだろう。つまり大きなカネが動く。
うちのワインも味と質的に安く買いたたかれることはないだろうし、win-winの関係になれそうだな。
これも前向きに検討しよう。
他にも様々な報告があり、改めてトリノ公国の凄さを思い知った。
これは仲良くしといて大正解だな。
向こうの使者も早くも第二回を考えていたようだし、こっちも次の使節団を考えよう。
今度は人数を増やして長期間滞在させてもらうのもいいかもな。
使節団がトリノ公国に向かったことで、ある男に変化が現れた。
ずばり、セシルである。
親友であり、時にライバルでもあるゼノがエレメンティオの代表として大国トリノ公国へ向かった。
それはセシルの中の闘争心に火をつけた。
俺だって、はやく大人になってみんなの役に立ちたいのに……。
学校の勉強は楽しい。だが、覚えの早いセシルは既に読み書きも計算もマスターしてしまっていた。
学校の年齢区分も曖昧な今の状況では、成人になるまでのあと一年間、セシルは同じような反復練習を積み重ねることになる。
このままじゃ、ダメだ。
セシルはかねてから自分の中で温めていた計画を直談判することにした。
「弟子入り?」
「そう!学校の勉強はもう覚えたから、ヘイディスさんとこに行って商人として弟子入りしたいんだ……です!」
セシルの主張はこうだ。
成人になって学校を卒業するまであと一年ある。しかし、セシルは読み書きも計算もすべて覚えてしまった。
エスメラルダに確認したところそれは本当で、もう学校でセシルに教えることはないのだという。
何なら数少ない図書館の本もすべて何度も読み、図鑑の内容も全部覚えたとか。
まじかよ。賢い子だとは思っていたがそんなに頭良かったのか。
このままただただ一年が過ぎるのを待つくらいなら、大人になったときにすぐに役に立てるような新しい技能を覚えたい。
以前オルディス商会がやって来た時にヘイディスさんとのやり取りがすごく楽しかったのを今でも覚えているし、「セシルは見込みがある」と言われたことも覚えている。
だから、ヘイディスさんのもとで商人のノウハウを学ぶための口添えをしてほしいということだった。
「セシルが本当に真剣に考えたことなら止めはしない。でもいいんだな?ヘイディスさんについていくってことは、テレサやフランカと離れ、オルテア王国で暮らすということだ。エレメンティオの仲間たちは一緒に行けないんだぞ?」
「……わかってる。でもゼノだって子どもの時から森を探索して、今回だってほんの数人で遠い国に行ったんだ。フランカも精霊や魔物と話して村を助けてた。おれだって国の役に立ちたいし、何よりもっと勉強がしたい。覚悟はできています。お願いします、行かせてください!」
やれやれ、うちの子たちには参ったな。
未成年とはいえ、一人の男がここまで決意してるんだ。無理に止めるのは野暮というものだろう。
「わかった。ヘイディスさんに手紙を書くよ。」
そして数日後、セシルは”風移動”用のシルフ一人をつけ、エレメンティオを発った。