195.使節団
いつの間にか夏も終わりを告げ、気温も涼しくなってきた。
天高く、馬肥ゆる秋。芸術の秋、スポーツの秋、そして、勉強の秋である。
俺たちはトリノ公国の技術を学ぶべく、使節団を派遣することになった。
互いの技術を提供し合うことで相互の発展を目指す。
これは以前トリノ公国との会談の中で決まったことだ。
この日のために、馬車を新調した。
ちょっと見えを張った作りの大型の馬車だ。
そしてサスペンション付き。揺れを押えて乗り心地を格段にあげている。
これは荷馬車にも採用しているけどね。
問題は馬車を引かせる馬。
見栄えが良いのは魔王から以前贈られたグルファクシだ。
金色のたてがみの白馬は豊富な餌とシンバの手入れのおかげで神々しいほどの輝きを放っている。
だが、トリノ公国は遠い。大陸の端と端だ。
陸路では何日かかるか分からないし、紛争地帯の小国群を通っていくのはいささか不安がある。
空路で行くのが楽なんだけど、その場合龍か。
しかし今は国おこしの真っ最中、シリウスはもちろん、イリューシャもアヤナミもミアガリアも忙しい。
使節団に同行させるつもりは無かったのだが、やっぱり旅程を考えると一人くらい同行させるか?
「グルファクシではダメなのですか?見た目もその希少性も、国の使節団の馬車にはピッタリかと思いますが。」
ダンタリオンが首を傾げる。
確かに見た目はな。でも……
「グルファクシで行けたら見栄えもいいんだろうけど、陸路じゃ時間がかかりすぎるからな……飛べる動物にしないと。となると必然的に龍……」
「あの……グルファクシは飛びますよ?」
「え?」
え?飛ぶ?羽もないのに?
聞くところによると、蹄に魔力を帯びており、羽は無いが文字通り「空を駆ける」ことができるという。
なんじゃそりゃ。
なんちゅうチートな馬。そら気位も高くなるわな。
そういうことなら迷うことなどない。
グルファクシ、決定。
使節団のメンバーだが、レティシアとダンタリオン、ゼノ、そして数名のエルフ達だ。
俺達は国としてまだまだ経験不足。大国たるトリノ公国では学ぶことが沢山あるだろう。
何よりこの使節団の派遣で良好な関係を築くことが出来れば、両国の更なる提携も夢では無い。
使節団の面々には国の代表として交流を確かなものにしてもらいたい。
今日は使節団を送り出すための壮行会が行われる。
俺も式典用にと用意された服に着替え、広場に出向く。
使節団の面々も真新しい揃いの服に着替え、少し緊張しながらもしっかりとした表情だった。
前に並ぶ使節団をしっかりと見据え、壇上から挨拶の言葉を紡ぐ。
ちなみにこれも建国宣言と同様に、大画面でそれぞれの街に中継が繋がっている。
「我々は国としての一歩を踏み出した。が、まだ赤子同然だ。みんなには歴史ある大国、トリノ公国に赴き、様々なことを見てきて欲しい。技術、政治、国民としてのあり方、学ぶべきことは沢山あるだろう。
しかし、諸君もまた、誇りあるエレメンティオの一員であることを悪れないで欲しい。過度にへりくだって我慢をする必要は無い。自分達の意思はしっかりと伝えろ。それで国家としての関係が揺れるのであればそれまでだったということだ。
トリノ公国に向かうのは数人だが、その後ろには俺を始めみんながついているということを忘れるな。いいな?」
「はい!!」
使節団の力強い返事とともに歓声が上がる。
一行は馬車に乗り込み、歓声と拍手に見送られエレメンティオを後にした。
空路なら数日後にはトリノ公国へ着くだろう。
それにしても、本当にグルファクシは空を飛ぶんだな。
羽もないのに、まるでそこに道があるかのように悠々と空を駈ける。
これはグルファクシの繁殖に成功すれば利便性が跳ね上がるぞ。
帰ったらダンタリオンにグルファクシの繁殖について相談してみよう。
さて、あと数日もすればトリノ公国からの使者もやってくるはずだ。
国の維新にかけて、おもてなしはキッチリやらないとな。
見せてやるよもてなし大国日本のお・も・て・な・しをな。
俺はアヤナミを通じて街の掃除やもてなしの料理、紹介するこちらの技術などの最終確認を行う。
ちなみに礼儀作法は元伯爵家の教育係であるエスメラルダに一任している。
子ども相手には優しく面白い教師である彼女だが、大人相手には厳しかった。
某アルプスの少女のロッテン〇イヤーさんよろしく、容赦無く徹底的にしごかれた。
おかげで短期間で礼儀作法が身についたのだから感謝しよう。
数日後、トリノ公国から「エレメンティオの使節団が無事到着した」との一報を受けるとほぼ同時刻位に、トリノ公国の使節団が到着した。
前回来てくれた時と同じペガサス率いる馬車に乗り、使節団はやって来た。
「この度、我らトリノ公国使節団を受け入れてくださいましたこと、誠に感謝申し上げます。」
俺をはじめとしたうちの官僚たちにあいさつ回りをし、手土産を渡してくれた。
手土産と呼ぶには大きすぎるそれをとりあえず屋敷に運び込み、俺たちは歓迎の宴へ。
……いったい何が入っているんだろう。
まさか魔王みたいにキメラとか贈ってこないよな?
歓迎会も無事終了し、使節団に街を案内したり、会談をしたり、忙しく数日間を過ごした。
特にインフラ関係に興味を持ち、使節の者はあれこれと聞きまわってはメモを取っていた。
ちなみにトリノ公国からの使節団が土産として贈ってくれたのはピアノだった。
それもただのピアノじゃない。見るからに高級そうな装飾がなされたピアノだ。
ぶっちゃけ、とても嬉しい。
今までうちの国に音楽という娯楽はなかったからな。
いや、あるにはあったが、住民がアカペラで即興の歌を歌ったり、部族や故郷の歌を口ずさむ程度だった。
三台贈られたピアノのうち、一つは屋敷に、一つは神殿に、一つは皆が集まる食堂に置いた。
食堂にあるピアノはみんな入れ代わり立ち代わり弾きに来た。
といっても、習ってもいない素人演奏だ。適当に音を鳴らして終わった。
それでも十分満足らしく、適当に鍵盤を叩くだけの伴奏に合わせて歌を歌ったり、引く速さを変えてみたりと楽しそうだ。
エスメラルダがレティシアのピアノの先生もしていたらしく、とても上手だった。
彼女の演奏を聞いた住民は、「これが本来のピアノの音色なのか」と驚愕した。
住民はますますピアノにハマるようになった。
ちなみに住民の中で一番上手に引くのはクラリスだ。
まだ子どもだが、音の運びやテンポなどを意識して弾いているのがわかる。
エスメラルダも、ちゃんと学べば名のある弾き手になるだろうと太鼓判を押した。
早速、クラリスに本格的に自分のもとで学ばないかと打診していた。
うちの国にもピアニストが誕生か。
当のクラリスは「お仕事をせずにピアノを弾いても良いのか」と迷っていたが、人を感動させる娯楽は立派な仕事だ。
自身をもってやれば良いと伝えると決心を固めたようだった。
こうして、とある娘の将来の道が決まった。
「トリノ公国にはピアノの他にも楽器があるのか?」
「勿論です。ヴィオリンにギタールなどの弦楽器から、フルールや縦笛などの笛、太鼓などの打楽器もありますよ。」
「それは羨ましいな。ぜひとも我が国への輸出を検討してほしいと伝えてくれるか。」
「かしこまりました。しっかりと大公へ伝えておきます。」
「あと、例の造船技術者の方も頼む。」
「はい。こちらも新たな使節団の滞在許可のご検討をどうかお願いいたします。」
「ああ、前向きに考えてるよ。とりあえず今回は書状に書いてある通りでいいんだな?」
「はい。」
帰国の日を迎え使節団は帰っていったが、一部の者はトリノ筆頭公爵たっての願いで技能地実習生としてこちらに残ることになった。
そういう書状まで用意しているとは、さすが外交に慣れているだけあって準備がいいな。うちも準備しておけばよかった。