193.火山資源と臆病な種族
各国の使者に対応している数日の間に、火龍ミアガリア率いる鬼人族の防衛部隊と探索チームにはデスマウンテン周辺の調査を依頼しておいた。
イフリート様の加護も得て、デスマウンテンの資源活用を認められたからな。
どこに何があるかは知っておきたい。
今回は山肌表面部分と隣接する『不毛の大地』の調査だ。
山の内部についてはまたおいおいだな。
トリノ公国のカルミネ公が帰って数日が経ったある日、ミアガリア達は帰ってきた。
「お疲れさま。みんな無事に帰って何よりだよ。」
「労いの言葉、いたみ入ります!」
「それで、どうだった?」
「は!周辺調査の結果、デスマウンテンの北側から西側にかけては多くの魔物が縄張りを持っており近づくのは危険です。ただ、中には知能のありそうなものもおりましたので配下に入れることもできるやもしれません。
東側が比較的穏やかで、金属を多く含む石や岩がありました。掘れば鉱脈が出る可能性があります。サンプルをいくつかもって参りましたので後でご確認ください。
また、南東の麓から中腹にかけて自噴する熱泉が多数確認されました。
デスマウンテンについては以上です!」
軍隊のようなビシッとした固さでハキハキと報告を行うミアガリア。
……もうちょっと肩の力を抜いても良いと思うんだけど。
まあ何も言うまい。というか、これまでも散々言ってきた。
その上で変わらなかったのだから、これが元々の性格なんだろう。
それよりも、東側に鉱脈の可能性か……これはゲオルグ達と共にもう一度しっかり調査する必要があるな。
どのくらいの資源が眠っているか、そして鉱夫たちの安全を確認してから採掘に進もう。
デスマウンテンの魔物は軒並み強力だ。
鉱石に目がくらんで魔物に食われたりなんかしたら本末転倒だからな。
そして「自噴する熱泉」。
もしかしなくても、これって温泉だよな。
まさかこの世界でも温泉が存在するなんて。
これは絶対に逃してはならない。至急調査隊を結成し、温泉施設を作らねば。
日本人の心、それはやっぱり風呂である。
風呂の究極形、温泉はいくら異世界だろうと日本人なら誰もが欲するだろう。
もちろん俺の私利私欲のためだけじゃない。
開拓ラッシュで疲れた国民を労う温泉があれば良いなと思うし、行く行くは観光地として国内外から人を呼び集めれば立派な稼ぎ口になる。
俺だってちゃんと考えている。ただ単純に温泉に入りたいという理由だけでは無いのだ。
……なんのかんの理由をつけたが、単純に温泉入りたいです、はい。
あっと、温泉ばかりに気をとられていてはいけない。
「『不毛の大地』については?どうだった?」
「はい!あの一帯は乾いた岩場で、草木も生き物もほとんど見かけません。小動物や小型の魔物はちらほら見かけますが、そこまでの脅威ではありません。強いて言えば、ロックタイガーが出ます。」
ロックタイガー、魔物図鑑を開いてみる。
――あった。Cランクの魔物で、鋭い爪と牙で獲物を引き裂くらしい。
トラにしては牙が長く、サーベルタイガーって感じだな。
「そして、彼等を発見しました!」
彼ら、と紹介されおどおどと前に進み出てきたのは、ヤギの足にヤギの角を持った男だった。
ついでに顎髭も長くてヤギっぽい。
これは確か、サテュロスという種族だな。ファンタジー小説で何度か読んだことがある。
「えっと、サテュロス……で合ってるか?」
「はい。サテュロスのパーンと申します。ようやくお目にかかれましたことを光栄に思います。」
建国祭には来なかったよな。無理やり連れてくる必要はなかったんじゃ?
ミアガリア達には見知らぬ部族を見つけても侵略は厳禁と言ってあったはずなんだが。
「建国祭には来てなかったよな。もしミアガリア達が無理やりに連れてきたのなら――」
「いいえ!ちがいます!ご無礼を承知で言い訳をさせてください!」
パーンによると、サテュロス族は『世界の声』を受け取ったその日から俺の配下になると決めていたらしい。
しかし、サテュロスは本来非力で臆病な種族。だからこそあえて生き物の少ないこの地を選び定住したのだ。
そんな臆病な種族にとって、強力な魔物が跋扈するデスマウンテンを越えて王に会いに行くなど土台無理な話だった。
会って庇護を求めたい。しかし怖くて山に近寄れない。
結局建国祭の招待状を受け取るも、デスマウンテンに踏み入ることはできず参加は見送りになった。
そして、おそらく王の軍隊がやって来た。一族は反逆者として殺されることを覚悟したという。
だが、ミアガリアがサテュロスたちの事情を聞いてくれ「王に会う気があるのなら警護をする」と自分をここまで連れてきてくれたらしい。
それは……完全に失念していたな。
招待状さえ渡れば来たいやつはみんな来ると思い込んでいた。
実際はそれぞれ事情を抱えているというのに。
会いに来なかったからと言って、全部が俺に従いたくないわけではない。
彼らの事情を想像できなかった俺のミスだな。
「事情はよく分かった。俺の方こそ、何の配慮もなく招待状を送りつけてしまった。今回のことでサテュロス族が不利益を被ることはないから安心してほしい。」
「ああ……ありがとうございます!我らサテュロス族は陛下に忠誠を捧げます。どうか、我らを庇護してください!」
「ああ、任せろ。早速だが『不毛の大地』に住んでいると聞いたが、生活はできているのか?」
「正直、厳しいです。しかし我々は飢餓に強く雑食にできておりますから、木の皮でも野ネズミでもなんでも食べます。食べ物が豊富な所はその分危険も増すので……」
「よし、年に数回物資を送ろう。」
「ありがとうございます。……しかしながら、税を払える見込みがありません。何しろあそこには何もないのです。小麦も、木の実も、何も。慈悲深い王におすがりしておきながら、我々はどうやって王に報いればよいのでしょう。」
「それについては、俺に提案がある。」
俺は、思いついたばかりのある「計画」を打ち明けた。
「「「温泉郷!?」」」
俺の計画を聞いたミアガリアとパーン、そして探索チームの代表としてこの場にいたゼノは驚きの声をあげる。
俺の計画とはこうだ。
デスマウンテンの温泉郡、これは何としてでも活用したい。
調査隊と建築隊を送り込んで、温泉施設を作るつもりだ。
しかし、そのためには施設の管理者がいる。
デスマウンテンは過酷な環境だ。誰にでもできる仕事じゃないだろう。
できれば、周辺に長く住み過酷な環境に慣れている者が望ましい。
そこで出てくるのがサテュロス一族だ。
何もない不毛の大地で生きてこれたのだから、デスマウンテンの温泉地帯でも生きていけるだろう。
彼らに温泉の管理と、宿の経営など観光地としての施設運営を任せる。
彼らも仕事ができて金が入ってくるから、その金で食べ物を買うなり税を払うなりしてくれればいい。
「と、いうわけなんだけど、どうかな?」
俺の提案に何か言いたそうにモゴモゴと口を動かすパーン。
そして、ガバッと俺の足元に土下座の体勢で跪いた。
「どうかお許しください!!我々に、デスマウンテンで暮らせと!それは死ねというのと同義でございますぅ!!!」
半泣きで俺にすがるパーン。
え、そんなにダメ?
「不毛の大地で暮らせるなら、デスマウンテンでも暮らせるんじゃないか?」
「御冗談を!あんな場所、一体どうやって暮らすというのです!恐ろしい魔物がうようよと……みんな食べられてしまいますぅ!!!」
とうとう泣き出した。
どうやら臆病というのは筋金入りらしい。
そりゃ建国祭にも来れんわな。
でも、結構いい案だと思うんだよな。
今の場所で物資を支援して暮らしていくのもいいけど、いつかは自立してもらわなきゃならない。
魔物のことさえなければ、街も潤うし、サテュロスたちも潤うし、最善にも思えるんだけど。
「じゃあさ、結界を張るのはどうだ?」
「結界……ですか?」
「温泉郷とサテュロスの居住地に魔物除けの結界を張る。そうすれば魔物におびえることなくパーンたちも生活できるだろ?温泉郷に来るお客も魔物を気にせずのんびりできるし。」
「しかし……本当にそれで大丈夫でしょうか……」
「心配するな。そこにいるミアガリアの結界をつけてやろう。彼女は我が国の防衛大臣で、その正体は火龍だ。魔王だろうと弾き飛ばす結界を張れるぞ?」
「それは……それでしたら、我らサテュロスは安心して暮らせます。ああ、なんという慈悲深きお方……陛下、どうかその計画に我らをお使いください!」
「ああ、よろしく頼むよ。パーン。」
これで決まりだ。
俺たちは至急温泉郷プロジェクトチームを組んだ。